洋介くんの運動会
つづれ しういち
第1話
食欲の秋、読書の秋。
まだまだ夏の余韻を盛大に残してる空を見上げて、俺はひとつ息をついた。
うん。まずまず天気は大丈夫そう。
洋介の好きな唐揚げを入れた大きなタッパーの弁当も準備完了。レジャーシートとお茶の水筒、ペットボトルのジュース。小さめのクーラーボックスも必要かな。
そう。
秋って言えば、運動会。
なんだけど、盛り上がるのは大抵、親とかジジババのほうだよな。
それも幼稚園や小学校の低学年ともなると、本当に必死さ加減がハンパじゃない。まだ暗い早朝のうちから校門前に列を作ってるカメラや脚立を手にしたお父さんたちの顔には、めちゃくちゃ疲労の色が濃い。いやもうほんと「お疲れ様です!」ってかんじ。
当の子供たち本人だって、この暑い中カンカン照りの運動場での連日の行進やら演技の練習で、かなり疲れが溜まってるみたいだけどね。
そう言ううちの弟、洋介だって例外じゃない。
洋介は小学一年生。
今年の一年生の出し物は、ボールと縄跳びを使った演技だ。「ボールを投げ上げてるうちに一回飛ぶ」とか、いくつか難しい(そして結構謎な)技もあって、洋介もかなり苦労して練習してきたのは知ってる。
今日はいよいよ本番だ。
児童はいつもどおりの登校だから、今日はもう学校へ出かけている。
一年生の演技は午前十一時ごろからになる予定だけど、もちろん俺たちはずっと早くに出なきゃならない。
なぜって? そりゃもう、熾烈な場所とり争いがあるからさ!
って言っても、こんな時間じゃもういい場所はとっくにいっぱいだろうけどね。俺たちは最初からそういうのは諦めて、「まあ開会式に間に合ってればいいか~」ぐらいな感じで出発する。それで、どこかはじっこの方に隙間を見つけてレジャーシートを敷く予定。
昔に比べて子供の絶対数は減っているのに、やっぱり例年、運動場は保護者たちでいっぱいになる。逆に子供が減っているから、ジジババもわんさか来ちゃうってのが原因なのかなあなんて思ったり。
まあ、うちは来ないんだけどね。特に母方は来ない。そっちはある意味仕方ないんだけど、父方のほうも忙しいみたいで今年は来ないんだよなあ。どうも、おばさんとこの子供の運動会と日程が重なっちゃったみたいなんだよね。
と、いうことで。
今日は洋介の親兄弟でも、ジジババでもない奴が一人参加することになっている。
「本当に、俺なんかがお邪魔して構わないのか」
「まだ言ってんの、佐竹。いいって何度も言ってんじゃん」
「それはそうだが」
佐竹の目線がやや下がる。まだあれこれと気にしているんだろう。
ほんと、こういうとこ謙虚で真面目。一見、すごく無神経そうでキツイ性格にも見えるのに。実は中身は全然そんなことないっていうか正反対なのになあ。
これがなかなかギャップっていうか。
「いいんだよ。洋介本人が『ぜったい来て、さたけさん!』ってあんだけ言ってんだからさ。『さたけさんが来るなら外で食べたい』って言ってたし。洋介のために俺からもお願いするから」
それだけ言ってもまだ無言で、佐竹は自分のつま先なんか見つめてる。
「お前のためにわざわざ入場許可証までもらったんだし」
校内に入るために必要な保護者証は、普通は一家庭に二個しか配られない。音楽会や運動会なんかの時だけは祖父母の参加が増えるので、事前に申請して入場許可証を余分にもらっておく必要がある。もちろん今年は、俺が佐竹の分を申請しておいたってわけだ。
「いいだろ? な、佐竹。ここまできて『やっぱ行かない』なんて言わないでよ。洋介だってガッカリするし」
「……そうだな」
佐竹は相変わらずめちゃくちゃ姿勢のいい背中を崩さないまま、ほんとに薄く微笑んだ……みたいに見えた。
今日はベージュの綿パンに薄いブルーのポロシャツ姿だ。ベーシックでちらっと見ただけじゃわかんないけど、それも絶対どっかのブランド品なんだろうな。きっと馨子さんのお見立てだろうし。
俺はいつものジーパンに、
馨子さんは佐竹のお母さんだけど、とにかく忙しい人だ。今日だって地球の裏側で法律用語をブン回して誰かと丁々発止しまくってるに違いない。
『やっだ、あきちゃんも洋介ちゃんの運動会行くのぉ? ああん、いいなあ! あたしも行きた~い!』
っていうのが、この運動会のことを報告したときの第一声。もちろん後ほどちゃんと写真や動画を送ることをがっちり約束させられてしまってる。洋介のはもちろんだけど、多分佐竹のも欲しいはず。
俺、ちゃんとわかってるよ、馨子さん!
ばっちりいい写真送るからね。待っててね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます