第18話 座敷童
「――……というか、先生何者なんですか!? 普通に神様としゃべっているし!」
長閑な一本道で車を走らせている先生に向かって言えば、先生はクスクスと笑っている。
さっきの神社ではあまりにも状況が把握できなかったので、流れに身を任せて傍観していたが、今はクーラーの効いた車の中で落ち着いたため、ある程度冷静になれていた。
普通の人は神様とおしゃべりなんて出来ない。
畏怖する対象であると同時に敬う対象だから。
なのに、先生はやってのけた。
しかも、途中から意味深な会話だったし。
「ただの司法書士ですが何か?」
ドヤ顔を決めているが、美人なので絵になっている。
「うわっ。誤魔化した。賽葉先生も不思議な力があるし。頭が良い上に美人で能力者の双子って漫画の主人公みたいですよ。私に来る不可思議現象相談は今度から先生がやって下さい。私、先生みたいな力ないんですから」
「駄目よ。だって、業務に支障でちゃうし。私、ただの司法書士なのよ。だから、秘密ね。紬ちゃんみたいに本業以外の依頼が来ちゃうから」
「……同じ事をこの間、賽葉先生に言われましたよ。さすが姉妹」
「あら、賽葉にも言われたの?」
「言われました。私なんてただ視えたり話したりできるだけですよ」
「それも充分凄いと思うわ」
「すごくないですよ。先生みたいに神様と会話なんて出来ませんもん。そういえば、神様が言っていた童って誰なんですか?」
「童というのは……――」
先生の言葉を覆うように「目的地周辺に到着しました」というカーナビの音声が鳴ったため、車のスピードが段々弱まっていく。
車はやがて完全に停止し、一軒の古民家の前で止まる。
灰色の壁に立派な柱で守られた平屋建ての建物は、真っ赤な屋根が目印となっていた。
建物の傍に薪が積まれている小屋や井戸も窺える。
「着きましたね」
「えぇ」
私達は車を降りると玄関の表札を確認した。
確かに源と書かれている。
ぱっと見る限り空き家という雰囲気。家の周辺に植えられている木は剪定されていないから自然のままだ。
家自体も蜘蛛の巣が張ってあったり、雨樋に落ち葉が溜まっていたりして人の手が全くかけられていない。
「さぁ、借りてきた鍵を使って入りましょう」
先生は鞄から事前に源さんから借りていた鍵を取り出すと、玄関の施錠を開け始める。
ガチャンという音が聞こえたかと思えば、ダダダッという廊下を走る音が届く。
どうやら中に誰かいるようだ。
玄関のガラスはすりガラスになっているから中の様子が窺える。
足音と共に離れていく影は大きさが子供のようだ。
「先生。もしかして、童って座敷童のことですか?」
事前に子供の悪霊と聞いていたが、不思議と恐怖などを感じなかったので、私はそう尋ねる。
すると、先生が大きく頷く。
「そう、座敷童よ。だから、困っているの。土地神様が言っていたように二択しか選択肢がないから。あの子、ここの家かなり気に入っているようだし」
「そりゃあ、解体工事を阻止しますよね。自分の家を壊されそうになってしまったのですから」
解体業者がやろうとした事は、人間側の都合。
妖怪側の都合ではない。
ただ、人間界基準では、所有者は源さんのお母様。
座敷童には所有権がない。
まぁ、妖怪に人間が勝手に決めたルールや規則を持ちだすのは間違っているかもしれないけど。
「先生。座敷童を探しましょう! 事情を説明しないと」
「そうね」
私達は玄関の引き戸を開けてたたきで靴を脱ぐと、中へと足を踏み入れる。
黒く艶々の床を踏みしめ中へ。
足を進めるたびにミシッという音が耳に届き、築年数の経過を告げる。
「こんにちは」
「お邪魔しているわ」
と、二人で言いながら座敷童を探していけば、ちゃぶ台や年季の入った箪笥などの時代を感じる家具などが見受けられるので生活感を感じる。
片付けていないところを見ると、大切なものだけ外に出して家具類はそのまま
にして建物と一緒に処分するつもりだったのだろう。
「座敷童さん、ちょっとお話があるんです。聞いて貰えませんか? 私達、源さんに頼まれてきたんです」
そう言いながら、適当に近くにあった襖を開ければ、「キャ」という短い悲鳴が届き心臓がひゅんとなる。
まさかいるなんて思ってもいなかったため、心臓が早鐘のようになってしまっていた。
「……いた」
押入れは二段になっていて、座敷童がいたのは二段目。
膝を抱えた蝶柄の着物を着たおかっぱ頭の女児がいる。
女児は、突然入って来た見ず知らずの私達が怖いようで小さく震わせ、涙目でこちらを見上げていた。
「怖がらせてごめんね。君がこの家の座敷童かな?」
私の問いにかけに彼女は首をこくんと縦に動かす。
「私は紬。それで、こちらが賽奈先生。君のお名前聞いてもいいかな?」
私がゆっくりとした口調で言えば、彼女は探るようにこちらを見詰める。
唇を数回動かし言葉を発しようとしていた。
きっと迷っているのだろう。
「安心して。不審者ではないわ。さっき、土地神様にもご挨拶して来たのよ。君の事を知っていたようだったわ」
賽奈先生は微笑みながら伝える。
「……神様、時々来てくれるの」
「そっか。心配してくれているんだね」
