Gift of Nightmare【EP4】

野良・犬

プロローグ


 嗅ぎ慣れている…とは言い難いけど、俺が知っているはずのこの磯の香りは、私にとってはとても新鮮なモノだ。

 でも、なんか気持ち悪さすら感じる。

『なんか匂うぞ』

 私はその匂いが何かを知っているからいいとして、それを知らない人間の感想が耳へと届く。

 隣に立っていたイクシアが、自身の鼻の近くに右手を持って行きながら、不審そうな表情を見せていた。

『海の匂いだ』

 そんなイクシアの言葉へ返すように、後から来たエルンが答える。

「海の匂い? そんなの向こうじゃしないだろ」


---[01]---


「むこうとこっち、一緒な訳がないだろ~。私達が今立っている場所だって、向こうじゃ考えられないはずだ」

「立っている場所って。そんなのいつも通りの石の地面…だけじゃない? これは砂か? お~すっごい。こんなに砂を見たのはさっきの場所と、植林地に行った時以来だ」

「植林地って…いつの話をしてるんだ?」

「いつだったかな?」

『イクが植林地に行ったのは軍生になる前に一回きりです。何年も前の事ですよ。というか皆さんはしゃぎ過ぎです。荷物も持たずに行かないでください』

「・・・ああ」

「あ~、フィー、悪いねぇ~」


---[02]---


 両手両脇、持って挟んでの荷物持ち、その後ろを歩くトフラに肩を貸す形で、自身が目となるかのように先を歩くフィア。

 彼女は困り顔を見せつつもその表情は明るい、それはどことなく、この場にいれる事の喜びを感じているようにも見えた。

 でも私は、そんなフィアの言葉に空返事を返すだけで、そっちを見る事すらせずに歩き出す。

 こちらを待ち構えていたかのように並ぶ黒いスーツの集団の横を抜け、フィア達ではない誰かが自分の事を止めようと声を掛けている事にすら気にせず、見向きもせずに…。

 自分達のいる場所の全容を見ようと、視界が開けた場所へと足を進めた。

「・・・」


---[03]---


 俺が私であるのなら、ここはきっと夢の続き…延長線上にある地続きの夢の世界のはず。

 その視界に映るもの全て、夢の存在…。

 これは夢…その一言が全てを引き留める楔となって存在し続ける。

 でも私は何も言えなかった。

 この磯の香りは、海辺に行けば大体嗅ぐ事の出来るモノ…、魚類やらプランクトンやらの死骸の匂い…。

 今、私の目の前に広がる光景は、1つの山の上、そこから見下ろす海の姿…見慣れてこそいないものの、俺はこの景色を知っている。

 何時だったか…、小学生の頃だったか中学生の頃だったかな?

 校外実習で来た事のある場所だ。


---[04]---


 昔、天下統一した武将の墓がある神社だったか?

 私が今いる場所は、どこかもわからない山の上ではなく、その神社の敷地内だ。

 ここに上ってくるのに千段を越える階段を、ひぃひぃ言いながら登らされた事はよく覚えている。

 むしろそれがあるからこそ、この景色は俺の記憶に深く根付いていると言っていいのかもしれない。

『あの…』

 後ろから話しかけられ、振り向いた先には、黒いスーツの集団を従えた白髪交じりの男性が立っていた。

 大多数が黒いスーツ姿にも関わらず、その男性だけ汚れの目立つつなぎ姿で、良くない方向で目に付く。


---[05]---


「あ~気にしないでぇ~。その子にもいろいろと思う所があるんだぁ~」

 困り顔の男性へのフォローをしてくれるエルンだが、その言い方がフォローになっているかどうかは、正直疑問が残る。

「勝手な事をしてごめんなさい。もう大丈夫」

「そうかい? 体調が優れなかったら、私にすぐ言うんだよぉ~?」

「ええ…」

 いつものように意味ありげな微笑みを向けてくれる彼女に頷き返して、1人先走った道を戻る。

 私がフィア達の下へ戻った所で、つなぎの男性が、咳ばらいをしつつ話を始めた。

「「天人界の使者」である皆さん、この度はよくお越しくださいました。「人間界」の代表、「夜人(やと)」の1人として、皆さんを歓迎します。この度、皆さんの案内役を任された私「真田信廉(さなだのぶかど)」と申します。どうぞ、よろしくお願いします」


---[06]---


 信廉は深くお辞儀をし、それに合わせて、後ろに立つ黒いスーツの人達もお辞儀をした。

 私フェリス・リータや、フィーことフィア・マーセル、イクことイクシア・ノードッグ、エルンことエルン・ファルガ、トフラことトフラ・ラクーゼといった、向こうの名前とは違う、こちらの…俺の身近、耳に慣れ親しんだ色を見せる名前。

 その名乗られた名前に、僅かな動揺を覚える。

「・・・」

 きっとこれだけじゃない。

 この世界で何かを知る度に、この動揺は、もっと…もっと…、とにかく大きなモノへとなっていく事だろう。

 握りこぶしを作りながら、どこか緊張気味に、私はまるで戦闘でも始まるかのような面持ちで、全身を集中させるのだった。


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