インスピリット・アクト!

鳴海 真樹

魂のこもった演技を!

「つまんね~」

 それが俺の中学からの口癖だった。

 中学時代、優秀な帰宅部として精を出してきた俺は代わり映えしない毎日に飽きていた。じゃあ、そんな退屈を変える為に何かしたのかと言われたら、NOだった。

 これと言って特別したいこともない。歯が浮くような恋愛があったわけでもない。

 貴重な中学三年間を棒に振った。これが俺の中学時代だった。

「高校からは本気だす」

 高校生になれば、自然と何か変わると思っていた。何かやりたいことの一つでも見つかると思っていた。カワイイ彼女とか出来ると思っていた。

 でも現実は、苛烈だった。


『あぁ王子、いけません。私に関わってしまわれたら、貴方は不幸になってしまう』

『構うものか! 私にとっての一番の不幸は、姫と一緒にいられないことなのだから』

『王子……』

『姫……』

 それは、舞台のワンシーンだった。話の内容はよく覚えてない。印象としてはロミジュリの亜種の様な感じだった。それも15分程度の。でも、そのシーンだけは鮮烈に覚えている。

 新入生勧誘の部活動紹介。いろんな部活が紹介されていく中で、演劇部の紹介は異彩を放っていた。

「すげぇ……」

 盛大な拍手が送られる中、俺も拍手をしていた。

 舞台なんてつまんね~、演劇なんて面白くね~、正直そう思っていた。

 でも、俺のそんな小せぇ価値観は粉々に砕け散った。

「今の、凄かったよな!」

「あぁ、特に姫役の人! あの人の演技ヤバイって!」

「マジパネェ……。演技上手くて美人とか反則だろ」

 生徒から口々に話が挙がった。体育館内の話題がさっきの演目で持ち切りだった。中でも姫役の人の話が多く飛び交った。それほどまでに存在感を放っていたということだろう。

 まぁその存在感に当てられたのは、俺も例に漏れないわけだが。

「演劇、やろうかな」

 少なくとも、今まで演技とは一切縁の無かった俺が唐突に演技やろうと言い出す位には衝撃だった。

 べっ、別に姫役の人に一目惚れしたとか、そういうんじゃないんだからね!

 こうして、俺の苛烈でちょっと甘酸っぱい高校生活が幕を開けた。



「演劇部って何する部活なんだろう……」

 字面から言って演劇を披露する部活なのは分かる。実際、部活紹介でもやってたし。けれど、具体的に何をやっているのかと問われたら、演技経験も知識も皆無な俺は見当もつかなかった。

 そんな軽い気持ちのまま、俺は浮ついた足で演劇部に体験入部した。

 決して、あの姫役の先輩に会えるからとか、そんな不純な動機じゃないぞ!

「でもちょっぴり期待してたり……なんてな」

 俺は、演劇部が使っている教室の扉を開いた。すると中には華々しい練習風景が……広がって無かった。

「えっ? ……ナニ、コレ?」

 結論から言おう。演劇部の先輩方は揃いも揃って、をしていた。

「部活、間違えた……?」

 そう思ってしまう程に、先輩方は鬼気迫る表情でプランクをしていた。

「「アメンボ赤いな、あいうえお! 浮藻に子エビも泳いでる!」」

 しかも、よく分からない呪文みたいな発声付きで。

「……帰ろう」

 きっと、部活を間違えたんだ。俺はそう思い込み、教室を後にしようとした。

 けれど、先輩方はそんな俺の僅かな足音を逃さなかった。

「入部希望者! 確保~~!」

 俺は瞬く間に二人の先輩方に捕縛され、即席の観覧席に座らされた。後から来た他の体験入部者も確保されていた。エンゲキ怖い。

「ようこそ演劇部へ!」

 そう言いながら俺達1年の前に出てきたのは、腰まではあろうかという見事な黒髪ポニーテールをぶら下げた先輩だった。端正な顔立ちをしながらも、どことなく幼さの残る印象。そして何より、存在感が圧倒的だった。

「……姫様だ」

 完全に無意識だった。でも一度口にしてしまっては取り消すこともできない。俺は他の1年から好奇の目にさらされていた。当の先輩も大きい瞳をパチクリさせていた。

あきれられてるじゃん! オワタ、俺の高校生活。

「ははは。そう! 新歓の時に姫役やらせてもらってました雛菱ひなびし優芸ゆきって言います。一応これでも座長です」

 まばらな拍手が起こる。俺はさっきの醜態を誤魔化すために拍手に力が入る。

 ていうか座長って何? 部長と何が違うの?

