第三話 フーダニット(誰が彼を殺すことが出来たのか)
全員の話を聞き終わったところへ、部屋の扉が再びノックされた。丸田が開けると、そこには白川が立っていた。
「あの、これは今度のことに関係ないかもしれませんが」
そう言って彼女が差し出したスマホの画面には、ある記事が映し出されていた。
〇〇県××市で22日未明、乗用車同士の事故があり四名が死亡しました。亡くなられたのは乗用車に乗っていた赤嶺徹さん(46歳)圭子さん(44歳)斗真さん(20歳)と歩いていて事故に巻き込まれた横山ミツ子さん(72歳)です。
現場は片側一車線の道路で事故当時は雨のため、路面が滑りやすくなっていました。警察は一方の乗用車を運転していた紺野修一(30歳)から基準値を超えるアルコールを検出したため、逮捕しました。
「これは……」
蝶ネクタイを撫で上げながらの問いかけに、黙って画面を変えて見せる。
先月22日に××市で起きた死傷事故で、検察は乗用車を運転していた紺野修一(30歳)と同乗者の黒石純也(30歳)を危険運転致死傷罪、危険運転致死傷ほう助罪で起訴しました。速度超過と酒気帯びによる運転操作の誤りが事故の原因としています。
「紺野と黒石、年齢からみても偶然の一致ということではなさそうですな」
白川は不安げな様子でうなずくと、うつむきながらゆっくりと話し始めた。
「昨日の夜、お二人に誘われて食堂でお酒を飲みました。私は少しだけでしたが、お二人はたくさん飲まれて。その時にお互いに自己紹介して名前を聞いたので、エゴサーチしてみたんです」
そこで一息ついて丸田の様子を窺うように上目遣いで見た。
「私、相手のことが分からないと不安で仕方なくて」
「そういう方も増えていると聞きます」
丸田の穏やかな声に白川はほっとした表情を見せ、話を続けた。
「この事件の日付を見ると一年ちょっとしか経っていないので不思議に思って聞いたんです。『もう運転できるんですか』って。驚いていましたけれど、記事を見せると笑いながら、紺野さんが『無罪になったんだよ』と」
あごに右手を添え、丸田が目顔で先を促す。
「正確には危険運転ではなく酒気帯びと速度超過だけになったそうですが、どうやら嘘の証言をしたらしくて……」
「嘘の?」
「はい。目撃者がいなかったので自分たちの証言を押し通したと、酔っていたせいか黒石さんは自慢げに話してくれました。相手の車がセンターラインを越えてきたことにしたと話すのを紺野さんが『まずいだろ』と止めて、『運転してたのは俺なんだから、嘘がバレたら困る』と私にも口止めをしてきたんです。黒石さんへは『ベラベラしゃべんなよ。ぶっ殺すぞ、お前』と凄んでいました」
「なるほど……。それであなたは心配だったんですね」
満足げに椅子へ深く腰掛けなおした丸田を見て、白川も肩の力を抜いた。
「やはり黒石さんは……」
「もうあなたが心配することはありませんよ。みなさんはまだ食堂にいますかな」
彼女の問いかけには答えないままにっこりと微笑みかけ、丸田は椅子から腰を浮かせた。
*
「黒石さんを殺したのはあなたです! 紺野さん」
丸田に指をさされた紺野は目を見開き、大きく口を開けた。続く言葉が出て来ない。
ほかの六人の視線が一斉に紺野へ注がれる。
右手を蝶ネクタイに添え、落ち着いた口調で丸田が続ける。
「みなさんの話を聞くと、黒石さんを殺すことが出来たのはあなたしかいないんですよ。誰かが一人になった時には黒石さんの廻りに他の人がいて毒を入れることが出来ない。黒石さんが一人になった後は必ず複数の人が一緒にいて、一人で行動できたのは紺野さん、あなただけだ」
「ちょ、ちょっと待てよ」
慌てて紺野が口を挟む。
「俺は部屋で寝ていたんだ。さっき黒石が死んでると聞かされ驚いておりてきた。俺は何もやっちゃいない!」
しかし、廻りの視線は丸田の話を信じていることを示していた。
「横山さんは一人になりましたが、車で出掛けるところを私が見ていて、帰ってきたところを管理人さんが会っている。青井さんの奥様が一人になられたときには、白石さんたちが二階から目撃しているんですよ」
決して声を荒げることはなく、淡々と話す丸田の言葉は自信に満ちていた。
巷でも有名な探偵の見えない圧力に押され、紺野は反論できない。
「くそっ!」
そう短く叫ぶといきなり走り出し、館の外へ出て行った。
すぐに追いかけようとした横山と管理人を丸田が止める。
「大丈夫。彼はどこにも逃げられませんよ」
外からエンジン音が聞こえたかと思うと、次第に遠ざかっていく。
「ここへの道は一つ。倒木で通れないのだからどこにも行けません。それに今頃は除去作業のために警察が控えているでしょう」
小一時間ほどして洋館に警察が訪れ、紺野の事故死を告げた。
スピードを出して山道を下り、倒木を避けきれずに激突したらしい。
「彼に倒木のことを伝えた方はいますか?」
誰もが顔を見合わせるだけ。
横山が洋館へ戻ってきたときには紺野は部屋にいたため、倒木の件を知らなかったのだ。
「自業自得、というやつでしょうか」
食堂の窓からハーブ園を眺めながら、丸田は誰にともなくつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます