コウモリの森の魔女の求人に応募した私の一年

カブトムシ太郎

第1話コウモリの森

「あなたなんか、本当はこの家の子じゃないくせに!」


そう妹が叫んだ時、頭の中で何かが弾けた。それと同時に、ああ、やっぱり、と、どこか深いところで納得するものがあった。



夜明け前、東の空がまだ夜と朝の間にある時間帯に、私は静かに家を出た。



カバンには自分で稼いだお金で初めて買った、黒いエプロンドレス、白のカットソーを詰めた。コツコツ貯めたお金は、今後のことを考えて全部持って行こうか、と思ったが、辞めた。




このお金を稼ぐための知識も、技術も、この家で教わったものだ。




教わったことを使って稼いだお金なのだから、やはり置いていくべきだろう、と私は思った。




それでも、これから先、私は一人で生きていくことになる。せめて独り立ちの見通しが立つまでの生活費くらいは、貰うことは許してもらおう。



私は皮袋の中から金貨を3枚だけ取り出すと、綿の小さなハンカチに包んだ。





自分の部屋の机の上に手紙を残した。



そこには



「今までありがとうございました。必要な分の服とお金を持ち出すことを許してください」



と書いた。




丘の上にある家を出て、山沿いの道を川伝いに歩く。夜明け前までには街に着くだろう。西の空に夜が傾き、東には明けの明星が輝いていた。



空はこんなに美しく、空気は澄み、そこかしこはもう春の気配だというのに。



どうして私の気持ちはこんなに灰色なのだろう。



朝露を踏みしめて、私はひたすら坂道を下った。











街のはずれにコウモリの森と呼ばれる場所があり、そこには少し変わった魔女が住んでいた。




魔女といっても、街の人に何か悪さをするわけでもなく、街に出てきたときは普通に街の人たちに挨拶もする。何より、ほとんどの場合、魔女は森の奥にある住処に引きこもり、そこで静かに過ごしていた。



特に害もないし、税金もきちんと納めている。共同井戸の使い方のルールも守っているし、ということで街の人たちは魔女に対して、おおむねおおらかな態度で接しているようだった。




その魔女が、最近「人を募集している」という。




そんな噂をなんとなく聞き知っていた私は、特に行くあてもないので気がつくとコウモリの森の入り口に立っていた。



うっそうと茂るミズナラや、モミの枝と葉がざわざわと揺れ、森の奥からは暗く、きめ細やかな水を含んだ、ひんやりとした空気が流れてきた。




ああ、森の匂いがする、と私は思った。




森の入り口に小さな立て看板があり、そこには「求人票」と書かれた紙が貼られていた。




『治療師の助手求む:住み込み可。委細相談』




治療師、というところに私の中でうずくものがあった。




魔女がどんな人かは知らない。ひょっとしたらすごく悪い人なのかもしれない。



それでも。




なぜだか私は「これは私にぴったりな仕事ではないか?」と思ったのだ。




黄色い紙に書かれた求人票をもぎ取ると、暗い森の奥に向かって私は歩き始めた。




頭上で鳥が鳴く。高い場所にある木の枝で何かがガザガサと音を立てた。




私は森の奥に続く道を、まっすぐに歩き始めた。

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