第2話 プロローグ(2)

(1)


 この国――、リントヴルムは魔法と軍事が盛んな国である。



 数代前のリントヴルム国王が、他国で魔女狩りの憂き目に遭う魔女や魔法使い達を積極的に国に呼び寄せたこと。亡命を受け入れてくれただけでなく、厚遇してくれる王への恩義に報いるべく、魔女達がこの国の発展の為に魔法を使い、また、国民に魔力を得る方法を広めたこと。

 彼女、彼らの魔法を利用し、新たな科学や医療、各産業への技術として変換させる。そうして、この国は周辺諸国の中でもいち早く近代化が進んでいった。

 同時に、発展した諸々の技術を手中に収めようと目論む他国からの防衛の為、軍事にも力を入れ始めた。

 次第に、王家を差し置いて、軍の上層部の者達が政治的発言権を強く持ち始め、とうとう先代の国王の代からは名ばかりの王、軍の傀儡と化してしまっていた。


 幸いにも、国の秩序と平穏を魔法と軍の力で保たれているため、ほとんどの国民はこの状況に特に不満など抱いてはいなかった。

 ごく一部の、軍と魔女達の存在を長らく厭わしく思う人々――、教会で神に仕えし神官達――、を除いては。


 古来より彼らは王家の神事を司り、政にも深く関わりを持つがゆえ、王家の次に権勢を振るい続けていた。しかし、神よりも魔法や科学の力が重用され、あげくは軍部が政治に幅を利かせ始めた時勢により、最早彼らの権威は失墜しきっていた――、ように、思われた。


 きっかけは、マリアという魔女が書いたとされる、魔法の書だった。


 その魔法の書には悪魔を確実に召喚させる方法、簡単に且つ、確実に人を呪殺する方法など、リントヴルムでは禁止されている危険な魔法ばかりが、年端もいかない幼い子供でも理解できるくらいの大変分かりやすい文章で記されていたのだ。

 瞬く間にマリアの魔法の書は国中に広まり、悪用する者達のせいで国の秩序と平穏は乱されていった。


 軍部を追い落とし、魔女達の力を一気に弱め、再び権力の座に返り咲く好機――、大神官達は現国王に建国以来初の魔女狩りを提案した。

 現国王は彼らと手を組み魔女狩りを決行、軍部も独断で魔女狩りを断行し――、マリアを筆頭に、リントヴルムの魔女達は王と教会、軍部のどちらからも迫害を受ける羽目となった。マリアの魔法の書を悪用する者達だけでなく、国の為に尽力していた者達すらも無差別に。


 ところが、魔女狩りが開始されて数年が経過しても尚、肝心のマリアを捕えるどころか、居所すらも掴めずにいた矢先。

 国王を始め、大神官長、元帥が原因不明の謎の奇病――、全身の肌が白い斑点に覆われ、四十度以上の高熱を発した後呼吸困難を引き起こし、昏睡状態に陥る――、に罹患し、次々と命を落としていったのだ。


 この奇病がマリアの呪詛によるものだと判明した時には、すでに時遅し。

 王族と大神官達は全員病で死亡、軍部も准尉以上の階級の者が全員病に倒れ、死を迎えるのを待つのみであった。

 いつ自身の身も奇病に侵されるのか――、得体の知れない恐怖に怯えながらも、生き残った軍人達――、曹長以下の下士官達は魔女狩りの標的をマリアだけに絞った。慎重に慎重を重ねて情報を集め、マリア討伐作戦を練り上げる中、更に病によって兵士達は命を落としていく。

 ようやく作戦を決行する頃には伍長が全員死亡し、兵士長のゴードンが生き残った兵の最上官となっていた――






(2)


