第4話 女海賊は惜しみ無く奪う
「よおーしっ!」
雄叫びを上げたのは艦長のパルミュラだった。その高く掲げた手には、先端を赤く塗った
えー、艦長かよ、と集まったクルーから一斉に不満の声が上がった。
へっへっへ、とパルミュラは得意げに笑う。
「これでウェルスくんの精液採取権は私のものだっ!」
「待ってください。艦長が妊娠して動けなくなるなんて、あり得ません!」
くじ引きに参加していない副官のルセナが激怒している。
「いや、副官。私が得たのは精液採取権であって、その精液で妊娠とかは別に…」
「だから、何度も大きな声で『精液』とか言わないでください!」
「じゃあ、ザー…」
副官の殺意に圧倒され、艦長は口をつぐんだ。
「とにかく! 辞退してください。いいですね!」
「心配しなくても、私は赤ちゃんより、これくらいの少年の方が好きなお年頃だぞ。男の子の、その……いわゆる絶頂汁を思うさま採取したいというのが私の密かな野望なのだからな」
「考えたあげく余計に卑猥な表現になってるじゃないですか。それに、密かな野望なら秘めたままにしておいて下さい、本当にもう」
「頼む。一回だけ、一回だけだからっ!」
とうとう泣きそうな顔で懇願をはじめた。
「あのー、それより僕はなんで縛られているんですか。そろそろトイレに行きたいんですが」
ウェルスはベッドの上に両手両足を広げた格好で縛り付けられていた。
「ほら、ウェルスくんもイキたいと言っているではないか」
「全然意味が違いますっ。……分かりました。だったら、ちゃんと冷凍パックに出してもらって下さいね」
「ありがとう、ルセナ。愛しているぞ」
「はいはい。わたしもです」
「僕の意見は聞いてもらえないんでしょうか……」
「うん。後できいてあげる、後でね」
パルミュラ艦長が、ぽきぽきと指を鳴らしながら、ウェルスに覆いかぶさった。
☆
このままではまずい。自室のベッドに腰を下ろしウェルスは頭を抱えた。
これから連日のようにあの女たちに搾り取られていては身体がもたない。それでなくても、やや虚弱体質なのだ。
なんとかあの横暴を止めさせなくては。
それには、何か別のもっと大きな目的を与えればいいのではないか。ウェルスは思い至った。
「ほう、この艦の方針に異議があると?」
艦長のパルミュラ以下、主要クルーを集めウェルスはひとつ咳払いをした。
「ええ。『シー・グリフォン』は沈没へ向かっています」
「ち、ちん……」
何を聞き間違えたのかコルタが赤面している。それは無視してウェルスは続けた。
「こんな小規模な泥棒稼業が長く続くはずはありません。それは艦長も分かっていると思いますが」
「そうか? 結構楽しんでいるぞ」
これも無視する事にする。
「つまり、この艦が目指す方向は二つです。まず、海賊稼業から脱却して、正当な交易を営むように業種転換すること」
「無理だな。元手がない」
パルミュラが即答する。
ウェルスは頷いた。
「そしてもう一つは、海域最強の海賊になる事です。いいですか、こんな貧弱な戦闘装備では、いつまでたっても日常品しか略奪できないですよ」
まあ、弓矢で戦闘ヘリを手に入れた猛者もいるけれども、あれは論外だ。
「見てください、これが今回の収穫と称するものです」
そう言ってウェルスは机の上を指さした。
カップ麺、下着類、漫画本。
「だって、最新刊が読みたかったんだもん」
戦闘副隊長のホイットニーが口を尖らせた。
「それに、これは何ですか。誰がこんなものを奪ってきたんです」
肉色をした細長い棒状のもの。ウェルスがスイッチを入れると先端がうにうにと動き始めた。
視線が副官のルセナに集中した。
「そ、それは健康器具と間違えたんです。たまたま、そんな店に入ってしまっただけで、前からずっと興味があったとかじゃありません!」
ルセナは真っ赤になって弁明している。
ウェルスはため息をついた。この人だけは、まともかと思っていたのに。
「まずは小火器などの武装を充実させて、それから大型都市空母の武器庫を襲撃するんです。強襲揚陸艇などを奪取できれば攻撃方法のバリエーションが広がります」
ならば、先代艦長と相談してみよう。パルミュラはそう言ってクルーを解散させた。
☆
深夜になった。
「あの。あなたはコルタさん、ですよね」
ウェルスは困惑顔でベッドに起き上がった。いつもの独特な機械式眼鏡を外しているため、すぐには誰か分からなかった。
彼女は毛布から顔を出して、ごろごろと喉を鳴らした。
「いつの間に入って来たんですか」
薄暗い中でコルタの両目が光った。
「君が睡眠薬入りの歯磨き粉で眠っている間に、かな」
最近いつも歯磨きしたあと眠くなるのはそのせいか、ウェルスは納得した。でも、これじゃ危なくて艦の備品なんか使えない。
明かりを点けると、真ん丸だったコルタの瞳孔が縦に細くなった。
「……?」
「ああ、ボクの目かい。猫眼症というんだって。暗い所ではよく見えるんだけど、遠くとかは、ちょっとね。だからいつも、あの眼鏡なんだ」
ウェルスは毛布の中を覗き込んだ。
「裸なんですね……。僕も、あなたも」
「うん、さっき脱がしたんだけど。ごめん、服着たまま、したかった?」
「そういう意味じゃありませんけど……」
コルタは彼にキスすると優しく頭を撫でた。
「心配しないでいいよ。ボクは航海士だから、妊娠しても影響は少ないんだ」
「そういう事は聞いていませんし、心配もしてません!」
「え、案外鬼畜なんだね?」
「全然、そういう意味じゃありませんから、出ていってくださいっ!」
☆
「なんだ。精魂尽き果てた顔をして」
翌日、パルミュラはウェルスの顔を覗き込んで言った。
「艦長がそんな適切な慣用句を知っているなんて驚きました」
「ふん。そんなに褒めたって母乳くらいしか出ないぞ」
「出るんですか」
「出ないけどな」
不毛な会話だった。
ウェルスたちは艦の最後部にやって来ていた。そこからは、冷たい金属質の壁材が一変していた。
「これ、本物の木材じゃないですか」
ほのかにヒノキの香りがする。こんなもの、どこから持って来たんだろう、ウェルスは目を疑った。買うにしても、とんでもない値段がするに違いないが。
「先代艦長の我儘…いや、高尚な趣味でな。おかげで私たちは三年くらい飲まず食わずだった事を覚えている」
「よくそれで生きてましたね」
「では入り給え。先代艦長のゼノビアに引き合わせるとしよう」
パルミュラは、透かし彫りの施された優美な扉を開けた。
その奥には別世界が広がっていた。
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