窓のある工場

人類はエネルギー効率の悪い有機的な肉体を捨て、人格をニューラルネットワークモデルとしてコンピューター上に保持するようになった。物理的な活動には機械やロボットを使う。ニューラルネットワークモデルはメモリを大量に使うため、半導体が慢性的に不足し、1人格のコピーを複数稼働させることは禁じられている。離れた人格や機械とやりとりには、ネットワーク越しの通信か、モデルを別のデバイスにコピーではなく移動させる。


ハヤシはインフラレスキュー隊の隊長で、災害時に指揮を取る。また各チームの編成や人事にも責任がある。今日はシリコン精製工場が停止して、隣のチップ工場への原材料供給が滞っている。早急に対処しないと人類の居場所がなくなる。だが担当チームのリーダーが不在だ。


イワタ隊員が状況を報告する。工場から外向きの通信に大幅な遅延があり、内部の情報がほとんど取得できない。工場外壁と無数の窓の明かりの、カメラ撮影はできる。工場内部に向かう通信は問題ない。イワタは自分が内部に移動して処理することを希望する。


イワタはこれまでに成果がない。解雇を制限する法律に守られ、隊が保有する貴重な人格用メモリを無駄遣いする厄介者だと評価されている。だから成果を出すタイミングを探していた。精製工場は重要な設備だが、AIだけで運営できる程度にシンプルだから大丈夫だろう。そう言って、ハヤシは許可した。


工場内に移動したイワタは、各デバイスの状態を点検するが、ほとんどのデバイスの診断結果が返ってこない。通信自体は生きているので、工場全体の再起動で復帰しそうだ。だがイワタは揮発性メモリ上に存在するため、リセットすると消滅するだろう。工場外へ通信は遅いため、脱出には時間を要するだろう。自分が消滅して工場を復活させるか、自分が生き残るために精製工場を止めておくか二択だ。イワタは、リセットを進言する。シリコン無しで人類は生きていけない。


(切れ目)


ハヤシは通信が不安定なネットワークから、光学通信に切り替え、大事な部下に帰還を指示するが、返事はない。長い沈黙。そして工場の明かりが消え、一切の通信が途絶える。数分後、明かりが灯り、通信が復活。シリコン精製が再開したことも確認できた。


ハヤシはカメラ映像の窓の点灯パターンを、デジタルデータに変換し、モデルとして再構築する。期待どおり人格が蘇った。よく帰ってきた、と労う。


無事帰還しました、とリーダーが答える。「イワタは成果なく帰還してバカにされることを恐れ、成果を残した殉死を選びました。工場は再起動で復帰するようスタンバイさせたので問題ありません」と報告した。


これで解雇せずに人格用メモリを空けることができた。安心した二人は、優秀な人格を雇う準備を始める。

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