213 マナト、いまの日常②

 「ふぅ~」


 玄関で靴を脱ぎ、部屋に入って一息。


 家の中で靴を脱ぐというのはこのヤスリブの習慣にないが、これに関しては前の世界の習慣が染み付いていた。


 部屋は、シンプルなワンルーム。


 石の床に敷いた、羽毛風の絨毯にマナトはごろんと寝転がった。


 部屋の端には机があり、紙と筆と、長老の家の書庫から借りてきた書物が置いてある。


 ヤスリブ文字も、なかなか読み書きできるようになってきた。やはり話す言葉のほうが分かるのが大きいのだろう。


 部屋の隅には、コスナのスペース用の、折り畳まれてた毛布。


 コスナはいない。ステラのところでお昼寝だろうか。


 ……この後、銭湯行って、ステラさんとこに行って、コスナがいたら引き取って、そしたら大衆酒場に集合して、あっ、そうだ。


 ステラにいつも、コスナを預かってもらっているお礼に、何か中央広場で買っていこうかな、などと、マナトが考えていた時だった。


 ――コン、コン。


 誰かがマナトの家の扉を叩いている。


 「は~い」


 マナトは扉を開けた。


 長い白い髭と、左手の杖、紺色の修道士服姿の老人。


 「マナト、運搬依頼、ご苦労じゃった」


 この村の村長である、長老が立っていた。


 「長老、ご無沙汰しておりました」

 「いやぁ、すまんすまん。ちょっと、いろいろ立て込んでおってな。出迎えが遅れてしもうた」

 「ぜんぜん、大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます」

 「ケントから聞いたぞ。ラピスの運搬だったそうじゃな」

 「あっ、そうだったんですよ」


 少し、今回の依頼について、長老に話をした。


 「……うむ、それじゃ、報酬については、いつものように中央広場の報酬所で、もらっておいてくれ」

 「ありがとうございます」


 キャラバンは、完全歩合制だ。交易した分だけ、報酬は貰うことができる。


 「それじゃ、わしはこれで」

 「はい、お疲れさまです」

 「……おっと、そうじゃった」


 マナトの家を離れかけた長老が、振り向いた。


 「マナト、お主、交易の中で、メロ共和国のキャラバンと、知り合ったりはしてないかの?」

 「メロ共和国、ですか……あぁ」


 マナトはすぐに思い出した。


 「アクス王国で、共行というかたちで協力してもらった商隊が、メロの国のキャラバンの皆さんでした」

 「ほう!」

 「どうしたんですか?」

 「いま、メロとの交易を考えておってな」

 「へぇ!そうなんですね」

 「それで、国について、いろいろ調べておるのじゃ。マナト、空いている時間で、わしに少し話を聞かせてくれ」

 「分かりました」


 長老は去って行った。


 「……」


 部屋に戻ったマナトは、自分の右腕を見た。


 かつてジン=マリードの炎によってつけられた火傷は、完治していて、痕もない。


 また、壁に飾ってあった、幾何学模様の肩掛けを眺めた。


 ……フィオナ商隊のみんな、元気にしてるかなぁ。


 初の、アクス王国での交易の際に共行した、メロ共和国のキャラバンで、フィオナ、ウテナ、ルナの3人。


 最初の出会いこそあんまりよくなかったものの、共行を通して打ち解け合った関係。


 ……ルナさん、能力者にはなれたんだろうか。


 出会った当時、ルナは能力者になれなかったことを悩んでいたが、もう一度マナを取り込んでみると、決意していたことを、マナトは思い出した。

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