第2話

【誰でもいいから俺を紐にしてくれ】


二話


 やっとこの女王様は俺を抓るのが飽きたのか手を離してくれた。

 声を上げすぎて声が枯れちまった。喉が痛い。

 でも、収穫はあった。これが夢じゃないってこととこの人は見た目ほど良さげな人ではないってことだ。

 一見、優しそうな顔をしているが、抓っていた時のあの笑顔はなかなか作れない。本当に人をいじめて楽しんでいる顔だった。

「あ、あの……とりあえず、ありがとうございました」

 枯れた声ながらもお礼だけは欠かさず言っておく。でも、やり過ぎだ。まだ頬がヒリヒリしてる。

「いえいえ」

「それであの……なぜ俺の家に?」

 夢じゃないということは何も解決してないってことにもなったわけだ。

「多分、スマホ見た方が早いと思うわよ。はいこれ」

 そう言って彼女はスマートフォンを差し出してきた。とは言っても慣れ親しんだ俺のスマホだ。

「あ……はい。ありがとうございます」

 パスコードを開いて開くと、青い鳥アプリがすぐに立ち上がった。よくあるSNSの類でつぶやきとかなんとかって言われるあれだ。

「……なんだこれ?」

 一件のつぶやきが目に留まった。


 紐にしてください!

 どんな拘束、束縛もおっけー! 愛が深すぎるという方におすすめ物件です!


 そんな一文ともに俺のそれなりに整った容姿の写真が添えられていた。顔が真っ赤だし多分、酔っ払ってる時に撮ったんだろうけど。

「…………」

 間違いなく、これは俺で投稿してんのも俺だ。

「よかったね! 私のヒモになれて!」

 隣で嬉しそうにその美人は何か言っていた。

「……ヒモ?」

「うん! 嬉しいでしょ? 私に永久就職するの!」

 そう言ってとんでもない美人なお姉さんは、とんでもないもんを俺に見せてくる。

 実物は初めて見るが結婚届けってやつだ。

 既に片方の欄は埋まっていて、名前は黒島 恭子(くろしま きょうこ)と書いてある。

 黒島恭子……どっかで聞いたことのあるような名前な気がするけれど、思い出せない。

「……どうしたの? 書いてくれないの?」

 お姉さんはしゅんとした表情でこちらを捉える。

「え、えっと……お、お互いのことをよく知らないし……もう少し順序を踏んだ方が……」

 物凄く可愛いし可哀想だけど、ここは否定しておかないと。俺も酔った勢いであんな投稿して悪かったけど、やっぱりダメなもんはダメだ。普通に就職して働かないとな。

「お金ならあるわよ? 幸せにしてあげるからとりあえず書きましょ?」

 銀行の口座を見せられ、俺は息を飲んだ。丸の数が俺の口座の倍。いや、三倍くらいある。

 こんなにあれば働く必要なんてないじゃないか!

 さっきの人並みな感想なんてもんは俺の脳裏から消えていった。

「えっ……でも……」

「いいから!」

 日本人の悪いところその1。ノーと言えないが発動してしまって俺はペンを握らされた。

 でも、これに名前を書いてしまえば働かなくて済む。俺は断固として働きたくない。でも、家事なんてもんもしたくない。

 それに俺はペンを置こうとすると、悪魔の囁きが耳に入ってきた。

「これに名前を書いたらベッドから降りなくてもいいわよ? ずーっと死ぬまで私が面倒見てあげる」

 そんな一言に背筋がゾワリとする。でも、結婚さえしてしまえば死ぬまで働かないでいられる。それどころか何もしなくていい。

 休日にとる惰眠ほど気持ちいいものもないし、そんな日々が毎日訪れるなら悩む必要なんてない。楽が出来るならなんでもいいじゃないか。

 俺は無言でペンをとりそれを埋めていく。

 すると、彼女はニヤリと微笑んだ。

 なにかやばい気がするが、俺は書き終えてしまい、それを奪われる。

「私、こういうペットが欲しかったのよねぇ」

「……ペット?」

「うん。今から君は私のペットだよ。んじゃ、早速これ付けてね?」

 彼女はそう言うと赤い首輪のようなものを出して、俺に渡してくる。でも、きっと違うはずだ。俺の頭は冴えてないしそんなわけがない。

「……これは?」

「ん? 首輪だよ?」

 ……うん。知ってた。

「……冗談ですよね?」

「そっか。じゃあ……」

 そのきれいなお姉さんはおもむろに四角い何かを取り出すと、俺の意識はバチバチバチッ! という、雷にも近いような音の後に無くなった。


****


「……ん? ここは?」

 目を覚ますと、薄暗い部屋のベッドの上に居た。大きなベッドだし、ほのかに甘いいい匂いがする。

 うーんと伸びをしようとした時、ガチャガチャっと鉄と鉄同士がぶつかり合うような音がし、腕になにか変な感覚を覚え、そちらに目をやると、ベッドと俺の腕とが手錠で繋がれていた。

「……は?」

 俺はすぐに腕に力を込めて逃げようと試みたが、ダメだ。ガッチリと固定されてる。

 腹も減っちまって力も入らないし、これ以上動くのは得策とは言えない。

「どうするか……」

 昨日今日で色々ありすぎて頭がおかしくなりそうだし、なによりも時間の感覚がない。今は何時で何日なんだろう?

