二つの禁書ーー空白のページ

縁の下 ワタル

前置き

「帰れよ!」

「帰れよこの裏切り者!」

「お前の居場所はここじゃねえだろ!」

目の前には見慣れた孤児院があり、

それを背にして友達だった人たちが、僕に罵声と小石を投げてくる。

周辺にはレンガで出来た家が並んでいるだけで、僕たち以外の人は誰もいない。今の時間帯が夕方という理由もあるがそれだけではない。ここは廃墟地域である。

この首都オリンの闇の部分である場所でだいたいここに来るのは出稼ぎに来ている村人ぐらいだ。

「帰れよ! このキゾクが!」

「ここはお前の来る場所じゃないだよ!」

そうだ、僕は貴族だ。いや、貴族になったと言うべきか。

この前、僕はこの孤児院でラック家に拾われた。

生まれてきたのが女の子で跡継ぎがいないからだそうだ。

いままでにない生活が待ってると思ったら、慣れないことばかりで疲れてしまった。そこでこっそり豪邸から抜け出し、孤児院に行くことにした。

みんな明るく出迎えてくれると思った。

しかし、待っていたのは、帰れよという言葉と固いものだった。

当然だよね ー。身勝手にもほどがある。貴族になった人間がカビくさい孤児院に行ったら馬鹿にしに来たかと勘違いされても仕方がない。

同情するよりも自分への怒りの方が強かった。

僕は諦めて今の家に帰ろうと背を向けた。

「おいお前ら、弱いものいじめは良くないな」

ふと声が聞こえた。

孤児たちも急に知らない声が耳に入ってきたのでざわざわしていた。

声が聞こえた先を見てみると、孤児院の屋根に一人の金髪の少年が立っていた。

「これは王様になる俺にとっては見過ごせないな」

何かよくのわからないことを言っている。

「とう」

そう言いながら、彼は屋根の上からジャンプした。

着地には成功したものの足が痺れてしまったようでうまく身動きが取れていない。

孤児の中にはクスクスと笑っている者もいた。

「こ この俺様がて 鉄拳制裁をしてやろう」

「行くぞーキーングパーンチ!!」

そう言いながら彼は突っ込んでいくのが見えたあと、僕は顔を隠した。

鈍い音がした何回も。そして、目の前には


一人の金髪の少年が倒れていた


. . . . . . . . . . へ?

この子は何しに来たんだろう?そんな当たり前の疑問を抑えながら、とりあえず声をかけてみることにした。

「あのう. . .大丈夫?」

「. . . . . . . . . . . . . . . 」

返事がない。揺すってみようとしたそのとき

「おいお前、まだいたのか?」

と孤児院の一人が聞いてきた。

「あ. . . ごめん」

急に声をかけられたのでつい謝ってしまった。

「謝って欲しいんじゃねぇだよ、早く俺らの前から消え失せろ」

冷たい言葉が僕を突き刺した。歯を食いしばり、熱いものが目からこぼれようとしたがなんとか耐えられた。いや、これは彼らへの怒りではない。貴族になった自分への傲慢さに怒っているのだ。

「この人を病院に連れて行ってくる」

と倒れている少年を指差しながら、そう答えた。

「わかった、じゃあな裏切り者」

「さようなら」

そう言ってその孤児と孤児たちは孤児院の中に入っていた。僕は倒れている少年を背中に乗せ、病院へと向かった。

一回一回の足の運びが重かった。いや、勘違いしないで貰いたい。僕はこの子を運んでいるせいで重くなっているのではない。自分がしたことの罪悪感のせいだ。しばらく歩いていると空き地が見えてきた。

(昔、みんなとここでよく遊んだな...)

内心そんな風に呟いた。とても懐かしく思えたが、それと同時にいままで我慢してきたものが出てこようとしていたが、歯を食いしばり抑える。これを出すときは自分が一人になってからだ、そう心に決めて。

「ん. . .イテテ、ここはどこだ?」

どうやら、目を覚ましたようだ。

「やあ、起きたかい、今病院に向かっている、もう少しの辛抱だよ」

内心を気付かれないように、いつものように声をかけた。

「おい、病院はやめろ。俺は病院が嫌いなんだ」

彼はおんぶされながらそう威張った。

「大丈夫なの? 体中痣だらけだよ」

「関係ない、それじゃあ、そこに下ろしてくれ」

僕の思い出の場所を指差しながらそう言った。大丈夫かなぁと思ったものの、このまま連れて行っても言うことを聞かなそうだから、従うことにした。

僕らは何もない雑草の上に座った。とてもきれいな夕陽が僕らを照らしている。すると金髪の少年はこう言ってきた。

「その……アレだ」

「?」

「ありがとな、俺をここまで運んでくれたのだろう?」

「いえいえ、大したことはしてないよ」

「うう. . . 王になるものが人におんぶされて運ばれたなんて情けない」

(そういえばこの人さっきから王になるとかなんとか言ってるけどなんのことなんだろう?)

