341 ジン、発見

 「あなた、旅人ですね?この国に入る際、血の確認はされなかったのですか?」


 護衛隊長が不振に思って、問いを続けた。


 「はい。されませんでした」


 黒髪の男は、きっぱりと言った。


 他の護衛たちも、不思議な面持ちで、顔を見合わせる。


 「私がこの国に到着したときに、国内でモンスターかなにかに襲撃を受けてたようで」

 「あっ、ワイルドグリフィンの襲撃のときに、ちょうど、この国に来たってことか~」

 「あの時、バタバタしてたもんな~」


 黒髪の男の話を聞き、そういうことかと、護衛たちは納得した。


 「そうでしたか」


 護衛隊長が再び口を開いた。


 「ここで、血の確認をさせていただいてもよろしいでしょうか。国外の者は入国時に血の確認をすることが、決まりとなっておりまして」


 すると、黒髪の男は、スッと左腕を差し出した。


 「どうぞ」


 護衛隊長が、目配せをする。細い針が準備され、護衛の一人が前に出て、左腕の上に針をたてた。


 「……失敬します」


 ――プツッ。


 黒髪の男の左腕に、針が刺された。


 「……」

 「……」


 沈黙が流れる。


 「……えっ?」


 針を刺した護衛から、声が漏れた。


 「血が……、えっ?」

 「出てこない……?」


 護衛隊長も、針を刺した護衛も、またその他の護衛たちも、ポカンとしてしまって、ただ、黒髪の男の左腕の、ほんの少し開いた傷口の穴を眺めていた。


 ――スッ。


 そして、その傷口は、間もなくして閉じられていき、皮膚と皮膚が繋がった。


 「これで、よろしいでしょうか?」

 「えっ……」

 「それでは」


 黒髪の男は護衛たちに一礼すると、歩き出した。


 「……しまった!」


 護衛隊長が、我に返った。


 「ジンだ!!取り押さえろ!!」


 護衛たちが駆ける。


 「まさか、信じられねぇ……!」

 「マジでいやがった!」

 「おい待て!!」


 歩き続ける黒髪の男へと飛びかかった。


 「!」


 ――サッ!


 黒髪の男が振り向き、跳躍して護衛たちの飛びかかりを回避した。


 そのまま、黒髪の男は走って逃げ去る。


 「追うぞ!一人は本部に知らせろ!ジンが出たと!!」


 一人の護衛を本部へ向かわせ、護衛隊長と残りの護衛たちが黒髪の男を追いかける。


 建物と建物の間の、細い路地を縫うようにして、黒髪の男は右へ左へと駆け巡る。


 「ぜったいに見失うな!本部は保険だ!俺たちで捕まえるぞ!」


 と、黒髪の男が、四つ角を左に曲がった。


 「隊長!あの先は行き止まりです!」

 「よし!全員で取り押さえるぞ!」

 「はい!!」


 護衛たちも、左へ。


 「な、なに!?」

 「なんてヤツだ……!」

 「壁を蹴り上げて……!」


 ――タッ!タッ!タッ……!


 高い建物に囲まれた、行き止まり。


 しかし、見ると、黒髪の男は、向かい合う建物と建物の壁を蹴り上げながら、ジグザグに上へ上へと移動していた。

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