SS99 暑い夏の日に

 茹だるように暑い、夏のとある休日。


「ゔぁー……あっつー……」


 庭に面した縁側で、実際露華が茹だっていた。


「真夏にエアコン壊れるとか、マジ最悪くなーい……?」


 昨晩から、リビングのエアコンが付かなくなった結果である。

 この猛暑で業者はやはり忙しいらしく、しばらく修理に来れそうにはないらしい。


「ロカ姉、そう思うなら自室に戻れば良いのでは?」

「アンタがそれ言う?」


 パタパタ団扇で自分を扇ぐも汗だくな白亜に、露華がジト目を向ける。


「涼しくても、部屋で一人でいるのはなんだかなーって思うもんね」


 とそこに、お盆を手にやってきた伊織がそんなフォローを入れた。


「スイカ、切ってきたよー」


 お盆の上には、綺麗に切られたスイカの姿が。


「おーっ、やったー。スイカって、なんか涼しげだよねー」

「スイカにはシトルリンというアミノ酸が含まれており、体に入ると皮膚表面の血管を広げて血行をよくして皮膚から熱を逃がしてくれる効果がある。イオ姉、ナイス判断」

「アンタ、変なことに詳しいとこあるよね……」


 なんて言いながら、露華と白亜がそれぞれスイカに手を伸ばす。


「ありがとう、伊織ちゃん」


 お礼を言いながら、春輝も一つ手に取った。


「いえ、こちらこそありがとうございますっ。昨日、春輝さんが買ってきてくれたスイカなんですからっ」

「あ、そだねー。春輝クン、ありー」

「ありがと、ハル兄」

「そういえば、ここ数年スイカ食べてないなって思ってね」


 昨日の帰り、ふとそう思って買ってきた次第である。


「私も、いただきますっ」


 そう断ってから伊織もスイカを取って口に運ぶ。

 シャクッ、という小気味よい音。


「んっ、甘くてとっても美味しいですっ」

「ひんやりしてるのも良いよねー」

「シトルリンが身体に染み渡っていく」


 姉妹、それぞれそんな感想(?)を口にする。


「あー……なんか懐かしい味がするわー……」


 一方、春輝が真っ先に感じたのはそれであった。


「懐かしいって、そゆもん?」


 と、露華が首を捻る。


「子供の頃、夏には毎年母さんの実家に行っててさ。そしたら毎回、爺ちゃんが畑で育ててるスイカを冷やして婆ちゃんが切ってくれたんだよねー」

「ふふっ、春輝さんにとって思い出のお味なんですね」

「ははっ、そんな大げさなものでもないけどね」


 微笑む伊織に、春輝も軽く微笑んで返した。


「ハル兄……お爺ちゃんやお婆ちゃんって、どんな感じ?」

「えっ……?」


 思わぬ質問に、春輝はチラリと伊織に目を向ける。


「ウチは両親の祖父母共に、私が赤ちゃんの頃に亡くなったそうで……」

「そうなんだ」


 考えてみれば、祖父母が健在であればそもそも今の同居生活に至っていなかっただろうし予想出来たことであった。


「うーん……ウチの爺ちゃんと婆ちゃんは、どっちも大らかな人って感じかな。母さんはどうか知らないけど、少なくとも俺は一回も怒られたことはない。むしろ、何してもニコニコ笑って見守ってくれてたな。あと、婆ちゃんはめっちゃ俺に飯を食わせてくる」

「ふふっ、そうなんだ」


 その光景を想像してか、白亜はクスリと笑う。


「……今度、会に行ってみる?」

『えっ……?』


 ふと思いついて提案すると、三姉妹は揃って目をパチクリと瞬かせた。

 春輝としては、祖父母というのがどういうものか少しは体感してもらえれば……くらいの軽い気持ちである。


「それ、ウチらはどういう名目で行くわけよ?」

「仲良くなった近所の子たちが会ってみたいって言うから、とか?」

「そんなガバな言い訳で大丈夫なん?」

「あの母さんの両親だぞ?」

「あはは……」


 春輝の言葉に説得力を感じたからか、伊織が苦笑を浮かべる。


「俺も、もう何年も顔合わせてないし。今の状況だったら数日くらいの休みは取れるだろうしね」

「それなら……行ってみたい、かも」


 白亜が、遠慮がちな調子ながらも期待感の垣間見える目で春輝を見上げた。


「オッケー。そんじゃ、日程については母さんも交えてまた相談しよう」

「うんっ」


 そして、春輝の了承に嬉しそうに頷く。


「まぁ、言うてウチらはもう夏休みだしいつでもいいけどねー」

「えぇ、春輝さんたちのご都合に合わせますので」


 露華と伊織も乗り気なようだ。


(逆に言えば、夏休みの間じゃないとキツいよな……早めに仕事の調整始めないと)


 頭の中で、春輝がそんなことを考える中。


「にしても、スイカ食べて涼しくなった気がしたのも一瞬だよねーっ」

「こら露華、お行儀が悪いよ……!」


 露華が服の裾を大きくパタパタさせて風を送り、伊織がそれを窘める。


「いいじゃーん、家の中なんだしさー」

「春輝さんがいるでしょ……!」

「だからこそじゃん?」

「ははっ……」


 反省の色を見せない露華に苦笑しながら、春輝は垣間見える露華のお腹からそっと目を逸らした。

 しかし、視界の端で露華がニヤリと笑ってなんだか嫌な予感を覚える。


「いっそもう、脱いじゃおーっと!」

「ちょっ……!?」


 そう宣言してガバッとシャツを脱ぎ始めた露華に、春輝は先程より大きく顔ごと視線を逸らした。


「だーいじょうぶだって、春輝クン。ほら、見てみてっ」

「えぇ……?」


 そう言われて、恐る恐る振り返る春輝。


 すると……。


「ね? 大丈夫でしょ?」

「んんっ……!」


 上半身だけ水着姿の露華に、もう一度視線を逸らすべきか判断に迷った。

 そもそも春輝は、下着は見てはいけなくてほぼ同じ露出度の水着を見るのはOKというのがどういう理論なのか未だによくわかっていない。


「あっ、そ、そうだっ」


 せめて気を紛らわそうと、ふと思いついたことを提案してみることにする。


「暑いし、またプールにでも行こうか?」


 部屋の中で水着姿というミスマッチな光景よりは、プールで見た方がまだ幾らかマシな心情になれる気がした。


「んあー、でもプール行くまでに溶けそー」

「ははっ……」


 苦笑するも、確かにこの炎天下に出歩くのは春輝も避けたい気持ちはある。


「そうだ、それなら……あぁいや、それはないな」


 ふと代案を思いついたものの、即座に却下。


「えー? なになにっ? 気になるじゃん、最後まで言ってよー」

「うーん……」


 なんとなく、露華に言うと『実行』の流れになりそうで一瞬躊躇するも。


「実は……」


 確かに、思わせぶりに話を切るのものなぁ……と、結局話すことにした春輝であった。


 その内容は──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る