朽名依光という男〈禱れや謡え、花守よ〉

アジサイ

〈刀霊〉依光について

打刀〈依光〉《えこう》

30~40代程の男性の姿を取る刀霊。

付喪神でありながら自らを刀鍛冶と名乗り、神力を使ってモノを動かすことで刀を打つことができる――が、その実力は現代の刀鍛冶に大きく劣っている。


付喪神であるがゆえに神気こそ宿れど、己の刀鍛冶としての技量を高めることを目的とする刀霊であるためその神気は些か清らかさに欠けているともいわれている。

その歴の浅さ故か刀霊としては力不足気味であり、花守が他の刀霊より優先して彼と契約するメリットはほとんどないというほかない。


世界に訪れている危機にはさすがに関心を向けているようで、霊魔の討伐に関しては協力的である。


打刀〈依光〉を作り上げたのは、刀霊に縁を持つことのできなかった花守の血筋、朽名家の4代目当主であり刀鍛冶であった〈依光〉である。


若き日の依光が刀鍛冶を志したのは、土地を守護する花守としての地位をより盤石なものへとするため。

将来的に神気を纏い付喪神を宿すほどの美しき朽名の名刀を作り上げることができれば――そう考えた依光は予てより憧れていた刀鍛冶の修行に専心するようになる。


しかしそれから数十年の年月を掛け刀を作ることだけに心酔してきた依光の目的は、いつしか別のものへと摩り替わっていく。

それはかの〈天下五剣〉にも勝る至高の刀を作りあげること――それには己の人生では到底足りえないと考えた依光は、子に刀鍛冶を継がせ己の技術の全てを託そうとした。


しかし子にとって刀は、父が自分よりも優先してきた忌々しいものでしかなく当然継ぐことを拒まれてしまう。

誰とも深く交友を築くこともなく刀だけを見続けてきた依光の道を継ぐ者は、結局何処にも、誰一人としていなかったのだ。


それでも夢を諦めきれなかった依光は、それからの人生全てを「己の技と魂の全てを込めた一振り」の作成へと充てる。

晩年、漸く完成した現時点最高の一振りに己の名〈依光〉を与え「そこに宿る魂こそ刀霊と化した自身となること」を信じ燃え尽きたようにその生涯を終えた。


職人の魂の宿る名刀……いつか耳にしたそんな謳い文句を文字通りの意味で――付喪神という存在があるのなら、自らが愛し全てをかけた刀には我が魂こそが宿るのだと――信じることが、後をなくした依光にとっての唯一の救いだったのだ。




――それから数十年の時を経て、その刀に遂に刀霊が宿ることとなる。


それは依光の悲願の達成でもあったのだが……悲しいかな、その時には既に朽名家の血は潰えてしまっていた。


目覚めた〈依光〉――その刀霊は確かに写真に記録された依光の姿をしており、彼の生前の記憶を有しているようで己を〈朽名依光〉と名乗ってはいるのだが……

はてさて、生前の依光の人となりを知る者がいない今、その刀霊が本当に依光の魂を持っているのかどうかは他の誰にも分からない。

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