「拍手どーも! 今日は来てくれてありがとう。今年は入部希望者がこんなにもいて私は嬉しいよ!」

 現在、入部希望者は俺を含めてたった3人だった。しかも後の二人女子だし。

どことなく、冷たく乾いた風が吹いた気がした。

「あぁ、ユキ。だ!」

 すかさず別の先輩から同調が入った。こっちの先輩は、なんというか豪胆な感じだ。優芸先輩と同じくらいの小さめの身長だが、その振舞いはサバサバしていてカッコいいという雰囲気だった。そして先輩の言葉で気づいたが、部員の数は1年含めて五人で、だった。

(ナニこの超絶展開。ラノベかよ)

「先輩! 折角それっぽい感じで話進めてたのに……」

「いや~、すまんね。ウチは宮園みやぞの橙華とうか。3年で、この部の部長をやっている。そしてこっちの座長が2年。座長っていうのは劇団の取り纏めする人のことな。今はウチらで演劇部ってことになってる」

 喋り方が男っぽい。豪胆さも相まって、マジで段々男に見えてきた……。

「あっ、因みに王子はウチな。なにせ男子部員0だから、男役は大体ウチの役目だったんだけど……」

 そう言いつつ、橙華先輩は俺の方をチラっと見てきた。ナンカ嫌なヨカン。

「今年は男子が入ってくれて助かるわ~」

「ですね~」

 部長と座長が何やら俺達の方、特に俺の方を見て何やらコソコソと話していた。

 俺が人知れず身の危険を感じている中、部の紹介は淡々と行われるどころかスッ飛ばされた。

「部活の紹介はしなくてもいいよな。演劇希望なんて物好きの集まりみたいなもんだし」

 物凄い偏見を見た。現にここに演技のエの字も知らない輩がいるんですが!

「えぇ~簡単にはした方がいいですよ」

 流石、座長の優芸先輩だ。分かってらっしゃる。

「主に舞台をします! 以上!」

 うん。ダメだこりゃ。俺はそう確信し、部をオサラバしようと思っていたが、二人の長がそれを許してはくれなかった。

 別に、女性二人に囲まれたのが嬉しかったからとかそんなんじゃないから、そこんとこ間違えない様に!

「細かい説明は追々するとして。1年生の三人はさっそくエチュードしてみよっか!」

 それは、俺の地獄の演劇道の幕開けだった。


 説明しよう。エチュードとは演劇用語の一つで、即興劇のことを言うらしい。ソースは座長。

 つまりこの先輩方は、演技ド素人の俺にいきなり即興劇なんてエゲツナイことやらせようとしているのだ。エンゲキヤバイ。

 それは他の1年二人も同じらしい。エチュードと聞いてソワソワしていた。

(なんでエチュードって聞いただけでソワソワしてんの?)

「大丈夫! エチュードと言っても簡単なものだし、基本的にユキが話振るからさ」

「私けっこう投げかけるんで頑張ってリアクトしてね」

 エチュードのお題は恋愛。女子二人には優芸先輩は男役として、男子の俺には女役として演じた。

 初めに女子二人がやったのだが、まぁこれがそこそこ上手い。勿論先輩のフリが上手というのもあるだろうが、それ以上に二人はこなれていた。どうやら中学時代にかじっていたらしい。

 道理で。この場でのガチ初心者は俺だけということだ。許せん!

