7-3

 エッセル氏の商売は燃料だった。

ランプ用の油、薪、石炭、泥炭を固めたものなどを扱っている。

大きな商店ではないけれど、生活必需品を商うだけあって売り上げは堅調のようだ。

そこら辺の事情はジャガー警部が教えてくれた。

自宅もロンディアン市内の閑静な高級住宅街の一角に小奇麗な家を構えている。


「キンバリー、本当に大丈夫だろうな?」

「しつこいぞ、バートン。人間なんぞに捕まるオイラじゃないよ」

「捕まって籠に入っていただろう……」

「二度は捕まらないってことだ! まあ、吉報を待っていろ。フユさんの夕飯を忘れるんじゃないよ」


 別にしょっちゅう忘れているわけじゃない。

たまたま事件に巻き込まれた時だけだ。

透明に戻りながら家の方に飛んでいくキンバリーを見送ってから監獄へと戻った。



 夕飯を持って訪ねると、フユさんはいつものように正座で俺を待っていてくれた。

これまでと違うのは、俺が行くと笑顔で迎えてくれるようになったことだ。

夕飯の献立は豆入りのスープとパンの日で相変わらず質素だったけど、今日は街で買ってきたリンゴを個人的に足しておいた。


「狼殿、いつもよりおかずが一品多いのだが、どうしたわけだ?」

「街に出たついでに買ってきたのです。それはお裾分けですよ」

「しかし――」


 いつものように遠慮しようとするフユさんの言葉を制して言い添えた。


「私としてはフユさんが美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいのです。遠慮ばっかりでは困ってしまいます」

「うむ……」

「それに、フユさんだって私に魔法術式を教えてくれているじゃないですか。そのお礼でもあるのですから、遠慮なく食べてください」

「そういうことなら、ありがたくいただくとしようか。そうそう、そろそろ新しい術式を書いてみたくなる頃だと思って用意しておいた」


 鉄格子の間から差し出された紙片には、隙間なくびっちりと文字が並んでいる。


「いつもより文字数が多いですね」

「光魔法は術式が長くなるのだ」


 この術式は「閃光フラッシュ」と呼ばれる魔法だった。


「看守は争いごとが多いとキンさんから聞いた。しかし、殺傷系の魔法を使うわけにもいくまい。この魔法は狼殿にとってはちょうどいい魔法だと思ってな」


 「閃光」は相手の目をくらませる初歩の光魔法である。

ただし日中に屋外で使ってもあまり意味はない。


「周りが明るいところでは目が光に慣れてしまっているからな。だが、薄暗い監獄や夜ならば効果は絶大だ」

「ありがとうございます。書きかけのスクロールができたら、次はさっそくこれを作ってみますよ」


 最初の頃は徹夜をする勢いで書いていたけど、最近ではスクロールを作るペースを落としている。

夜更かしをし過ぎると仕事に差し障りが出てしまうからだ。

寝る前のひと時をスクロールづくりにあてて、一週間に二枚くらいのペースにした。

手持ちのスクロールは身体強化が3枚、火炎魔法(初歩)が2枚、治癒魔法(初歩)が3枚だ。

「閃光」には明後日くらいから取り掛かれるだろう。


「もう花はないのでホーリーを取ってきました。あっ、その実は苦いので食べないでくださいね」


 花瓶に光沢のある緑色の葉を活けた。

葉の間には赤い実がいくつもついている。


「ホーリー……。故郷のヒイラギに似ているな。少し違うようだが」

「へえ、天上界にもホーリーはあるんですね」

「うん。盆栽にする人もいたな」

「ボンサイ?」

「天上語に詳しい狼殿も盆栽は知らないか。盆栽というのはだな……」


 盆栽の話、冬の話、本の話、地下特別監房での時間はあっという間に過ぎていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る