第3話

【誰でもいいから俺を紐にしてくれ】


三話


 確かに俺の体格は男としては小柄だし、彼女の方が俺より体格が大きい。でも、それをしてしまったら本当に子供みたいになっちまう。

 もうそんな歳じゃないし、こんなことはあまりしたくない。

 ……って、頭の中では思うんですよ。でもね。あのムチムチな太ももに顔を埋めて頭をよしよしって撫でられたいんだ!

 俺は赤ちゃんになったような気分でその綺麗な太ももに飛び込んでいた。

「あら。大きな坊やね」

 その艶やかな声も、顔を埋めた瞬間人をダメにしてしまうような太ももとに挟まれて、俺は言葉を失っていた。

 あー。幸せだ。この瞬間のために俺は今まで生きてきたんだ。

「よしよし。これからはずっと一緒だからね?」

「……うん」

 なんだか少し眠くなってきた。

 でも、すぐにジュージューと肉が焼かれるようないい音色と共に俺の意識はそっちに向かった。

 芳ばしいニンニクの香りが俺の食欲をくすぐり、腹の虫がぐうっと鳴った。

 彼女のもっちりとした太ももから一度出て顔を上げると、そこにはテレビでしか見た事のないような霜降り肉が、黒い鉄板の上で豪快に焼かれていた。

「すげえ……」

 思わずそんな声が漏れる。

 そして、その分厚い肉は彼女の前に差し出された。それを慣れた手つきでお姉さんは一口大に切り、ふーふーっと、息をかける。

 その尖る口も長い髪を耳にかける仕草も、彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強すぎる。

 そして、彼女はふーふーしたそれを俺の方に向ける。

「ほら、あーんして?」

 美人なお姉さんが俺にあーんしてくれる。こんなに幸せなことが今までの人生であっただろうか?

 中学時代、好きな人に告白しては子供っぽいから無理と拒否られ、家に帰っては勉強をしろ。習い事の課題を済ませろだので、自分の遊ぶ時間なんてものはなかった。

 スマホだって高校入ってからだし、成績が少しでも下がったらそのスマホですらも没収されたし、ピアノや書道で賞を取ったって、それはあの両親からすると当然のことらしくて褒められた試しがない。

 だからか、今のこの状況がとても嬉しい。大事にされてるって感じがして堪らないのだ。

 俺の視界がなぜかボヤけてる。

「……え? ど、どうしたの?」

 お姉さんは困惑しているのみたいだった。

「え?」

 俺にもよく理解ができない。ぽたぽたと脚になにか冷たいものが落ちる。

「……涙? 悲しくないのになんで俺……」

 これまで痛かったり悲しかったりして泣くことはあった。でも、もう十年以上は泣いてない。だって、泣いたって辛いだけだから。なのに、なんで俺泣いてんだろ……

 でも、この涙は痛くない。辛くもない。むしろ暖かいものだった。

「……大丈夫だよ。安心して?」

 そして、なにか暖かくて柔らかい何かに包まれるのを感じる。なんだろう? この安心感は。あの太ももよりも心地がいい気がするし、甘いいい匂いがする。

「可愛いなぁ……」

 そんな一言の後すぐの事だった。

「うっ……!」

 俺は何かにギュッとされ、その暖かい温もりの圧が急に上がり、息が出来なくなる。

 俺は近くのものを叩いて必死に足掻くが、伝わってないのかそれが緩むことは無かった。

 やばい。マジで死ぬ。

「お嬢様! そのままですと本当に死んでしまいますぞ!」

「あっ!」

 その力が緩んだ瞬間、俺はすぐに離れて床に倒れ込んだ。

「ゲホッケホッ……はぁ……はぁ……」

 できるだけ酸素を取り込もうと深呼吸を繰り返す。

「……大丈夫? ごめん。我慢出来なくなっちゃって……」

「い、いや。別に大丈夫です。それよりご飯食べましょう!」

 泣いてしまった理由は全然わからないけど、こんなに美味そうな肉を前にしていたらそんな些細なことは忘れちゃうよね!

「そうね。じゃ、ほら。あーん」

「あ、あーん……」

 恥ずかしいながらも美味そうな肉をあーんされながら、お姉さんの豊満な肉を鑑賞する。うん。形もサイズも完璧だし、いつかこっちのもあーんしてもらいたいな。

「……ど? 美味しい?」

「はい! 凄く美味しいです」

 こんなにうまい肉は初めてだった。いつもはカップ麺かコンビニ飯ばっかりだったしな。

「そう。よかった」

 そして、ご飯を食べ終え、執事さんが全部は片付けとかやってくれる。なんて幸せなんだ。

 ま、ここにメイドさんとか居れば良かったんだけど……

 そんな慎ましやかな思いを胸に抱いた瞬間、俺の肩に手が置かれた。

「……ねぇ。どういうこと? 私が居るのにメイドが欲しいと願ったわね?」

「い、いやぁ……そういう訳じゃなくて……」

 さっきと目付きがまるで違う。さっきまで瞳に灯っていた光が消えてるのだ。

「……私よりメイドがいいの? 私がなんでもあなたのことをしてあげるのに……」

「いや、執事さんひとりじゃこんな豪邸の掃除とか大変じゃないのかなぁって思っただけで、そういうわけじゃありませんよ!」

 メイドさんに面倒を見て貰いたいという願望は、男がこの世に生を受けた瞬間から思い浮かべる夢なんだ。

 だから、少しだけ俺は夢を見てしまっていた。今だって十分夢のような環境なのに。

「……やっぱり信用出来ないわ。こんな首輪程度では」

「……え?」

 刹那、また俺はスタンガンを当てられ、振り出しに戻った。

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