天煌装忍アルマイヤー

優木悠

第一章 輝く太陽

 ――いかないで、いかないで、お母さんっ。

 あぐりは、立ち去っていこうとする母にむかって叫んだ。

 母のむこうには邪念に満ちた闇が広がり、さらにそのさきには、得体のしれない恐怖の存在が待ちかまえているのが、あぐりには感じとれた。そして、母が、あぐりを守るために、そのなに者かと戦おうとしていることも。

 父があぐりを後ろから抱きしめる。もがいても、あがいてみても、父の腕からのがれられない。

 ――お母さん、いっちゃやだっ。

 なぜか、母ともう二度と会えなくなるような予感がし、あぐりの心は不安で満ちていた。駆けよって、母に抱きつきたかった。母のぬくもりを体で感じたかった。

 母は、背をむけたまま、顔だけでこちらを見た。口元には、やさしい微笑みがあり、その笑みをくずさずになにかを言ったが、あぐりには聞きとれなかった。

 母の全身が光につつまれる。

 その美しい輝きが消え去ると、そこには、純白の戦闘服を身にまとい、ピンク色のマフラーをなびかせた母がいた。

 母は、少しふりかえり、またなにかをつぶやいた。

 今度はその声が、あぐりの耳にとどいた。

 ――お母さんに負けないくらい、すてきな大人になってね。

 母は、いたずらっぽく微笑むと、歩きだした。その姿は、怨念のうごめく漆黒の闇の向こうに消えていった。


 そして、十三年――。

 母の微笑をまぶたの裏にうつしながら、藤林あぐりは、目を覚ました。

 あぐりは、耳もとで、優しいメロディーを奏でるスマートフォンのアラームを、物憂げにとめると、しばらく天井をみつめた。

 時々夢でみたり、何かの拍子にふと心によみがえる、亡くなった母の顔や声。普段は記憶の奥にしまってある母の思い出。

 あぐりは、重たい体を起こし、ベッドからおりると、カーテンを開けた。窓からさわやかな朝日がさしこみ、外をみると、電線にスズメが並んでとまり、彼女のもの悲しさをなぐさめるように、かわいらしい鳴き声で歌っている。

 あぐりはひとつ背伸びをした。沈んでいきそうになる気持ちを、ひっぱりあげるように。

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