第41話 東方からの来訪者
この世界に存在する七つの種族、中でも光の民と水の民は自分たちこそが最も神に近い存在だと考えていた。光の民は全ての神々を
当然のことながら彼らは神も国も持たぬ種族である野の民は異端の最たるもの、禁制地帯へと追いやってその存在を完全に無きものとしていた。そんな野の民の村にあの光の民がわざわざ出向いてくるというのだ。これには何か裏があるのだろうと考えたジャヌビアは、決して油断しないようにと妹のルセフィにも言い聞かせていた。
話は少しばかり前に遡る。いつものようにオングリザ先生の診療所にやってきたジャヌビア、ルセフィの
「しかし……」
オングリザ先生は彼への猜疑心を誤魔化さんとあごに手を当てて考えるふりをしながら続けた。
「一概には信じられないなぁ、プライドの塊のようなあの光の民がだよ、それも三人も連れだってこの村にやって来るなんて。なあ、ジャヌビア君もそう思うだろ?」
「ええ、僕の意見も同じです。彼らがこの辺境の地にわざわざ出向いてくるとは。そもそもここから最も近い水の国ですら隊商の馬車で日の出三回はかかります、光の国からではどれだけかかるものか」
するとロルカムは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「それは私の気持ちが通じたからだと思います。議長……あ、彼は私の上司ですが、その議長が私の以心を受け止めてくださったのです。そして私を匿ってくれたこの村への表敬を目的とした訪問なのです」
しかしジャヌビアは知っていた、ロルカムが言うあの夜に彼が姿の見えない誰かと交わしてた会話の内容を。でも今それをここで暴露すべきではない、事が及ぶ前にオングリザ先生に打ち明けてしかるべき対処をすればよいのだ。
ジャヌビアは熱心に語るロルカムを横目で見ながらひとり冷めた目で部屋の様子を俯瞰していた。
――*――
村の長老が住まうのは執務殿、そこは村の評議会を催すのみならずあらゆる種族の来訪者を招き入れることも考えて村に住まう民たちが建立した建物だった。大きな扉の前でジャヌビアは両手を胸前でクロスさせる。同時に彼が着けている両の腕輪がまばゆい光を放つ。やがて光が消えたとき、そこには身の丈一五五センチメートルほどになった彼の姿があった。
すかさずルセフィがふわりと舞い上がって彼の左肩に腰を下ろす。二人は顔を見合わせて頷くと扉の前で手をかざした。すると堅木の重厚な扉がゆっくりと開いた。
えらく高い天井を持つ大広間、そこは野の民にとっては遠近感が狂ってしまいそうな空間だった。天井には明かり取りの天窓がずらりと並び、そこからやわらかな陽光が射しこんでいる。広間の奥に
テーブルの向かって左、そこには神に仕える者を思わせる純白の衣装を纏った三人の男がいる。それは光の民の典型的なスタイルだった。
「おまえたち、こちらに来てご挨拶をなさい」
長老の言葉に従ってジャヌビアはルセフィを肩に乗せたままゆっくりと進む。彼を見た三人の客人もイスから立ってこちらに向きなおる。その中のひとり、金色の髪を肩まで伸ばしたおかっぱ頭の男の顔が少しだけ強張ったように見えた。
その変化を敏感に察したジャヌビアだったが、彼よりも先に反応したのはルセフィだった。兄の肩の上に立った小さな妖精の耳飾りが光を放つとその両手に弓と矢が、腰には矢が詰まった矢筒が現れる。不穏を察したジャヌビアも懐に忍ばせた護身用の短刀をいつでも抜けるように胸のボタンに手をかけた。
おかっぱ頭の髪が天窓から射しこむ光に反射して金色の輪を描く。男はジャヌビアを見つめたまま右手で髪に触れるとその輪は輝きを増し、ついにそれは男の手の上で
男はその顔に薄ら笑いを浮かべると眉一つ動かすことなくジャヌビアめがけてその輪を放つ。
「お兄ちゃん、危ない!」
言うが早いかルセフィが飛び立って兄を狙った光の輪を撃ち落とさんと金色の矢、殲滅の矢を放つ。
見事命中、戦輪は煙を上げて砕け散った。
目指すはおかっぱ頭の男、煙の向こうへとジャヌビアは突っ込んでいく、懐の短刀を抜きながら。
すぐに視界が開けた。目の前には余裕の体でほくそ笑むおかっぱ頭の姿があった。
怒りに満ちた目で短刀を構えるジャヌビア、しかしその導線を断ち切るようにもう一人の男が目の前に立ちはだかった。
腰まで伸ばした長い髪のその男が左手を前に出す。すると瞬時に青い光の壁が現れた。
執務殿に硬い何かがぶつかり合う衝撃音が響き渡る。
ジャヌビアの刃は光の壁の前で跳ね返された。
すると兄の背後からすかさずルセフィが舞い上がって二の矢を構える。
「そこまでじゃ!」
黙って一部始終を見ていた長老が声を上げた。
「いかがですかな、お三方。この子たちはこの村で最も速さと賢さを兼ね備えた二人です」
「合格です。長老が推薦するだけのことはありますね」
長い髪の男は三人の中でも立場が上なのだろう、おかっぱ頭と残るもう一人、オールバックの男に席に着くよう促すと、長老に満足そうな笑みを向けた。
しかし警戒心を崩していないジャヌビアは短刀を下ろしこそしたものの、それを懐に収めることはせずに長い髪の男を睨み続けていた。
「いくらなんでも悪戯が過ぎませんか、お客様?」
「お二人の連携、見事でした。ジャヌビアさん、ルセフィさん」
「どうして僕たちの名前を……」
ジャヌビアのその問いに答えることなく、長い髪の男は簡単な自己紹介と形ばかりの詫びを述べた。
「私の名はアトール、隣が参謀のシナール、そして君に無礼したのがリバロです。あらためてお詫びをさせていただきます」
なんと一方的なのだろう。ジャヌビアはそんな彼らに
「まったく、ずいぶんなご挨拶ですこと。この村もなめられたものですわ。このままでは示しがつきませんことよ、おじいさま」
ルセフィの
その場の皆が余裕の笑みを浮かべてはいるが、それぞれの心中はまさに一触即発だった。それを察した長老が割って入る。
「すべては承知の上じゃ。二人ともその物騒なものを仕舞いなさい。お三方もこの子たちに今一度のご挨拶をされてはいかがかな?」
長髪のアトールとオールバックのシナールが姿勢を正して彼ら挨拶、手のひらを胸に当てる仕草をする。ただ一人、リバロと名乗る男だけはニヤついた態度を変えることなく形式的なポーズで挨拶をした。
ルセフィはそれを見逃さなかった。妹が再び矢を持つ手を弦にかけようする気配を察したジャヌビアはルセフィのウェーブがかかった柔らかい金髪を人差し指でそっと撫でた。兄の気持ちが伝わったのだろう、ルセフィは腕を下ろすと弓と矢を耳飾りの中に収めた。そんな妹の様子を見届けたジャヌビアも手にした短刀を懐にしまい込むと胸のボタンを留めて襟を正すのだった。
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