第78話 調理と安息と
とある平日の朝。
「ふわぁ……」
あくびを漏らしながら、春輝はキッチンへと向かう。
鼻に届いてくる食欲をそそる香りに、くぅとお腹が鳴った。
かつては二日酔いか寝不足──大抵の場合、その両方──によって起き抜けは食欲ゼロなことが多かったことを思えば、随分と健康的な生活になったものである。
「おはよう」
挨拶と共に、キッチンに顔を出す。
「おはようございますっ!」
「おはー」
「おはよう」
すぐに、三つの声が返ってきた。
こんな光景にも、すっかり慣れたもの。
「今日も美味しそうだ」
この日テーブルの上に並ぶのは、ご飯と味噌汁、鮭のみりん焼きと卵焼きに漬物だ。
「ふふっ、お口に合えば幸いです」
伊織の返しはいつも通りだが、その笑みはどこかイタズラっぽく見えた。
(……?)
少し気にはなったものの、とりあえず席に着く。
何かあるのならば、そのうち明かされるだろう。
彼女の表情に暗いところはないので、ひとまずはそう思っておくことにした。
『いただきます』
全員が着席したところで、手を合わせる。
春輝はまず一口、味噌汁を啜り。
(……ん?)
僅かな違和感を覚えた。
(まぁ、そういうこともある……か?)
内心で首を捻りながらも、卵焼きに手を付ける。
先程チラッと眺めた時には気付かなかったが、その形は少し歪で、一部に焦げも見られた。
(伊織ちゃんでも、こんなことあるんだな)
そんな風に思いながら、口に入れる。
(……こっちもか)
そして、先と同じ種の違和感を抱いた。
「春輝さん、お味はどうでしょう?」
伊織が、小首を傾げて尋ねてくる。
「………………」
「………………」
それはいいとして、なぜ露華と白亜もジッと春輝のことを窺っているのか。
「今日の味噌汁と卵焼き、いつもとちょっと味付けが違うんだね」
「……わかるんですね」
伊織は、少しだけ驚いた様子であった。
「ははっ、そりゃ毎日食べてるからね」
実際、今の春輝とっての『家庭の味』といえば完全に伊織による味付けを指すようになっている。
「うん、でも今日のも美味しいよ」
とはいえ、これも本心からの言葉であった。
「そうですか、良かったです」
伊織がふわりと微笑む。
「ねっ、二人とも?」
そして、露華と白亜の方にその笑顔を向けた。
対する二人は、ホッとした表情を浮かべている。
そこで春輝も、ようやくピンと来た。
「もしかして、これって……」
「はい、この子たちが作ったんです」
「そのお味噌汁は、ウチのお手製だよ~」
「わたしは、卵焼き」
露華と白亜が、それぞれドヤ顔で胸を張る。
そんな様は、やはり姉妹らしくよく似て見えた。
「お姉に教えてもらいながらではあったけど、上出来みたいじゃん?」
「これで、ハル兄の胃袋は掴んだも同然」
引き続き、ドヤ顔を継続する二人。
「うふふ、一朝一夕で先人を超えられると思ったら大間違いだよ?」
それに対して、伊織が『圧』が放つ。
「こらこら、口だけじゃなくて手を動かさないと。そんなに時間に余裕ないぞ?」
若干不穏な空気を感じないでもなかったため、春輝はそう口を挟んだ。
『はーい』
「あっ、はい、そうですね……!」
露華と白亜が声を揃え、伊織が頷く。
多少変わった点もあったが、概ねいつも通りの朝であった。
……少なくともこの時点では、まだ。
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