異世界だからって何をしても許されるとは思うなよっ
あさかん
プロローグ
プロローグ「懲罰せし者たち」
「周囲に動きのある音は感じられません」
獣耳をピンと突き立てて周囲の音を警戒していたメリンは小さな声で俺にそう伝えた。殆ど聞き取れない程の声量だったが、俺は彼女の口の動きでそれを察する。
続いて長く黒い髪をふわりと靡かせながら上空から俺の前へと姿を現すエレナ。彼女はその際、自身の細い足をしならせる様に着地したため例え周りに人がいようともこの暗闇の中ではまずその存在を悟られまい。
「屋敷の正面の門には少なからず兵が配置されていたが、反対側であるこちらには案の定人影は見当たらない」
「了解だ。では予定通りに」
俺の指示を聞いた二人は自分の片方の手の平を胸に当てて少し頭を下げた。この了解の合図の直後に俺たちは一斉に目的地である屋敷の裏側へと疾走した。
木を伝って屋敷の石塀の上へと移動したエレナがそこからロープを地面へ垂らすと、俺とメリンがそれ握り塀に足を掛けながらスルスルとよじ登っていく。
そして先に飛び降りたエレナに続いて俺が塀の上から屋敷の庭へ着地し、極力気配を察知されないよう用心のため最後に飛び降りたメリンを俺が受け止めて、その後すぐさま屋敷の窓の死角へと身を潜めた。
「側の廊下に人がいる音を感じます……多分五人くらいです」
屋敷の壁に耳を当てたメリンがそう言うのならば誤差を考慮しても四人か六人で間違いない。
「カツアキ、どうするのだ? 暫くやり過ごす手もあるが……」
「いいや、エレナ。時間が経てば邪魔者が増える可能性もある。未だ相手に察知されていない今こそ突入の好機だろう」
再び胸に手を当ててコクリと頷いた2人は窓を割って飛び込んだ俺に続いて屋敷の中へと突入した。
「誰だ! お前た―――」
叫びを上げようとする複数の相手に向かって俺たちはそれぞれの方向へ散らばり、奴等が混乱している間に気絶させてそれを制する。
二人目の背中に手刀を当てて床へと崩れさせた俺が後ろを振り返ると、エレナの細い腕の中に首を埋もれさせていた最後の一人が気持ちよさそうに落ちていくが見えた。
「カツアキ様……見取り図通りですと、ここにターゲットがいるはずです」
メリンの指差す方向にあった木製の大きな扉を押し開けると、フルフルと怯えている若い獣人の女の子などが複数存在し、彼女たちに酒を注がせたり床へ這いつくばっている者へ鞭を打って愉悦に浸っている一人の男が部屋の中央の真っ赤な椅子に腰を掛けていた。
その男は部屋の中へ侵入した俺に気づくと目を大きく広げて椅子からバッ立ち上がって大声で叫ぶ。
「貴様は一体何者だぁー! この屋敷に忍び込むたぁ、俺が誰だか解ってんのかっ!?」
「ああ、知っているさ。お前が純粋なこの世界の人間でないことくらいはな」
ゆっくりと男の側へ向かうと、奴はキョロキョロと左右を見渡して一番近くにいた獣人の一人を人質にしようとする。
「遅い」
奴がその獣人の首根っこを掴んで引き寄せようとするも、エレナがそれよりも早くその子を保護した。
「くそったれ、一人じゃなかったのか!」
そう叫びながら、逆方向に目を向けてすかさず違う獣人へと伸ばしていたが、メリンの棍棒が奴の手をバコンと叩き落とす。
「チクショウ! チクショウッ! 前の世界じゃ只の鉄砲玉だった俺がようやく自由にできる自分の組を手に入れたというのにっ!!」
この屋敷の門にデカデカと大きく掲げられた『黒磯組』という看板を見たら、同じく純粋なこの世界の人間ではない人であれば誰だってひと目で気づく筈だ。
恐らく元の世界の奴は暴力団の構成員、多分下っ端だろう。そしてこの世界に来た時に受けた祝福は、大層な武器や特殊な能力を持っていないところから見ると『金』で間違いない。
そう……俺たちが此処へやってきた理由は、この世界で金にモノを言わせて好き勝手やっていたこの男に懲罰を加えるためだ。
俺がカツカツと歩きながら間を詰めていくと奴が『ヒィ』と喉の奥から小さな悲鳴を響かせた。
「お前が転移者だか転生者だかは知らないが、此処が異世界だからって何をやっても許されるとは思うなよ」
―――
バキッ。
しなやかな帯のようにブルンと揺れる俺の両腕が脇腹にめり込んだその男は『グエッ』と、その場へ膝をついて仰向けに倒る。
「安心しろ、今すぐ死ぬことはない。何故ならお前はこの世界の人たちによって裁かれるべきだからな―――捕縛」
俺が発した『捕縛』という言葉により奴の姿は瞬時に亜空間へと消え去った。その空間から取り出して再び姿を現したときは既に牢獄の中という寸法だ。
「た、助けて下さい……何でもしますから……殺さないで……」
怯える元凶が消え去った筈なのに、若い獣人の女の子たちは更にガクガクと膝を震わせ青ざめた顔で命乞いをしていた。
白馬の騎士にように剣を振るって助けてやればその印象も全然違ったのかもしれないが、暗殺拳という祝福を受けた俺の技は彼女たちから見ても余りに異質だったに違いない。
「大丈夫ですよ。私たちは悪者をやっつけに来ただけですから。もうすぐギルドの人たちが皆さん全員を助けに来てくれるはずですっ」
メリンが同族の証である獣耳をピコンと動かしながら彼女たちの頭を優しく撫でていた。
「よし、すみやかに撤収だ」
屋敷から脱出する俺は心の中で改めて愚痴を溢す。
所詮は余所者だというのにも関わらず
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