「ゴードン兵士長殿。どうぞマリアの首を受け取って下さい」


 かの人物は、掲げていたマリアとされる女の首を降ろした。マリアの首を持つ手が青白い光に包まれ、首は一瞬で跡形もなく霧消していく。

 受け取れと言っておきながら首を何処へ、と、詰問しかけたゴードンだが、すぐに言葉を飲み込んだ。


 彼の胸の前に青白い光の塊が。

 その光の中から、マリアの首が、ゆっくりと、浮かび上がってきた。


 慌てて小銃を地面に放り出し、恐る恐る首を両手でしっかりと持ち上げてみせる。

 麗しい顔映せに苦悶の色は一切見受けられず、表情だけ見ると穏やかな眠りについているように見える。首の切断面からほとんど出血した様子が見られないことから、おそらく死後に切断したのだろう。死後硬直しているが腐敗は始まっていないので、死亡してから左程時間は経過していなさそうだ。

 目を閉じているので瞳の色は確認できないものの、見れば見る程、欣候から得た情報、上官達が亡くなる直前に夢で見たと、口々に言っていたマリアの外見的特徴と一致している。


(……それでも……)


 己の手の中にある首は本当にマリアのものなのか??

 ――全くの偽物かもしれない。


 かの人物の正体は??

 ――現時点では軍の味方を装っているが、今一つ信用に値できない。


 仲間達もゴードン同様に疑心暗鬼なのか、彼の命令で一旦下げた銃口を、再びかの人物に向けている。これ以上、睨み合いを続けたところで時間ばかりが無駄に過ぎ、一向に埒があかない。ゴードンは今一度、かの人物に質問を投げ掛けた。


「今一度、お前に問う!私の質問全てに迅速に、正確に答えろ!拒否や黙秘、曖昧な答えは一切認めない!!答えられない時は問答無用で敵とみなす!!まず、お前は我々の敵か!?」

「違います!」

「ならば、味方か!?」

「はい!」

「この首は、確かに魔女マリアのものか!?」

「はい!間違いなくマリアの首です!!」

「では、何故お前はマリアを殺した!?」

「国を混乱に陥れた大罪人をこれ以上生かしておいてはならないからです!!」

「大義の名の下、マリアを殺したのか!!大した正義感だな!!では、お前は何者だ!?」

「自分は何者でもありません!!」

「答えが曖昧だ!!認めぬ!!」

「…………」


 ここで、かの人物は答えを詰まらせ、フードを被った頭を垂れる。

 ゴードンは容赦なく質問を続ける。


「どうした!?何故答えない!!答えられなければ……」

「……自分は……、……魔女マリアの……、……子供です……!!……」


 かの人物の答えに今度はゴードンが絶句する番だった。

 けれど、それも一瞬の事。


「何だと?!魔女は、魔力を得るのと引き換えに生殖能力を失うと聞いている!!仮に子を宿したとしても、魔力の影響ですぐに流れてしまう筈だが!?」

「……つ、通常はっ、そのよう、でしょうが!!残念ながら!自分は紛れもなく、マリアの子供なのです!!」

「信用できん!!」

「ならば!証拠をお見せ致しましょう!!」



 声の限りに叫んだ後、かの人物は目深に被っていたフードを徐に取り外した。

 それだけでは飽き足らず、素早くローブを脱ぎ捨てる。


 肩まで伸びた、癖がなく赤みの強いカッパーブラウンの髪と鳶色の瞳以外、かの人物の目鼻立ちの作り、及びに清らかな美貌はゴードンの手の中のマリアと気味が悪い程に瓜二つであった。


「……自分でも嫌になるくらい、自分はマリアとそっくりの顔立ちです!これでも、まだ納得してくれないのでしょうか?!」


 かの人物の声には、明らかな嫌悪と苛立ちが混ざっている。

 マリアと似ている自分の存在すらも許せないのだ、と。


「ゴードン兵士長殿!マリアが国をも揺るがす大罪の数々を犯したのは、全てこの自分のせいなのです!!忌み子の自分を産み育てる糧を得るために、マリアは邪悪な魔法の書を世に広めました!!王や国の要人、軍部関係者への呪詛を行ったのも、自分を魔女狩りから守るためでした!!ですが……!国を滅亡させてでも、この自分を守ろうとするマリアが……、自分はとてつもなく恐ろしくて堪らなかったのです!!貴方達がこの村へ訪れることを事前に察知したので、マリアが眠っている隙に心臓を一突きして……」

