143 ケントの回想

 その後、交易担当や村人達のわいわい盛り上がる声に、ケントは耳を傾けていた。


 「でも、キャラバンの村が動き始めたのをきっかけに、他の村や国のキャラバン達も、交易を再開するかもしれないな」

 「ああ。そうなってくれると、ありがたいんだがなぁ」


 頃合いを見て、ケントは立ち上がった。


 「……んじゃ、俺はちょっと、失礼します」


 ケントは酒場を後にした。


 宿屋には向かわず、下のほうの階層へと降りていった。


 村長のところに寄るためだ。


 「……あれ?」


 村長の家が見えてきたと思うと、ちょうど家から2人出てきた。


 村長の姿に加えて、リートの姿だった。


 「本当に、ありがとうございました。お礼に、こちらを差し上げます」

 「あざ~す」


 リートは長老から、鉱石を受け取った。


 「新しい鉱脈から採掘した、新種の鉱石です。武器に適しているか、はたまた、美しい宝石になるか、まだ分からないですが」

 「マジすか!いいっすね~。俺、そういうの好きっすよ。……おっ?」


 リートがケントに気づいた。


 「副隊長、どうしたんです?」

 「村長に頼まれて、火のマナ石つくってたっす」

 「あっ、そうだったんですか」

 「別に、サボってた訳じゃないっすよ」

 「わっ、分かってますって!」


 笑顔のリートに、ケントは慌てて言った。


 ……今でも、記憶の中に鮮明に残っている、ムシュマの地で見た、あの光景。


 ちょうど、ムハド大商隊がクルール地方を飛び出し、隣の地、ムシュマへと交易の手を伸ばしていた頃、ケントはムハド大商隊に、入隊した。


 当時から、リートはムハド大商隊の副隊長御三家の一人として君臨していた。


 ムシュマの地は、クルールよりも危険が多かった。盗賊団の横行も激しく、さらにはジンの出現率も多かったのだ。


 そんな道中にも関わらず、盗賊団などと対峙しても、あまり積極的に戦うことをしないリート。


 「いやぁ、別に俺がいなくても、ダイジョブっしょ」


 軽く言うリートに、ケントは苦笑するしかなかった。


 ……この人、本当に副隊長なのか?


 だが、その疑問は、とある一件で、きれいさっぱり解消してしまった。


 ムシュマでのとある村で、ジンが、目の前に立ちはだかったのだ。


 ジンは、別の村のキャラバンを装っていた。


 その真の姿は、黒地に緑色の筋が光る、人間の倍の大きさの、身体中が触手のような毛に覆われた化け物だった。


 後に、そのジンは、本来、死者のもとに訪れるという、ジン=グールなのだと知った。


 「ちょっと、みんな、下がって。俺がやるっす」

 リートが言った。


 あっという間だった。


 ジンのいた場所一面は、紅蓮の炎に包まれていた。


 そして、苦い表情を浮かべながら、ジンは塵となって消えていった。


 残ったのは、周りを焼き尽くした残り火と、少し傷ついたリートの、後ろ姿だけだった。


     ※     ※     ※


 「そういえば、マナトくんが、とてもいい隊長だって、言ってたっす」


 村長の家を後にし、ケントとリートが宿屋に向かっている途中、リートが言った。


 「……フッ」


 ケントは、微笑んだ。


 「俺なんて、まだまだですよ」

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