「はい、じゃあ次。えっと、名前は?」

 俺はガチガチに震える足でステージの左側に出た。ちなみに演劇的には上手かみてと言うらしい。ソースは部長。

「えっ、えっと。しっ、芝原しばはら緋呂ひろっていいマス!」

 緊張で声まで裏返る始末。いっそコロシテ。

「ヒロ君ね。君は演技経験とかある?」

「いえ全く! 今日が初演技です!」

 もう緊張し過ぎてテンションがバグっていた。優芸先輩も若干引いてるし……。

「おっけ! 初めてだもん、緊張するのも仕方ないよ。ほら、一回深呼吸して」

「すー、はー」

「いや、口で言うんじゃなくて……」

「あっ、すいません!」

 クスクスと観客席の方から笑いが起こった。あぁ、辛い。

「大丈夫、大丈夫。じゃあ初めてだから体験的にってことで、ちょっと設定作るね」

 先輩はそう言いながらホワイトボートになにやら書いていった。

 関係:付き合いたての恋仲。場所:綺麗な花畑。目的:キス。

 ふむふむ、なるほど。キッス⁉

 俺は、あまりの突然さに目玉をひん剥いていた。

「取り敢えずこんなところかな。ヒロ君は奥手そうだから今回は私がリードするね。一応キスできる様な雰囲気に持っていけるといいな。あっ、でもホントにしたらダメだからね」

 悪戯っぽく笑う先輩。

 可憐な美少女とのデート。しかも疑似とは言え3次元。あぁ、生きててよかった。

「よっ、よろしくお願いします!」

『よろしくね、ヒロ』

 声色が変わった。声色だけじゃない。表情、仕草、雰囲気までもが変わった。先程までとはうって変わり、いかにも男が好きそうなゆるふわ系女子が目の前にいた。

(すげぇ……)

 俺は改めて、演技の魅力と先輩の実力に圧倒されていた。

『どうしたの? ほら、行くよ!』

 ゆるふわ先輩は迷うことなく俺の手を引き、舞台の前後をゆったり歩いた。後から聞いたが、舞台の観客側をつら、反対側を奥と言うらしい。

『あっ、見て見て! コスモスだよ! 綺麗だね』

 満面の笑みでこちらを見つめ、虚空を愛でるゆるふわ先輩。けれど先輩の目にはそこにコスモスが実在しているのだ。コスモスということは、季節は秋だろうか。

『そっ、ソウダネ~。いや~ソレニシテモ、晴れて良カッタナ~。モウスグ10月だけアッテ、涼シイネ~』

 先にやった女子二人の猿真似だった。なるべく自然なリアクションのつもりだった。でも、棒読みは拭えなかった。先輩はそんな俺の演技に驚愕したのか、目を見開いて数回瞬きしていた。

「へぇ……、ちょっと本気出しちゃお」

 それから数分、ゆるふわ先輩との身悶えする様な仮想デートは続き、いよいよクライマックスを迎えていた。その頃には俺の緊張も多少和らいで、それっぽい演技も意識するようにはなっていた。全然下手だけど。

『今日は、連れて来てくれてありがとう』

『いいってことよ。ユキが喜んでくれたならそれで充分だ』

 まぁこんなセリフ、リアルで言ったこと無いんですけど。

『……うん。すっごくうれしかった』

 ゆるふわ先輩はそう言いながら舞台の中央で手を後ろに組み、モジモジしていた。

 先輩はいかにもな目配せをして、こちらに合図を送っていた。

(キッスポイント⁉ どうすりゃいいんだ!)

 俺の青春に恋愛など存在しない。というより青春が存在しない。故に、この状況の正解が分からない。でも……、やるしかない!

 俺は覚悟を決め、ゆるふわ先輩の肩を震える手で掴んだ。

『ユキ……』

『ヒロ……』

 先輩はソっと目をつむると俺の方に顔を寄せてきた。俺は心を無にし、先輩とキスをしようとした。

「カット!」

 そこですかさず部長のカットが入った。

 1年達から拍手が送られた。こころなしか、拍手に熱がこもっていた。

「いや~、お疲れ! 良かったよヒロ君! ホントに演技初めて?」

「えっ? だって完全棒読みでしたよね?」

 正直、後半の記憶は曖昧だった。演技に集中していた、と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は先輩のカワイさに見惚れていただけだ。

「まぁ最初はガチガチだったし棒読みだったけど、後半はそんなに気にならなかったよ? むしろ下手に演技経験がない分、自然な感じだったし私はやりやすかったな。最後の方とかちゃんと感情入ってたし。まぁ、ちょっと初心うぶすぎかなって思ったけど……」

 マジか。ただただ童貞を晒しただけなんだけど、それが演技だったとは……。イヤ、俺の場合演技じゃなくて、素だな。

「うん。客視点でも中々だったぞ。これは期待が持てるな! 君たちの今後が楽しみだ」

 部長もノリノリだった。

(やべぇ……、演技たのしい!)