「……殺した後に、首を切り落としたのだな!!」

「はい!マリアは自分を溺愛する余り、まさか自分に命を奪われるとは一切考えていなかったようでしたから、想像以上にあっけなく死んでくれました!」


 悪びれもせずあっさりと母親殺しを告白する、かの人物に対し、ゴードンはまたも絶句せざるを得なかった。二の句を中々告げられないでいると、かの人物の全身から朦々と赤黒い靄が立ち上り始める。

 この場から逃げ出すのか、もしくは攻撃を開始するか――、咄嗟にゴードンは身構える――、が。

 靄で視界が霞む中、かの人物の上半身は頑丈な鋼の鎖で――、自ら課したのであろう――、拘束されていたのだ。


「ゴードン兵士長殿!お願いがあります!自分を、このまま王都へ連行し、処刑して下さい!!自分は肉親殺しの罪を犯しましたし、自分の存在が元でマリアは国を滅亡の危機へと追い込みました!マリアの首と共に、貴方にこの命を引き渡します!!」


 かの人物は上半身を拘束された状態で、ゴードンの元へと一歩、また一歩と足を踏み出していく。

 このまま近づいて来られて、本当に危険はないのか。

 ゴードンと仲間達が判断し兼ねている間にも、かの人物はゴードンの間近に迫っている。

 遂に、かの人物が眼前まで近づくと、そこで足を止めた。ゴードンは背中に冷たい汗を流しながら、もう一度観察を行ってみる。


 顔だけで判断した場合、間違いなく十四、五歳の少女だと信じただろう。

 だが、近くで見ると、かの人物は少女にしては随分と背が高く、少年と言ってもおかしくはない。しかし、骨格が男にしてはやけに細すぎるし、少女ならばごく僅かにでも胸元が膨んでいる筈が、かの人物の胸元は洗濯板のごとく、どこまでも平坦だ。喉仏の有無を確認する方が確実、と、喉元に視線を移せば、突起は見当たらない。


 やはり、中性的な外見の少女か――、と、ゴードンが結論に達しかけた時。

 彼の視線の意味を察した、かの人物が困ったような、何とも言えない表情で微かに苦笑を漏らしてみせた。


「……自分は、見た目は女性に近いのですが、子宮がないので女性ではありません。ですが、男性という訳でもありません」

「どういうことだ??」

「マリアの持つ魔力の影響なのかは定かではありませんが、半陰陽、と言えば、概ね分かってもらえるかと……。まぁ、死を待つだけの自分の性別や特異な身体など貴方達には何の関係もないことでしょうけど……」



 半陰陽――、男女両方の性を兼ね備えている両性具有者――。



 話には聞いたことがあるが、実際に目にするのは初めてだ、と、言葉や表情にこそ出さないものの、内心ゴードンは少なからず動揺と衝撃を受けていた。


(……だが、今のこの状況下でこの者が半陰陽などというのは大した問題ではない……!)


 少しでも気を抜くと、かの人物に気圧されしまいそうなのを踏み止まる。


「……確かに、我々にとっては知る必要のない些末な情報だ」

 かの人物の自嘲気味な呟きを、ゴードンはばっさりと切り捨てる。

「それよりも……、お前の名の方が知りたい。何と言うのだ??」

 まさか名を聞かれるとは思っていなかったらしく、かの人物は鳶色の瞳を丸くした。

「死刑確定の者の名など……」

「誰がお前を死刑にすると言った??お前が勝手に決めているだけだろう??見たところお前も魔法の使い手のようだし、どうせ罪を償うのであれば、その力を国の再建の為に存分に発揮してくれる方が余程有益だ」

「…………」


 正直な話、身体の問題以前に平然と母親殺しを実行する神経がゴードンには一切理解できなければ、したくもなかったし、現時点ではかの人物に対して恐怖と不信感しか抱いていない。

 ただ、マリア譲りの魔力を持っていたとしたら……、崩壊の一途を辿っていたリントヴルムの国家再建に利用する価値は充分すぎる程にある。


「それで、お前の名は??」


 ゴードンのアイスブルーの瞳に真っ直ぐに見据えられ、負けじと強い視線に応えるように、告げる。



「自分の名は、アストリッド、と申します」

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