「この家、壊されちゃうから引っ越しをしなさいって」
どうやらあの神様は座敷童の未来を心配して説得してくれていたらしい。
「私、朔」
「朔ちゃんか。良い名前ね」
「私の家、壊すんでしょ?」
彼女の寂し気な言葉が胸に痛い。
「源さんはそうするつもりみたい。でも、朔ちゃんがいることを源さんは知らなかったから。源さんに伝えてみるわ。土地神様からも聞いているかもしれないけれども、この家を残すことになっても厳しい。人の手が入らない家は朽ちていくから。そうなってしまったら、朔ちゃんの居場所がなくなってしまう」
「わかっている。でも、私はここが好きなの……!」
「……朔ちゃん」
気持ちはすごくわかる。
どうにか良い方向に進んで欲しいけど、良い案が全く思い浮かばず。
「先生、良い案ありませんか?」
「とにかく所有者である源さんに事情を話してからだわ」
「……そうですよね」
私達が勝手に決めることは出来ない。
「朔ちゃん。私達、源さんとお話してからまた来るわ。その時はまたお話してくれると嬉しい」
「どうしても壊しちゃうの?」
「ごめんなさいね。まだ私達にはなんとも言えないの」
先生の言葉を聞き、朔ちゃんは大きく肩を落とす。
期待させるような事を言ってしまい、後で駄目でしたなんて言えない。
落胆が大きくなってしまう。
「紬ちゃん。行きましょう」
「はい」
私達は朔ちゃんに「また」と手を振り玄関まで向かった。
次にここを訪れる時は、良い案を彼女に持って来たいと切に願う。
+
+
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私と賽奈先生は車に乗り込むと、お互いしばらく無言のままだった。
窓から見える光景は自然豊かな光景で時折家が窺えるが、時折生活感を感じない家もある。
ここはスーパーも銀行もない。
電車は通っておらず、バスの本数が段々減って行き今ではもう一日二本。
会社だってないからこの辺りは農家がほとんどだそうだ。
若い人は町に仕事のため学校のために出ていき、残されたのは年老いた者ばかり。
病院もないから、町に出た子供達が心配して村から出ることを提案。
段々と人がいなくなるループだ。
日本には地図から消え、廃村となった場所もいくつもある。
時代が移り変わり、人が住むには不便になっていったのだ。
「紬ちゃん。源さんに報告してくれる?」
「はい」
私は鞄から業務用のスマホを取り出すと、事前に教えて頂いていた番号に電話をかける。
すると、数コールで源さんは出た。
「もしもし、お世話になっております。九尾賽奈司法書士事務所の佐久間です。今、お時間よろしいでしょうか?」
『お世話になっています、佐久間さん。実家にはもう?』
「先ほど拝見させて頂きました。結果から申し上げますと、悪霊ではなく座敷童です」
『ざ、座敷童ですか……?』
疑いを含んだ返事が届く。
『本当に座敷童なんですか? うち、特に幸運だったという出来事はありませんでしたが』
「座敷童で間違いはありません」
『そうですか……困りました……』
電話越しに深い溜息が聞こえる。
『悪い霊なら佐久間さんにご紹介頂いた神社にお願いをと思っていたのです。まさか、座敷童では……座敷童が去った家は没落したり不幸になったりすると聞きます。追い出すなんてできません。でも、住む事もできない。私ら人間の都合ですが……』
「難しいかもしれませんが、不動産会社にも購入してくれそうな人がいるか聞いてみます。セカンドハウスとして購入してくれる人もいるかもしれませんし」
『ありがとうございます。私の方でも村の人達に声をかけてみますので……よろしくお願いします』
「もし差し支えなければ、売却可能代金などを教えて下さい」
『タダでいいです』
「えっ、タダって無料ですか……?」
売却金額を聞いて無料と返ってきたことが初めてだったため、私はつい聞き返してしまう。
まさか、金額をつけないなんて。
家を解体する方法がないから、現実的な問題解決方法はそれしかないのかもしれない。
人がどんどん流出し、空き家がいっぱいある所で購入してくれる者なんて可能性は低いし。
私はまた何か状況が動いたら連絡する旨を伝えて通話を切った。
「うちと取引がある不動産屋さんで購入してくれる所または、購入者を探してくれる所ってありますかね?」
先生へと尋ねれば、「難しいわね」という低いトーンの返事が届く。
「ですよね」
「私の方でも探しておくわ。ほら、今って古民家カフェとか流行っているし」
「あー、流行っていますよね。私の友達も古民家カフェを開業したいって子が……あっ、美和に聞けば良いんだ!」
脳裏に美和との会話が浮かび、私は声を上げた。
「美和さん?」
訝しげな先生の言葉に対して、私は大きく頷く。
「長年イギリスで暮らしていた友人が日本に戻ってきたんです。古民家カフェをオープンするために。今、ちょうど古民家探していて……聞いてみます!」
「では、戻りましょう。写真など必要になるでしょうし」
先生はつい先ほど来た道を戻るためにUターンした。
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