第9話 海賊艦は走り始める

「もちろん、この一基であんな巨大空母が動いてる訳じゃありませんけどね」

 だがこれが使えれば、この艦の機動性は飛躍的に向上するに違いない。艦橋ブリッジにはそれらしい操作盤は無かったから、ここで直接制御するのだろうけれど。エンジン本体の制御パネルにあるのは数値モニターだけだ。だとしたら何処かに制御盤がある筈なのだが。


 探すまでもなかった。機関室の壁にガラス張りになっている小部屋があった。入ってみると、これが制御室なのは間違いない。しかも、大型モニターに映し出された出力数値は僅かながらプラス方向に動いている。

「これ、生きてますよ」

「機械なのに?」

「違いますよ、ルセナさん。あの動力メインユニットがすでに起動してるって意味です。微弱ですが推力がかかっています」

「ほう」

 ルセナ副官は首をかしげた。


「つまり?」

 まったく意味が分かっていないらしい。

「スロットルを上げてやれば、あのエンジンは本格的に動き出すってことです」

 このサイズの空母にしては破格の、巡航艦並みの機動力が手に入るだろう。

「海賊行為も、やりたい放題です」

 空母の重武装でヒット・アンド・アウェイ襲撃も出来るかもしれない。

「それは、外交交渉の幅が広がりますね」

 海賊たちは、襲撃を外交交渉と呼んでいるのだ。


「でも、これ……」

 ここがきっと操作箇所だったのだろう。スロットルレバーがあったと思われる場所に、ぽっかりと穴が開いている。

「脱着式だったのか、単に壊れたのか、ですね」

 ルセナがその穴に指を突っ込んでいる。

「指じゃ動かないです。何か棒状のもので捏ねてみればどうでしょう」

 だけど、そんなものが都合よく有るとも思えないが。


 あった。

「ルセナさん、あれ貸して下さい。あの動くやつです。さっき見てたでしょ」

 大人の玩具。

「あ、あれですか。え、今ここで?」

 なぜかルセナは赤くなった。

「いや、そんな、でも……はい。ウェルスさんが望むなら、……良いですよ♡」


「あの、ルセナさん。なんでスカートを脱ごうとしてるんですか」

「え、わたし何か間違えましたか?」

 多分、大きな間違いをしていると思う。




「ぴったり嵌ったのが、何とも……あれですね」

「すごく怪しい光景です」

 操作盤から大人の玩具が突き出しているのだ。これ以上に怪しい光景というのは、そんなに無いだろう。

「あの、ウェルスさん。スイッチを入れてみなくてもいいんですか」

「なんのために」

「いえ何となく」


 じゃあ、ちょっとスロットルを上げてみよう。

 やや躊躇しながらウェルスはその急造スロットルレバーに手をかける。

 そこにルセナが手を添えた。

「こういう事は二人でやるものだと聞きました」

「はい?」

「初めての、共同作業だということで」

 はにかみながら、ルセナは微笑んだ。

 それは何か違う気がすると思ったウェルスだったが、曖昧に頷いた。


「じゃあ、ウェルスさん。初めてだから優しくして下さいね」

「何がですか」

「いえ何となく」


 やれやれ、と顔をあげエンジンルームに目をやったウェルスはそのまま固まった。

 ガラス窓にパルミュラ艦長以下、コルタ、プラット、ホイットニー、アクィラたちがそろって顔を押し付けていたのだ。


「きやーっ!!!!」

 ルセナが反射的にレバーを前に倒した。

 いきなり最大船速。


「うわーっ!!!!」

 乗組員たちを後方の壁に押し付けたまま、海賊艦『シー・グリフォン』はあての無い暴走を開始した。


 止められるものは、どこにもいない。


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