司法書士補助者の非日常な仕事~実は上司が天狐でした!?~
歌月碧威
第1話 事務所前での異変
私が乗っているエレベーターは、途中で止まることなく液晶モニターの数字を変化させ上昇していく。
通勤時間になると他のフロアの人と鉢合わせするけれども、十四時を少し過ぎた時間帯ではがらんとしている。
エレーベター内は私しかいないため、気を張らずにまったりと首から下げているIDホルダーを眺めていた。
――あー、補助者証もうすこしで更新だなぁ。
IDホルダーのケースには、私の顔写真入りのカードが収められている。
『司法書士補助者証』と私の職業が書かれているカードだ。
顔写真の隣には事務所の住所、司法書士名、登録番号、認定番号、有効期間などの事務所に関する事が記載。
それから『佐久間紬(さくまつむぎ)』と名前や生年月日などの私の個人データも。
補助者証の有効期限は五年間。
もうすぐ切れそうなので、現在の補助者証の写真は大学卒業後に入社した時のもの。
若い。若すぎる……
二十代前半がついこの間の事のように思えるが、今はもうアラサーの二十八。
親から結婚に関してプレッシャーをかけられる時期だ。
周りの友人・知人は結婚して子育てをしている人や仕事で成果を上げている人などちらほら。
「月日が経つのは早いなぁ。もう更新時期だよ。賽奈先生に補助者証更新の事を言わないと」
私がぽつりと呟いた瞬間だった。
エレベーターが到着し、「六階です」という機械的な声と共に扉が開かれたのは。
途中で止まることがなったから早かったなぁとエレベーターを降りれば、目の前には『九尾賽奈(くおさいな)司法書士事務所』と書かれたシルバーの看板が真っ白な壁に設置されている。
その隣にはガラス製の扉があり、扉の付近にはセキュリティカードの認証機器が。
ここが私の職場・九尾賽奈司法書士事務所だ。
六階のワンフロアまるごと事務所となっていて、私はここで司法書士補助者をしている。
町の法律家という司法書士なら名前は聞いた事があるかもしれないけど、司法書士の補助者を知っている人はあまりいないかも。
私も「仕事何しているの?」と聞かれて「補助者」って答えると大抵「何それ?」と言われる。
補助者を説明するには、まず司法書士の仕事の説明をした方がいいかもしれない。
だって、私達補助者の仕事は文字通り司法書士を補助する者だから――
司法書士の仕事は主に登記関係。
不動産登記と商業登記だ。
商業登記は会社経営や経理などの職に就いていないと身近ではないけど、もう一方の不動産の方は身近かも。
例えば私が憧れのマイホームを購入したとしよう。
銀行からお金を借りてハウスメーカーから分譲の家を購入。
土地の所有者はハウスメーカーで建物は新築。
頭金は自分の貯金で支払い、残りは銀行から住宅ローンで賄うことに。
この場合には主に三つの登記を行わなければならない。
ハウスメーカーから私に土地の所有者が移ったよ! という事を申請する移転登記。
新築なので登記されていない建物の所有者になったよ! ということを申請する保存登記。
住宅ローンで家買うから抵当権付けるよ! という事を申請する抵当権設定登記。
登記申請は法務局へ提出しなければならない。
そうしないと誰の所有? って首を傾げる事態になってしまうから。
申請は色々必要書類があるし面倒なので、それをやってくれるのが司法書士だ。
司法書士の仕事は登記類が多いけれども、裁判所関係の仕事もする。
裁判所関係でうちの事務所で主に扱っているのは、成年後見人かな。
後見人というのは、認知症などで判断能力がなくなった方の後見人となり、財産管理などを行う者。
銀行や介護施設から後見人付けてくれ! と言われたお客様が結構いらっしゃる。
昔はある程度緩かったので、本人ではないけど通帳から預貯金を引き出せた。
でも、今は金融機関によっては厳しくなり、家族でも本人以外は……というところも出て来ている。
高齢化社会のため、後見人も不足。
家族と離れて暮らしている場合などは、家族以外の第三者が行う事も出来る。
司法書士の業務でも後見人も大切な業務の一つだ。
後見人は年に一度報告書を家庭裁判所に提出しなければならない。
あとは、簡易裁判所の代理権を持っている先生はそっちの仕事もする。
私の上司である賽奈先生も勿論代理権を持っていた。
……大まかに言えば、このような事が司法書士の仕事。
補助者は法務局や裁判所へ提出する書類の作成補助をするのが主な業務。
作成した書類は先生がチェックして直したりする。
登記や訴状などの作成も行うので、専門の知識や勉強も必要だ。
書式や法律も変わるし。
事務所によっては補助者の勉強会をやっている所もあるくらい。
まぁ、要するにカテゴリー的には事務員。
良く事務員さんともお客さんにも呼ばれるし。
ただし普通の事務員と違うのは司法書士会へ補助者登録し、補助者という身分証明書を貰わなければならないことかな。
別に事務員だから身分証明なんて良いじゃん! って、思うかもしれないけど、登記や訴訟には戸籍や住民票などが必要になる。
そういう時、司法書士は依頼人などの戸籍や住民票を職権で取得可能。
戸籍の取得は一枚~二枚程度ならあまり時間はかからないが、相続の種類によっては枚数も膨大。
半日かかる場合ことも余裕である。
半日も戸籍などの取得で時間がかかってしまえば、多忙な司法書士の業務に支障が出てしまう。
なので、代わりにそれを行なえるのが補助者。
人さまの戸籍などの個人情報を手に入れることが出来るため、身分を証明しなければならない。
ちなみにこの補助者証は役所で職務上請求書と共に提示する。
その他にも補助者は電話や来客応対までなんでもこなす存在だ。
私は歩いてセキュリティ機器の前へと立つと、肩から下げていた鞄からカードキーを探す。
「あー。私の補助者証の更新もそろそろだけれども、後見人の報告書もそろそろ提出時期かなぁ。一年に一度報告だけれども、一年ってあっという間だ」
私は月日の流れるスピードに若干の恐怖を覚えつつ、鞄からカードキーを取り出そうとすれば怒鳴り声が耳に届いてしまう。
「お前、俺を誰だと思っているんだ!」
という怒号が壁を越えて私の方まで届いてきたのだ。
「は?」
突然の出来事に対して、脳が処理しきれなくなり、私は鞄に手を突っ込んだまま 固まってしまう。
「え、待って。なにが起こっているわけ?」
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