第99話 朝日と青空と

 露華と共に宿泊した、翌朝。


「やー、にしても良く寝たわー!」


 旅館を後にしながら、露華は大きく伸びをしていた。


「どうやらウチ、枕が変わっても全然問題ないタイプだったっぽいね」

「そりゃ何よりだ」


 昨日より随分スッキリした印象を受ける彼女の表情を見て、春輝は微笑む。


「なーんか……さ」


 露華は少し早足になって、春輝より数歩分先行した。


「ウチ、自分のことなのにそんなことも知らなかったんだなって」


 歩きながら、顔を大きく上げる。

 空を見ているのだろうか。


 春輝も見上げてみると、澄み切った青空で視界がいっぱいになった。

 朝日が少し眩しい。


「お父さんが忙しくて家族旅行どころじゃなかったし、そういえば誰かと泊まりでどっかに行った経験って修学旅行くらいしかなくて。その時は、徹夜で騒いでたしさ」


 露華がどんな表情を浮かべているのか、春輝からは伺い見ることが出来ない。


「春輝クンがウチを連れ出してくれたワケ……今になって、ようやく本当の意味でわかったような気がする」


 ふと、露華が足を止める。


 なんとなく、春輝も追いつくことなくその場で立ち止まった。


「学校のこと、さ……ホントはウチ、踏み込むのが怖かったんだよね」


 露華は引き続き背を向け、空を見上げたまま。


「今は、単にちょっと孤立してるって程度だけど……下手に何かしたら、もっと悪い状況になるんじゃないかって。そう思うと、何も出来なかった」


 小さく、息を吐き出す気配。


「でも」


 そして、クルリと振り返ってきた。


「誤解が解けるよう、動き出してみるよ」


 その顔に浮かぶのは、満面の笑みである。


「だってさ」


 それが、少しだけ変化する。


「それでダメでも……逃げたくなっても、春輝クンが一緒に来てくれるんでしょ?」


 見慣れた、イタズラっぽい笑み……とも、どこか違うように感じられた。


 それよりも、随分と大人びて見えて。


(綺麗……だな)


 可愛い、ではなく。


 そう感じた。


「あれれ? 一緒に来てくれないのかにゃー?」


 からかう調子の言葉に、ハッとする。


「あぁ、いや、もちろんその時は一緒に行くさ」


 少し早口気味に、本心からの言葉を返した。


「たとえ何があっても、俺はずっと君の『居場所』であり続けるよ」


 微笑んでそう付け加えると、露華はパチクリと目を瞬かせる。


「あ、ははー。なんか、その言い方だとさ」


 それから、少し赤くなった顔を逸らした。


「春輝クン、ウチと結婚してくれるみたい……だよね」


 ポツリと、呟く程度の声量。


「……えっ?」


 今度は春輝が目を瞬かせる番だった。


「や、いや、そういうことじゃなくて……!」


 勿論そんな意図はなかったので、慌てて手を横に振る。


「家族としてって話で、あと、未成年のうちは流石に責任を持って一緒にいるようにするというか……」

「……はぁ。ですよねー」


 しどろもどろに言い訳すると、露華が露骨に大きな溜め息を吐った。


「なんでそんな、『ダメだこいつ』みたいな目に……!?」


 春輝としては、解せぬ気持ちである。


「いやぁ、相変わらず春輝クンは女心がわかってないなぁって」

「ぐむ……」


 女心がわかっていると言い難いことは自覚しているので、呻くしかなかった。


「けど、ほら、露華ちゃんもアレだ。言い方には気をつけないとダメだぞ? 『結婚して』なんて言い方したら、君が俺との結婚を望んでるみたいじゃないか。男ってのは、そういうしょうもない勘違いするもんなんだからさ」


 意趣返しのつもりで、そう指摘する。


「………………はぁ」

「なんで『ダメだこいつ』レベルが上がった感じに!?」


 露華の目に宿る温度がだいぶ冷たい感じになったので、思わず叫んでしまった。


「……ぷっ、ははっ」


 そんな春輝を見て、露華が吹き出す。


「なーんて、アホなこと言ってないでさ」


 そして、歩みを再開させた。


「帰ろっか」


 そう口にする彼女の表情は前向きなもので、昨日までの迷いはもう消えている。


「ウチらの、家にさ」

「あぁ、そうしよう」


 だから、春輝も晴れやかな気持ちで大きく頷いたのだった。

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