第四話 真実の境界線
警察からの簡単な事情聴取が終わり、丸田は状況説明のために県警本部へと向かった。
「やっと終わりましたね、赤嶺さん」
むせび泣く妻の背中をさすりながら青井が管理人へ声を掛ける。
「みなさん本当にありがとう」
洋館の管理人である赤嶺の目からも涙がこぼれ落ちた。赤嶺の妻は白石の手を取り、両手で包み込む。
「あなたには一番つらい役目をやらせてしまって……ごめんなさいね」
「いいんです。私が望んだことだから。どうしても……どうしても斗真の仇を取りたかった」
目を真っ赤にしながら、最後は消え入るような声で白川が応えた。
「圭子も、これで、浮かばれる、わ」
青井夫人はとぎれとぎれに言葉を絞り出す。
「ニセの懸賞に黒石が乗ってくるかどうか、あれは賭けでしたからね」
「あの男なら、高額な宿泊費がタダになると聞いただけで食いつくと思っていました」
青井は死者にも辛らつな言葉を浴びせた。
「警察を足止めする目的だったのに、紺野まであんなことになってしまうなんて……。あの男には真実を証言させたかった」
「あれはあれで仕方ない。自業自得だったんだよ」
赤嶺が妻の背中に手を回した。
「横山さんまで協力して頂いて、何と言えばいいのか……」
青井が頭を下げると赤嶺夫婦も白川もそれに倣った。
「発破であんな木を一本倒すくらい、訳もないことです。母ちゃんには怒られるかもしれないけれど」
そう言うとテーブルに置いた老婆の写真に目をやる。
テーブルの上にはもう一枚、写真が置かれていた。
若い男性と並んで幸せそうな白川を取り囲むように、中年の男女と赤嶺夫婦、青井夫婦が笑顔を見せている。
「あの探偵、大丈夫ですかねぇ」
不安げな面持ちで横山が赤嶺に問いかけた。
「頭はいいけれどお人好し、という評判通りの男でしたね。あの招待券を疑うこともなく、私たちの言葉も真実だと思ってくれた」
「山奥のホテルでのんびりと過ごしてみたい、とテレビでもよく言ってましたから」
「きっとうまくいきますよ」
自らへ言い聞かせるかのように夫人たちの言葉が続く。
一呼吸おいて、青井がしっかりとした口調で切り出した。
「もし彼や警察が気づいた時は……私がやったことにして欲しい」
突然の言葉に、妻さえも驚いた表情を見せる。
「紺野への睡眠薬も、黒石への毒物も、用意したのは私だ。私が全てやったとしても何も矛盾はない。口裏を合わせるよう私に頼まれた、そう言えばいい」
再び目に涙をいっぱいに溜めた妻へ、やさしく諭すように微笑みかけた。
「みなさんもそうして下さい」
「でも……」
白川は立ち上がり、頭を下げた青井の腕に手を添える。
青井は顔を上げ、彼女にも笑顔を見せた。
「
「式は挙げていないけれど、私は斗真の妻だと思っています。お祖父さんに全てを押し付けることなんてできません」
泣きじゃくる彼女の肩を赤嶺の妻がそっと抱き寄せた。
誰もが口を開かなくなった食堂へ、玄関ホールからカウベルの音が響いてきた。
赤嶺が出向くと、そこには蝶ネクタイ姿で恰幅の良い男性が立っている。
「ちょっとお話を聞きたいことが出来まして。みなさんはまだ食堂ホールにいらっしゃいますか、赤嶺さん」
黙ったままうなづくと、赤嶺は再び訪れた客人を食堂へと案内した。
―了―
真実の境界線 流々(るる) @ballgag
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