203 キャラバン達の去った後で②

 護衛達は皆、サーシャがどこまで足を運ぶかということは、あらかじめ知っていた。


 護衛、といっても、平和な村の中だ。皆、小さな棒を腰につけているだけで、物騒な武器はもっていない。


 ――ザッ、ザッ。


 護衛達の、調和のとれた足音が響く。


 隊列は乱れることなく、中心にいるサーシャと均等に距離を取りながら、歩を進めていた。


 「おぉ、サーシャさま……!」

 「サーシャお姉さまだ~!」


 久しぶりに外に出てきたサーシャをひと目見ようと、聞きつけた村人達が次々と沿道に集まってきた。


 「……」


 サーシャが小さく手を上げる。


 「皆の者!歩行の妨げにならないように!」


 先頭を歩く護衛が大声で注意した。


 人よけをしつつ進んでいき、やがて、一件の家が見えてきた。


 さらにその先には、村を守る大理石の壁が見える。


 「サーシャさま、到着いたしました」


 シュミットの家だった。


 「……」


 ――コン、コン。


 無言でサーシャは前へ出ると、玄関の扉を叩いた。


 少し間があって、扉が開いた。


 「はいはい、どちらさ……ーシャさま!?」


 家から出てきたシュミットは仰天した。


 ふだん、サーシャが個人の宅を訪問することなど、まずないからだ。


 「えっ!?ど、どうしたんですか!?」

 「おい、シュミット!もう少し早く出てこれな……」


 ――サッ。


 サーシャの左手が、護衛の言葉を遮った。お黙りなさい、という表情で護衛をにらみつけた。


 「も、申し訳ございません……」


 サーシャはシュミットへ目線を戻した。


 「……十の生命の扉は?」

 「あっ。ええっと~」


 ……あれ?まだ、納品期限、先だよな?

 シュミットは心の中で思った。


 「……どれくらいの、進捗状況なの?」

 「それが、その~。数日前に壊してしまいまして……」

 「……」

 「す、すみませ~ん!いま、絶賛、作り直し中なんですよぉ~」

 「……」


 すると、サーシャは、一歩前に出た。


 シュミットの顔のすぐ近くに、サーシャの美しい琥珀色の目が迫った。


 「さ、サーシャさま?」

 「見せて。いまの段階のものを」

 「は、はい」


 サーシャはシュミットの家に入った。護衛も2人だけ同席していた。


 すぐに、アトリエへ。


 「……」


 その製作途中の彫刻は、アトリエのど真ん中に置いてあった。


 「すみません、当初予定していたものとは、もう、完全に別のものを製作してますので、まだ形にすら……」


 シュミットの言うとおり、細かい作業に入る前の、大理石の不要な部分を切り落としたまでで、まだどんな彫刻になるのかは、その状態からは判断できなかった。


 「……」


 少しの間、サーシャはその彫刻を見つめると、やがて、シュミットに言った。


 「いつまでに完成しそうかしら?」

 「あっ、それなら、もともと言われていた納品期限までには」

 「……分かったわ。もし早められそうなら、言って」

 「は、はい。分かりました」


 用件は済んだようで、サーシャが、アトリエを去ろうとしたときだった。


 「……?」


 サーシャの目線が、アトリエの隅っこにある、テーブルの上の何かを捉えた。


 「これ……」

 「あぁ、それは」


 なにを見ているのか分かり、シュミットは言った。


 「こないだ来たキャラバン達が、それぞれ、つくっていったものなんですよ。私は感動したのですが、本人達がいらないっていうんで、ここに、飾らせてもらっているんです」

 「……ウフフ」

 「……えっ?」


 シュミットも、また、一緒に入ってきた護衛2人も、唖然として、サーシャを見つめた。


 「サーシャさまが、笑った……」


 (岩石の村 終わり)

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