第79話 通知と立場と

 一悶着が生じかけはしたものの、それも未遂で終わり。

 そこからは、和やかに朝食を終えて。


「よしっ、それじゃそろそろ行こうか」


 全員の準備が整ったところで、春輝はそう声をかけた。


「ですね……はい、春輝さん。こちら、今日のお弁当です」

「あぁ、ありがとう」


 伊織から、お弁当箱の入った包みを受け取る。


「露華と白亜も」

「サンキュー」

「ありがと」


 露華と白亜も、同じく。


「っとと……鞄の中パンパンで、このままだとお弁当入らなさそうだわ……」

「もう、普段からちゃんと整理しとかないから……」


 鞄をゴソゴソ雑に漁る露華に、伊織が眉根を寄せた。


 とその時、露華の鞄からひらりと一枚の紙が飛び出してくる。


「露華ちゃん、これ落ち……」


 落ちたよ、と差し出しかけて。


「三者面談のお知らせ……?」


 そこに印字された文言に、思わず目がいった。


「って、これ明日じゃん!? なんで黙ってたの!?」

「げっ……」


 驚いて顔を上げると、「しまった」とでも言いたげな露華と目が合う。


「あー。いや、ほら、アレじゃん?」


 それを誤魔化すように、露華は苦笑を浮かべた。


「今はお父さんいないんだし、言ってもしゃーないじゃん? 先生にもそう言ってあるし」

「俺がいるじゃないか」


 春輝は、自身の胸を手の平で指す。


「言ったろ? 俺は、君らの保護者だって」


 先日、借金取りである芦田を相手に切った啖呵。


 勢いによるところも大きかったが、春輝としては本気の言葉であった。


「あー……うーん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」


 しかし露華は、何やら気まずげい言い淀んでいる。


「あっ、そうそう! 明日、まだ金曜だし! 平日じゃ無理っしょ!」


 それから、ふと思いついたように人差し指を立てた。


「いや、午後から半休取るよ。最近は、そのくらいの余裕はあるし」

「そ、それは流石に悪いっていうか……」

「むしろ、有休余り過ぎで課長から早よ取れって急かされるんだ。ちょうどいい」

「やー……でも……」

「……?」


 なかなか了承しない露華に、春輝は首を捻る。


「露華、行ってもらえば?」

「ロカ姉、第三者の視点はあるに越したことはない」


 伊織と白亜も、不思議そうな顔であった。


 そんな中、春輝はとある可能性に思い至る。


「ん……まぁ、そうだよな。他人が保護者面して出しゃばることでもなかったよな」


 どう言ったところで、彼女たちにとって春輝は血の繋がらない他人でしかない。

 それが父親を差し置いて三者面談に行くというのも、考えてみれば気分の良いものではないだろう。


 今更ながらに、春輝は先程の発言を反省した。


「や、そういうわけじゃないって! ウチも春輝クンのことはアレよ! 家族的なアレだと思ってるし!」


 慌てた調子で、露華が手を振る。


「ちょっと遠慮しちゃっただけだから! オッケー、春輝クン是非とも来てよ!」

「そ、そう……? なんか、言わせちゃった感が半端ないんだけど……」

「んなことないって!」

「……わかった。嫌だったら、ホントに言ってくれよな?」

「嫌なわけないって!」


 そう言ってから、ニパッと笑う露華であったが。


「………………ホント、春輝くんが来ること自体が嫌なわけじゃないんだけど」


 小さく小さく紡がれた呟きが僅かに耳に届いたのが、少しだけ気になった。

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