と疑問に思ったが、まずは名前から聞くことにした。

「ねぇ、君の名前は?」

「フッ. . .人の名前を尋ねるときはまず自分から名乗れ」

(うぐ. . . めんどくさい)

「リーク・ラック」

僕はめんどくさそうにそう答えた。

「ほう、お前貴族だったのか?」

この国では平民の名字の使用は禁止になっている。名字が使えるのは貴族以上の人間だけである。この国にいる平民と貴族を分けるためだ。

「うん、平民上がりだけどね」

「ほう、そういうことか…」

しばらく僕らの間に沈黙が続いた。これをかき消したのは僕だった。

「それで君の名前は?」

「ほう、そんなに聞きたいか?」

そう言いながら、一呼吸空けてから

「聞いて驚け!」

「俺の名前はジュルド・アーマメント!この国の王になる男だ!」

「へー君ジュルドって言うんだ. . .ん?」

「えええええ!」

ジュルド・アーマメント、この名前は現グリモア王国の第2王子の名前だった。

このアースフィア大陸には、王国が二つ存在している。

一つ目は魔術の力で発展した国グリモア王国。

二つ目は魔石学の力で発展した国クリプト王国。

この二つの国は、文化の違いによりとても仲が悪い。今は休戦しているが、いつ戦争が起きてもおかしくない状態である。

それにもかかわらずこの王子は王宮を抜け出している。いつ自分が殺されるかわからないのに。僕はため息をついてしまった。王子がこんなのでこの国は大丈夫なのだろうか?

僕は呆れながらこう質問した。

「君は、さっきまで何してたの?. . . .」

「人間観察」

そう彼は即答した。

「はあ」

また、ため息をついてしまった。さすが王子様、人のことを観察できるような余裕があるなんて。僕なんて自分のことを考えることで背いっぱいだ。

「なんだ?お前さっきからため息ばっかだぞ。失礼だと思わないのか?」

「あーごめんごめん」

王子様はムッとした顔をしている。誰だってこれを聞いたら、呆れてしまう。

「これは俺の日課なんだ」

ということは毎日しているのかこんなこと。

「日課?」

「そうだ、日課だ。民の様子を知らなければ、良い王にはなれない」

「父上は民を見てないのにもかかわらず、自分の都合のいい政策を作っている。そんなのは、愚策だ。民の様子がわからなければ、良い政策など作れるはずない」

「確かに. . .」

この王子、初めてもっともなことを言った気がした。何も考えていないように見えたがこの国のことについてしっかりと考えているらしい。僕は少し感心してしまった。

「俺は、この国を笑顔でいっぱいの国にしたいと思っている」

「この国の民は誰も笑っていないのだ。民の笑顔を取り戻すには、民に真摯に向き合わなければならない。そう思わなないか?」

そんなのは綺麗事だ。そう思った。どんな国やどんな世界でもハズレくじを引いたりする人間は絶対に存在するのだ。でも. . . .

「僕も見てみたいな、そんな国」

偽善や欺瞞でもそんな国があれば、どんなに楽しく暮らせるだろう。想像するだけわくわくした。

「そうか、この考えを聞かせたのはお前が初めてだお前、名をなんといっていたか?」

「リーク・ラック」

「そうか、リーク・ラックか. . . .覚えておこう」

「僕も覚えておくよ、ジュルド・アーマメント」

「お前の場合は嫌でも覚えるだろう」

「あはは. . .そうだね」

二人で話したあと、ジュルド君はこう言った。

「そろそろ帰る」

「そっか……僕も帰らなきゃ」

少し寂しかった。新しい友達と巡り会えることが出来たのだから。

「またな、お前とはまたどこかで会える気がする」

「僕もそう思うよ、じゃあね」


こうして二人の少年は、それぞれの帰るべき場所へと帰って行った。


これがリーク・ラックと ジュルド・アーマメントの初めての出会いである。

彼らはまだ知らない。自分たちがこの国を巡って争ってしまうことを。

いや、世界の滅亡を左右することを。

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