第68話 傾向と購入と

 男性向けアパレルショップに入店してから、小一時間程が経過した頃。


(……姉妹でも、選ぶ服に結構個性が出るもんなんだな)


 春輝はそんなことを思っていた。

 三人が持ってくる服には、割と露骨にそれぞれの傾向が表れているためである。



   ◆   ◆   ◆



 例えば、白亜。


「ハル兄、次はこれを着てみて」

「……うん、まぁ、着るよ。着てみるけどね?」


 彼女が持ってきた服を受け取り、春輝は半笑いでフィッティングルームに入った。


 一分程度で、着替えを終えて。


「……一応、着てみたけど」


 カーテンを開け、再び白亜の前に出る。


「うん、よく似合ってる。ハル兄、格好いい」

「そ、そう」


 満足げに頷く白亜に、春輝の口元がヒクついた。


 なるほど彼女が持ってくる服は、確かに格好いい。

 それは確かなのだろう。

 だが、むしろというか。

 ビジュアル系のバンドマンが着るようなキメッキメのもので、地味顔の春輝では露骨に着られている感が凄かった。


(つーかこういう服って普通、専門店にしか置いてないもんなんじゃないのか……)


 チェーンの量販店にこういったものが置いてあることにも、軽く驚きつつ。


「確かに格好いいけど、普段着にするにはちょっと目立ちすぎるかなぁ」


 やんわりと、この服は選ばない意思を白亜に伝える春輝であった。



   ◆   ◆   ◆



 例えば、露華。


「春輝クン、次はこれいってみよっか」

「……ちょっと、若者っぽすぎないか?」


 彼女が持ってくる服は基本的にセンスを感じるものなのだが、春輝としては自分が着ると少々若作り感が出るような気もしていた。


「何言ってんのさ、実際まだ若者でしょうが。ていうか……この辺りって、むしろ春輝クンくらいの年代がメインターゲットだよ?」

「そう、なのか……?」


 半信半疑ながらも、とりあえず手渡された服を持ってフィッティングルームに。


(……あっ、確かに思ったよか違和感ないな)


 実際に着てみると、露華の見立てが正確だったように思えてきた。


「露華ちゃん、どうかな?」


 カーテンを開け、露華に確認してもらう。


「うん、バッチリ!」


 手カメラを形作って片目で春輝を見た露華は、そう言ってニコッと笑った。


「ぷぷっ……そ、そんじゃあ、後ろも見せてくれる?」


 しかし、なぜかそれが吹き出すのを堪えるような表情に。


「? わかった」


 その表情の意味はわからなかったが、春輝は素直に露華へと背中を見せる。


「ぷっ、あははっ! いいねぇ、似合ってる! 春輝クンにピッタリだよ!」


 すると、露華が声を上げて笑い始めた。


「……?」


 理由がわからず、春輝はフィッティングルームの鏡に自身の背を写してみる。

 すると、そこにはデカデカと『小さい子が好き!』とプリントされていて。


「こんなもん着て白亜ちゃんと歩いてたら通報されるわ!?」


 ツッコミを入れてからカーテンを閉め、速攻で脱ぎ捨てる。


 露華の選ぶ服は基本的にセンスを感じるもの……なのだが。

 まぁまぁの割合で、こうしたネタ系が入ってくるのが厄介なところであった。


「ぷふっ……ごめんごめん。次は、ちゃんとしたの持ってくるからさ」


 カーテン越しに、未だ笑い混じりの声が聞こえてくる。


「女の子ととしては、出来るだけ格好良くあってほしいからさ……好きな人は、ね?」


 そんな言葉を最後に、露華の気配は遠ざかっていった。


 こんな風に突然ドキッとさせてくるのも、困ったところであった。



   ◆   ◆   ◆



 例えば、伊織。


「春輝さん、これなんていかがでしょうか?」

「おっ、いいねぇ」


 彼女に関しては、抜群の安定感であった。

 本人の服装にも表れているが、基本的に大人しめのものを好むらしく。

 春輝としても地味な自分にはそういった服が似合うと思っているので、ちょうど噛み合っている形である。


「ちょっと、試着してみるよ」

「はいっ」


 笑顔の伊織に断って、フィッティングルームの中へ。


(……うん、いい感じだな)


 今までに春輝が選んできたもの程、シンプルすぎるわけでもない。

 しかし年齢相応に落ち着いた感じで、自分にも合っているように思える。


「どうかな?」

「はい、よくお似合いですっ!」


 カーテンを開けると、伊織は笑みを深めた。


「うん、俺もいいと思う」


 春輝も笑みを返す。


「伊織ちゃんとは趣味が合うみたいだね」

「春輝さんに選んでいただいた服、私も気に入っています」


 実際、今日の伊織が着ているのも春輝が選んだ服であった。

 選んだというか、露華と白亜が持ってきたもののうち、どちらが良いか聞かれて答えただけなのだが。


「考えてみれば、お互いが選んだ服を着ているっていうのもちょっと不思議ですね」

「確かにね。夫婦や恋人なら、そういう人たちも珍しくないのかもしれないけど」

「ふぇっ!?」


 何気ない春輝の言葉に、伊織が激烈に反応した。


「そ、その、夫婦や恋人って、えっと、今の私たちが、みたいな……!?」

「い、いや、別に深い意味はなくて! なんとなく思ったことを言っただけだから!」

「で、ですよねっ! すみません!」


 お互いに顔を赤くし、わたわたと無駄に手を動かす。


 伊織の、『愛してます』発言からこっち。

 それになりに時間が経過したこともあり 普段は割と普通に接することが出来るようになってきたのだが。

 未だに時折、こんな風に微妙な雰囲気になることもあるのだった。



   ◆   ◆   ◆



 といった風に、三人それぞれとやり取りを交わし。


 結局春輝は、白亜が選んだものからギリギリ無難そうなものを数点、露華が選んだものからネタ要素がないものを数点、伊織が選んだものから気に入ったものを数点、といった感じでバランス良く三人が選んだものを購入することにしたのであった。

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