第125話 Ray of Light(16)

(1)


「ねぇ、今の、聞いた??」

「うん……、結界強化に協力して欲しい、って思念でしょ??」

「王都中の魔女に協力を要請するなんて、中央軍も大魔女様達も相当追い込まれているってことよね……、どうする??」

「どうするって、言われても……、ねぇ??だって、わたし達なんて……、ちょっと未来の先読み能力があるとか、癒し効果を与える程度の回復魔法使えるくらいしかできないのよ??大体、魔女の国家試験だって未受験だしさ。防御結界の強化どころか張ったことだってないのに」

「しっ!今、結界強化の方法を伝えているわ!……い、意外と、やってみたら、できるかも??」

「わたし達のレベルでできる筈ないでしょ!試すだけ無駄よ、無駄!」

「でもさ、やってみなきゃ分かんないじゃない??あたしは、ダメ元でもやってみるわよ。微力であっても危機を乗り越える一端を担えるなら……、試すべきなんじゃない??」

「…………」

「魔力の弱さを言い訳にするよりも弱いなりに頑張ってみようよ。ね??」

「……うん、そう、ね………。自信ないけど……、頑張る、よ……!」



 

 ほんの僅かながら防御結界の輝きが増していく。


 微々たる力、しかし、積もり積もれば――






 






(2)


 二列で並走する、囚人服を着た魔女達の足が止まる。先頭を行く刑務官の背中へと一斉に視線が集中する。刑務官が一定の間隔で鳴らしていた警笛を突然止め、その場で立ち止まったからだ。

 当の刑務官の視線は運動場及び刑務所を囲む、城壁のごとくそびえ立つ堅固な石壁。有刺鉄線で囲う頂よりも更に高い、蒼穹に向けて注がれていた。厳密に言えば蒼穹ではなく、薄緑に輝く防御結界、結界の外側で蠢く無数の幻獣達に向けて。


「……な、何だよ、あれ!」


 刑務官の視線の先を追う魔女達の間で続々と悲鳴が上がった。

 厳格な規則に縛られているため、さすがにこの場から逃げだそうとする者はいなかったが、空を見上げて呆然と立ち尽くす者、頭を抱えてしゃがみ込み、怯える者、あたふたと意味なく手を振り回す者――、と。瞬く間に動揺が拡がっていく。


「静かに!ひとまず落ち着きなさい!!」


 騒然とする場を収めるべく、ピーッ!と、一際大きな警笛の音が運動場に鳴り響く。 直後、女達の耳に、脳に、少女特有の高い声が送り込まれてきた。


『王都の魔女、魔法使いの皆さん。国軍からの指令を、私――、ヤスミン・シュライバーが不肖ながらお伝え致します。皆さんお気付きかと思いますが……、暗黒の魔法使いことイザークによる王都襲撃が開始されてしまいました。現在、イザーク及び幻獣討伐の為に中央軍と大魔女様方が命を懸けて闘われています。でも、その一方で……、守備の手が少し足りないのです……。そこで皆さんにお願いがあります!どうか……、どうか、防御結界を強化するために力を貸して頂けないでしょうか!!結界強化の方法を知らない方の為に今から説明もします。一人の、ほんの少しの力だったとしても、多くの力が集まれば集まる程、より長い時間、地上から幻獣への攻撃を仕掛けられます。どうか……、どうか、よろしくお願い致します!!』





「……って、いきなり頼まれてもねぇ……」


 神妙な空気が流れる中、面倒臭そうに呟く声がぽつり、聞こえてきた。

 すると、その一言がきっかけで他の魔女達も次々と口を開く。


「普通の魔女ならともかく私達は無理だよね……」

「刑務所内で魔法使うのは禁じられているし」

「娑婆にいる魔女達だけで充分でしょ」

「塀の外の事はうちらには関係ないし」

「私らが結界強化の協力なんかしたら不味いですよねー??」

 消極的な発言ばかりの中で誰かが、魔法の使用許可を刑務官にさりげなくほのめかした。

「規則は規則なので許可はできない」


 刑務所に服役する魔女が魔法を行使するのは固く禁じられている。

 例え、どんな理由があっても。

 やっぱりね……と、女達が諦めたように納得の声を上げる中、ひどくくぐもった小さな声が、微かに上がった。


「……あ、あの……、あの……」

 

 その声は他の女達よりも頭一つ分程低い位置から聞こえてきた。

 刑務官の厳しい視線が飛ばされると、声の主――、オレンジ色の短い巻毛の少女、ロミーは小さな身体を一層竦ませる。


「何だ、一〇九番」


 事務的に短く問う刑務官、様々な好奇心を含んだ魔女達の視線を一度に浴びたロミーは居心地悪そうに俯いてしまう。伏せた顔は赤らみ、もじもじと手指を擦り合わせる様に一部からは嘲笑の声さえ漏れだす。


「言いたいことがあるならはっきり言え。言えないようなら……」

「……い、今は、緊急事態、ですし……、規則とか、そんな、そんなこと、言っている、場合じゃ、ない!と、思います!!」

「……私に逆らう気ですか」


 反抗的とも言えるロミーの態度に刑務官は眉を少しだけ吊り上げ、いくらか口調に険を持たせて尚も問いかける。

 ロミーは可哀想なくらい身体をぶるぶる震わせ、それでも、キッとつぶらな瞳に力を込めて刑務官を見据え、言葉を続けた。


「そういう訳……、じゃない、です!!ただ!あたし、あたし!!手にしてしまった、この力を、ここぞという時に正しく使いたいんです!!今までずっと、ずっと、間違った使い方ばっかりしていたから!!あたしなりの、償いを、したいんです!!」

「…………」


 こんな風に、自分の思いをはっきりと誰かに伝えたことなど、今まであっただろうか。

 本当は、怖くて怖くて、堪らない。

 痛い程突き刺さってくる皆の視線も、刑務官の怒りも。


 だけど――


 償いだけじゃない。

 

 あたしの、たった一人の友達の願いに、どうしても応えたいんだ。



「お願いします!!懲罰ならあとでいくらでも受けます!刑期が延びても、構いません!!結界強化のために、魔法を使わせてください!!」

「……だ、駄目だと言ったら、駄目……」

「ロミーよ!!よくぞ言ったな!」


 水はけが悪く、湿った地面から虹色の光がぼんやりと浮かび上がってくる。

 光は数十秒かけて人の形へと変化していき、徐々に薄れていく。

 光から生じる風圧でアッシュブロンドの髪を靡かせ、ロミーよりも少し背が高いだけの小柄な魔女が姿を現した。


「エヴァ、様……??」

「ギュルトナーからの言伝だ!受刑中の貴様らにも結界強化を要請したい、本来なら魔法を禁じられているが、今回だけは特別に使用を許可する、だとさ!分かったなら、さっさと始めろ!!いいな!!」


 ロミーや他の魔女達だけでなく刑務官でさえ言葉を失う中、エヴァは顎を突き上げ鷹揚にこう告げたのだった。

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