 俺はすっかり、演技の魅力に憑りつかれていた。先輩に惚れたからじゃない。一人間として、

演技が愉しくなったのだ。

俺が一人青春を感じていると、部長が俺の耳元でこっそり

「ユキ凄かったよな。でもアレ、から」

 と、意味深なことを言ってきた。

後日俺は、その言葉の意味と自らの至らなさを痛感した。


 俺達1年が加わって総勢5人となった演劇部。そんな俺達は冬の校内発表会に向けて練習を始めていた。発声や筋トレみたいな基礎練から、実際の舞台練習まで。

 1年二人は、もともと齧っていたこともあって飲み込みが早い。そして言わずもがな部長の橙華先輩は抜群の安定感だ。けれど、改めて演技を始めて感じる。優芸先輩の技量は別格だと。そして俺は、相変わらず棒読み状態から抜け出せずにいた。

 俺は少しでも上達する為に、無理言って優芸先輩に夜遅くまで練習に付き合ってもらっていた。


「う~ん、筋は悪くないんだけどな~」

「……すいません」

「落ち込まないで! むしろ始めて半年位でここまで上達することが驚きだよ」

 先輩は毎度落ち込む俺を励ましてくれる。でも俺の演技はハッキリ言ってクソだった。下手したら初日のエチュードの方が上手かったかもしれないレベルだった。

「……先輩は何でそんな演技上手いんですか?」

 素朴な疑問だった。同じ様な練習してるのに、俺の何万倍も凄くて、部長の何倍も上手い。

 先輩は腕組みをして少し考えた。その姿一つ取っても画になる立ち姿だった。

「何で、かぁ……。好きだからかな」

 返ってきた答えは、実によくあるものだった。

 先輩との壁。それは才能という、どうにもできないものだった。

「あっ、でも。演じるのが好きだから、じゃないよ?」

「えっ……?」

「私ね、お客さんの喜ぶ顔が好きなんだ! 折角見てもらってるんだから精一杯楽しんで欲しいじゃん?」

「そう……ですね」

 目から鱗。今まで演技していて、その感覚は持ってなかった。いかに上手くやるか、そればかり考えていた。

「……俺少し、先輩の秘密分かっちゃった気がします」

「えっ、何⁉ 昨日みんなに黙って美味しいケーキ食べたのバレた⁉」

「……いや、それは初耳ですけど」

「はっ⁉ 図ったなヒロ!」

 俺、ちょっとだけ演技のこと分かった気がします。愉しんで楽しませる、やってみよう。

「じゃあ、先輩の私から少しアドバイスね。演技って不思議なものでね。演じようとすればするほど不自然な演技になるんだよ」

「じゃあどうやって演じるんですか?」

「何ていうのかな……。演じるんじゃなくて、その人に成る! みたいな」

「……なるほど」

「あんまり深く考え込まずに、繰り返しで練習してこ!」

「はい!」

「期待してるんだから……」


 それからも俺と先輩の特訓は続いた。その間に、発表会の演目が渡された。内容は姫と王子の恋物語だ。キャスト名は空欄。これから相談という名の指名制で配役が渡される。

 本番まで3ヶ月を切ってる。棒読みが抜けきらない今の俺にメインの役は渡されないだろう。

「は~い。じゃあ配役決めてくぞ~」

 部長のその一声に僅かながら部内に緊張が走った。

「皆も知っての通り、今年は姫王子物語でいく。部内のオリジナル作品だが、伝統ある作品だ。部員もそこそこいることだし、ちょっと改変すればできるだだろう」

 よりにもよって、王子の話だった。でも流石に王子役は部長がやるだろう……。

 では決めていく、と部長が言うより早く座長が挙手していた。

「あのっ、ちょっと提案あるんですけど、いいですか!」

 そう言う先輩の目はキラキラと輝いていた。眩しいぜ。

「おう、なんだ? というかその目はなんだ……」

「今楽しいこと思いついちゃったんで、つい」

「分かったから……。それで楽しいことって?」

 先輩は一呼吸置くと、それはもう無邪気な子供の様に楽しそうに言うのだった。

「王子役、二人にしませんか⁉」

「「「……」」」

 部内に一瞬静寂が流れた。いやもしかしたら一瞬では無かったのかもしれない。そう感じさせるほどの間があった後、俺を含め全員から

「「「はぁ⁉」」」

