133 マナトの一日④/ウームーの書簡

 市場の人混みを避け、石造りの建物の間を、マナトはすいすいと移動してゆく。


 この村の土地勘も、だいぶついてきた。


 ほどなくして、長老の家にたどり着いた。


 ――コン、コン。


 「おう、マナト。遅かったではないか」


 長老が、筆を持ったまま家から出てきた。


 「すみません、ミトの家に寄ったら、お昼ご飯をご馳走になりまして」

 「そうじゃったのか。ほっほ!それは、よかったのぉ」


 長老は笑った。


 「あと、このコなんですけど」


 マナトは熟睡するコスナに目を向けた。


 「うむ。居間に、適当に寝かせておけ。しかし、スナネコが人に懐くというのは、やはり珍しいのぉ」


 ……これが、キャラバンの村なんだよなぁ。


 この、何気ないやり取り。日本で仕事していたら、まずないやり取りだ。遅れた件も、コスナの件も、どちらもボコボコに怒られていただろう。


 コスナを居間の隅に寝かせた。


 「それじゃ、書庫に入って、作業を進めちゃいますね」

 「うむ。よろしく頼むぞ」


 書庫に入る。


 ……いつから、日本はあんな感じになっちゃったのかなぁ。


 ふとマナトは、そんなことを考えつつ、書庫に入ってすぐのところに積んである木片の書簡と、何も書かれていないさらの紙を持って奥の机に座った。


 ――カラカラカラ。


 木片の書簡を開く。


 マナトは木片に書かれている文字を読んだ。


 「ジンの存在について……!」


 マナトは思わず、そこに書いてある文字をそのまま口にした。


 「……」


 マナトは、その書簡を読みつつ、書き写しの作業に取りかかった。


     ※     ※     ※


 人間ならざる者、ジン。


 なぜ、この大地に存在し、人間に驚異を与えるのか。


 この遥かなる大地、ヤスリブを生み出した、原初の母、ティアは、人間にそのことを教えてはくれなかった。


 人間、誰しもが皆、ジンのいない世界を望んでいる。


 では逆に、ジンがいない世界というものは、どのようなものだろうか。


 人間はいまだ、無明に包まれていると言わざるを得ない。


 ジンのいない世界。


 果たしてそれは、本当に人間の楽園なのか……。


     ※     ※     ※


 「それ、ウームーのとある学者が書いたもんっす」

 「えっ?」


 少し高めな、男の声がして、マナトは振り返った。


 男が一人、本棚にもたれかかって立っていた。手には、木片の書簡。


 「どもっす。君が、マナトくんっすかね」


 背はマナトより低く、痩身で、三白眼の目の瞳はルビーのように赤く輝き、髪の毛は黒いパーマ頭に、チラホラと朱色が目立っていた。


 どこか、その髪の毛からは、かつて交易時に見たサライでの、暗闇の中で燃え光る、焚き火の炎を彷彿とさせた。


 「リートっす。書き写し作業、ご苦労さまっす」

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