 梅雨も明けてそろそろ本格的に暑くなるようなそんな時期だけど、シャッターのしまった窓に冷房までつけられてると、昼か夜かもわかりゃしない。時間を測るのは厳しそうだ。

 あれ? 結構詰んでるんじゃないか?

「あ、起きたのね。おはよ」

「あ、あぁ……おはようございます」

 あの美人なお姉さんがドアを開けて部屋に入ってきた。廊下には電気がついていたし、夜の可能性が出てきたな。

 なんて、推理物のように頭を働かせながらも挨拶を返す。

「ご飯食べるわよね? 何がいい?」

「え、えっと……それよりこの手錠があったらご飯食べられないんですけど……」

「大丈夫。食べさせてあげるから」

「なら、安心ですね! って、ちがーう! 拘束を解いてもらわないとなにも出来ませんよ!」

「でも、これ外したら逃げるんでしょ?」

「逃げませんよ! むしろなんで逃げるんですか? 俺は絶対に逃げません!」

「でも! 安心出来ないよ! もう逃げられるのは嫌なの……」

 彼女の様子が何かおかしい。

「……過去に何があったかは聞きません。でも、俺は逃げないですから」

 正直に言うと、一目惚れって奴だった。年上が好きって言うのもあるけど、目尻の下のホクロとかエッチだし、性格に多少難があったってこの容姿の前では無意味だ。

 だって、好きになってしまったんだもの。

「……逃げたら私、殺しちゃうかもしれないわよ?」

「……別にいいです。貴方に殺されるなら本望です」

 まだ短い人生だが、この人になら殺されてもいいって本気で思えた。

「……わかった。でも、この首輪だけは付けて? そうしてくれれば私安心出来るから」

 家で見たあの首輪だった。

「でも……なぜこれを?」

「君なら大丈夫だと思うけど、これね。爆弾が付いててね! 家から出たら爆発するようになってるんだ〜」

「……マジ?」

「うん!」

 びっくりするくらいにいい笑顔だ。

「……家出なくても爆発することは?」

「ないよ!  ……多分」

 最後の一言で本当に付けたくなくなくなった。

「……提案なんですけど、爆弾じゃなくて発信機とか付けて場所をわかるようにするといいんじゃないですかね? 別に外れなくてもいいんで」

「あー! そっか!」

 彼女はそんなこと思いもよらなかったって顔をしていた。

 流石の俺も、あーは言っても命は惜しい。

「少し待っててね! すぐに作ってくるから」

 そして、彼女は嬉しそうな顔で部屋から飛び出して行った。

 未だに解かれてない手錠を眺めつつ、さっきのセリフをリフレインさせる。

「……ん? 作る?」

 そして、その答えを引っさげてすぐに彼女は戻ってきた。

「出来た! 死んでも外れない超拘束型首輪!」

 恐ろしいネーミングセンスだが、今は違うそこじゃない。

「出来たって自分で作ったんですか?」

「えぇ。私、発明家だからね」

「……黒島恭子。あっ! 近未来テクノロジーの天才だ!」

「あー。知ってたの?」

「まあ、よくテレビで名前だけは出てますからね。顔は知らなかったですけど」

「ふーん。まあいいわ。とりあえず、これ付けて?」

 そう言って彼女はさっきの首輪と変わらない奴を提示してきた。

「……爆弾は入ってないですよね?」

「発信機に変えておいたわ。安心して頂戴」

「……では、付けます」

 首に付けると、まるで元々体の一部であったかのような着け心地で、着けてる感じがない。

「うん。よく似合ってるわよ? それじゃ、朝食にしましょうか」

 名探偵俺! の迷推理は完全に外れていたようだ。

「はい」

 少しだけ残念に思いつつ、外してくれた手錠のおかげで廊下に出られた。

 電気はついているのに外も明るい。なんか、久しぶりに陽の光を浴びる気がするぜ。

「ほら、こっちよ。初めてだと迷うだろうし手を繋いで行きましょ?」

 出された手を掴むとなんだか幼稚園の頃に戻ったようだった。

 間違えてママーって呼んじゃいそうだぜ。

 それから洋館のような家を長らく歩いて、バイオ気分を味わっていると、彼女の歩みが大きめの扉の前で止まった。

 そして、ドアが勝手に開いた。

「……うわぉ」

 ゴージャスなシャンデリアに、黒い高そうな長机の周りに赤い高級そうな椅子が並んでいた。

「お嬢様。こちらの坊ちゃんが?」

「ええ。そうよ。藤虎。早速で悪いけれど朝食を頼むわ」

「はい。お嬢様」

 そう言ってダンディーな雰囲気を持った執事らしき人は部屋を出ていった。

「あれは……執事さんですか?」

「ええ。そうね」

 そう言いながら彼女は今は活動を停止している暖炉付近の席に腰を下ろした。

 でも、手を離してはくれない。

「え、えっと……俺はどこに座ればいいですか?」

「私の上でいいわよ」

「は、はぁ……」

 でも、手は離れない。って、あれ? 聞き間違いかな? 隣とかじゃなくてこの人上とか言ったか?

「……え、えっと、それはどういう……」

「ほら。おいで」

 お姉さんはそう言って膝をトントンと叩く。

 本当に膝の上だったみたいです。


続く。

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