 となるのだった。

「どういうこと、ユキ?」

「いや~、王子って先輩がやるじゃないですか?」

「それは……。私としてもヒロ君にやって欲しいが……」

 橙華先輩はこちらの方を申し訳なさそうに見やる。分かっている。と。

「でしょ? だから私は、二人の王子に姫を取り合って欲しいんですよ!」

 要約するとこういう話だった。

 俺はまだ主役として王子をやる技量は無い。でもポテンシャルはある。だから橙華先輩と俺の王子二人体制で姫を落とす。そして姫は落とされた方と結ばれると。

 つまりこれは、俺と橙華先輩が姫を、演技+王子として取り合うストーリーなのだ。まあ、満場一致で姫役は座長の優芸先輩な訳だから、優芸先輩を取り合うとも解釈できるんだが……。

「面白いじゃん!」

 部長含め、俺以外の全員ノリノリだった。ナンデヤネン。

「それで、当のヒロ君だけど……どうする? 今ならまだ変えられるけど?」

 部長が、同期が、そして優芸先輩が見てくる。

 どうするか? 決まってる。

『「上等ですよ! 俺が必ず先輩を落としてみせますよ!」』

 本心だった。折角の先輩の誘いだからとか、自分を変えたいからとか、いろんな理由はあった。でも一番は、。これだった。

 

 それから本番に向けてみっちり練習が始まった。役者として、王子として先輩を落とす為に特訓した。

 優芸先輩も教える言葉に熱が入った。お互い熱くなりすぎて、たまにすげぇ言い合いになったし、こっぴどく注意もされた。でもそれは先輩を落とすため。そして、観客をアッと言わせるためと思えば全然苦しくなかった。


 いよいよ本番当日を迎えた。前日のゲネプロ(最終通し稽古)の段階までは、俺は一度も姫を落とせなかった。

(無理だったんだよ。始めて間も無い俺が先輩を超えるなんて……)

 俺の士気は落ちていた。けれど優芸先輩はそんな俺にチャンスを与えてくれた。

「私は、方を選ぶから」

 先輩はいつになく真剣な表情で俺にそう耳打ちした。

「……期待してて下さい」


 ブザーが鳴り、本番を迎えた。

 出だしは上場。もう一人の王子ともそこそこ張り合えていた。けれど、一番問題なのは後半の求愛シーン。二人の王子がそれぞれ姫を取り合う直接対決。ここでいつも俺は負けていた。

 シーンが来た。

『おぉ、姫よ。私はあなたを海よりも深く愛している。どうか私と結ばれて欲しい』

 めっちゃうめぇ……。

『イイや、姫。私の方がどんな海溝よりも深く愛シテいル!』

 対して俺はつたない演技だった。

(クソッ! また先輩に取られるのか!)

『「分かりました。二人がそこまで愛して下さるのならば、真実まことの愛をわたしに示して下さいまし」』

『『⁉』』

 姫にこんなセリフは無い。つまりだ。

 当然、事前の打ち合わせでそんなことをするなんて聞いてない。つまりこれは優芸先輩の独断。

(……先輩がそのつもりなら!)

『『「分かりました」』』

 俺はまだ、橙華先輩に演技で勝てない。

『私は、そこのミヤ王子には財も才も適いません。口惜しいが姫を幸せにできるのはソチラだろう……』

 でも……。

『シバ王子……』

 そんな不安そうな顔しないで下さいよ、先輩。まだ俺のは終わってませんよ。

『ですが、私には「ソコの王子に負けない覚悟がある」』

『「それはどのような?」』

『「」』

 それが、俺にできる嘘偽りない演技だった。

『「……分かりました」』

『待テ! 私の方ガ姫を裕福に出来ル!』

 橙華先輩の演技が一瞬崩れたように感じた。それは、普段では気づかない小さなほころび。でも、このシーンにおいては致命的なミス。

『分かりました。「」』

 

 舞台はそこで閉幕した。

 なんとも言えない充実感と達成感、そしてほんのちょっぴりの気恥ずかしさが俺には残っていた。

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インスピリット・アクト! 鳴海 真樹 @maki-narumi

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