二の二

 三人の前に、立つ。

 また沈黙。

 オタクトリオの視線が、まとわりつくように、あぐりに注がれている。

「あ、あのさ……」

「「「? ? ?」」」

「き、昨日のこと、なんだけど……」

「うん」

 と、めずらしく、杉谷くんが返事をしてくれた。

「大丈夫だった?」

 顔を見合わす、三人。

「なんか、気がついたら、保健室で寝てたよね」

 杉谷の問いかけに、

「「うん」」

 大原と多喜がうなずく。

 ――不良たちと、まったく同じだ。

「ほ、他には、何も……?」

 あぐり、昨日のことがフラッシュバックし、言葉がつまった。

「それが、その前の記憶がなくて……」

 杉谷は考えながら、というふうに答えた。なくした記憶を思い出そうとしているのかもしれない。

「そう、ボクも、記憶がないよ」

 巨漢の大原が話をつづけた。

「たぶん、隕石の、影響、だって、ね……」

 小柄で痩身の多喜が、とつとつと言う。

 ――ウソをついているふうは、なさそう。

 あぐりは、三人の言を信じることにした。

「あ、そ、そうなの、無事で、良かったよね、うん」

 無理矢理に、お茶をにごして、あぐりは、退散した。

 ほっと、ひと安心。

 会話が終わったことに安心したわけではない。

 そう……、

 ――おっぱいを揉まれた事実を闇に葬れる……。

 と、あぐりは心ひそかに、安堵するのであった。

 ――あんなことは、なかったことにしよう、うん、闇に葬ろう、そうしよう。

 昨日の、あの事件は、カシンにあやつられていたことが原因の行為だった。

 とはいえ、クラスの男子たちに、自分が性の対象として見られていたなんて、昨日のあの時まで、思いもよらないことだった。

 カシンのアルマの影響を受けると、人は抑圧されていたものが解放され、欲望に忠実になるのだそうだ。

 ということは、三人のうち、少なくとも杉谷君は、あぐりのことを心の底で性的な目でみていたということで、恥ずかしいやら、気持ち悪いやら、あぐりは複雑な心境だ。

 杉谷君に、普段通り接しようとは思うものの、心理的には拒絶してしまい、さほどちゃんと会話したこともない間柄ではあったが、どうしても、気持ちが避けてしまう自分がいた。

 ふと、見ると、紫がことらをみて、なぜかニヤニヤと笑っている。

 なにが、おかしいんですか、ユカリさん。人が嫌がることを、無理矢理やらせておいて。とあぐりは、親友を、恨みがましげに見つめるのであった。


 そして、一週間。

 あぐり自身は、ここ数日の間、実にやらなくてはならないことが多く、てんてこまいな状況だった。

 アオイさん(犬)の世話に、カシンのアルマの影響で狂暴化した人たちの浄化作業、そして、父とアオイに強制される忍術や武術の修行。

 それに、試験期間だったこともあり勉強もこなさなければならず、もう、大忙しの毎日だった。

 あぐりにとっては、正直な話、逃げ出したいほど心身の疲労が半端なものではなく、それでも倒れない自分の健康さがうらめしい。

 ――ユカちゃんが変身してくれれば、ずっと楽になるのに。

 とあぐりは思う。

 もはや、紫にすがりつきたいほどの思いである。

 だが、その紫は、まだ、変身できないのであった。

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