第67話 提案と密謀と
とある休日。
「ねぇね春輝クン、服買いにいこうよっ!」
リビングのソファで寛いでいた春輝の腕に、露華がそんな言葉と共に抱きついてきた。
「あぁ、別に構わないよ」
つい先日、制服しか持ってきていなかった彼女たちの服を買いに行ったばかりではあるが。
一回の買い物だけで全てを揃えるのは難しいだろうし、色々と後になって不足に気付くことだってあるだろう。
そう思って、春輝はあっさりと頷いた。
「ありがと、愛してるぅ!」
露華が、ニパッとあけすけな笑みを浮かべる。
「……ところで春輝クン、この状況に対するリアクションは?」
次いで、ギュッと春輝の腕を掻き抱く手に力が込められた。
「ふっ、いつまでも俺がこの程度で動揺すると思うなよ?」
なんて、嘯く春輝であったが。
(なんでこの子たち、しょっちゅう付けてねぇの!?)
腕に伝わってくる柔らかい感触に、実際のところは無茶苦茶動揺していた。
「ふっふーん? 春輝クンが喜んでくれるかと思って、わざと付けてないんだよ?」
そんな内心が見事なまでに見透かされたようで、露華がニンマリと笑う。
「……ロカ姉、それは協定違反では?」
とそこでリビングに顔を出した白亜が、露華にジト目を向けた。
「こんなの、『家族』とのちょっとしたコミュニケーションじゃん? ねっ、春輝クン?」
「そ、そうだな」
白亜の言う『協定違反』とやらが何のことはわからなかったが、露華の流し目を受けて春輝はやや吃りながらもとりあえず頷いておく。
「……なるほど、コミュニケーションなら仕方ない」
白亜も納得したらしく、一つ頷いてから歩み寄ってきた。
「なら、私もコミュニケーションタイム」
そして、春輝の膝の上に座る。
「はいよ」
小さく笑って、春輝は白亜の肩辺りに腕を回した。
この辺りの対応も、既に慣れたものである。
……と、思っていたのだが。
「ありがと、ハル兄」
振り返ってきた白亜の微笑みを見て、ドキリとしてしてしまった。
(あれ……? この子、こんなに大人びてたっけ……?)
やけに、その笑顔が綺麗に見えたためである。
「……? どうかした?」
ボーッと見とれてしまっていたせいか、白亜が小さく首を傾けた。
「……いや、なんでもない。ちょっと考え事してただけだから、気にしないで」
「そう……?」
そんな仕草は今まで通りに小動物っぽくて、なんとなくホッとした気分となる。
「……なるほど、伸び代があるって意味では有利って考え方もあるか」
顎に指を当て、何やら思案顔で呟く露華。
「露華ー? 服を買いに行く件、春輝さんにもう……」
次いでリビングに入ってきた伊織が、言葉を途中で切って目をパチクリと瞬かせる。
「あ、あのっ、春輝さんっ」
かと思えばススッと近づいてきて、春輝の隣に座った。
このソファは二人用で、既に露華が反対側にいるのに加えて白亜が膝の上に乗っているため、だいぶ手狭感が生まれる。
「露華から聞きましたか? 春輝さんのご都合がよろしければ、この後みんなで服屋さんに行ければと思うのですが……」
「あぁ、うん。露華ちゃんにも言ったけど、問題ないよ」
表面上は平静に答える春輝。
(それを言うだけなのに、なぜかわざわざこの距離に……!?)
勿論、内心では絶賛動揺中であった。
「そうですかっ! ありがとうございます!」
間近で伊織がニコリと微笑むものだから、尚更である。
「それじゃ二人共、出かける準備をしてきなさいな」
引き続き笑顔のまま、伊織が露華と白亜を促した。
「うん、お姉もね?」
同じく笑顔で、露華が立ち上がりながら伊織の腕を取る。
「私は、すぐに準備出来るし……」
「駄目。イオ姉のせいでハル兄を待たせることになったら申し訳ないし」
「むぐ……」
白亜の反論に、伊織の笑みが崩れた。
「……それじゃ春輝さん、準備をしてきますので」
そして、どこか名残惜しそうに立ち上がる。
「別に今日は他に何か用事があるわけでもないから、ゆっくり準備しておいで」
並んでリビングを出ていく三人の背に、そんな言葉送って。
「……ところでこれ、カードさえ渡しとけば俺が行く必要はなくね?」
今更ながらに気付き、そんなことを呟く春輝であった。
◆ ◆ ◆
とはいえ、春輝と一緒に行く気満々だった三人に「カード渡すから君たちだけで行ってくれば?」とも言いづらく。
結局、四人で出かけることになったわけだが。
彼女たちの案内に従って辿り着いた店に足を踏み入れる頃になって、ようやく春輝は自分の考えていた前提自体が間違っていたことに気付いた。
「春輝さん、これなんか如何でしょう? シックな雰囲気で、似合うと思うのですが」
「春輝クン、こっちにしようよ! まだまだ若いんだから、もっと冒険しなきゃ!」
「ハル兄、わたしはこれが格好いいと思う」
店内で開催されたのは、かつてを思わせるファッションショー。
ただし、今回のモデル役は他ならぬ春輝だったのである。
「あのさ……そもそもの話なんだけど」
どうやら、『服を買いに行く』というのは『春輝の』という意味だったらしい。
なるほど、それならば確かに春輝の存在は必須と言えよう。
ただ。
「どうして、俺の服を買いに行くなんて話になったんだ?」
わざわざ春輝の服を買いに来た理由が、わからなかった。
「はい、露華と白亜からの提案だったんですけど……」
と、伊織が二人の方に目を向ける。
「だぁって春輝クン、持ってる服がシンプルすぎなんだもぉん」
「ハル兄はもっとファッションに気遣うべき。大人の女性として、わたしがアドバイスする」
露華が呆れ気味に、白亜がドヤ顔で答えた。
「私としても洗濯する時に、春輝さんの私服がくたびれ気味なのがちょっと気になっていましたので……あの、ちょっとだけですけどね?」
伊織は苦笑気味に笑う。
「……確かにな」
春輝としては、一ミリも反論することが出来なかった。
長いこと仕事に忙殺され、最後に服を買ったのがいつだったのかもイマイチ思い出せない。
選ぶのが面倒だしファッションに興味もないので、買う時だって見るのはほとんど値段とサイズのみ。
基本的に無地なら問題ないだろう、というスタンスだった。
しかし。
(そうだよなぁ……一緒に歩いてる奴がダサいと、年頃の女の子として恥ずかしいよなぁ……ここは、『家族』としてちゃんと頑張らないとだな)
今の春輝は、かなり前向きな気持ちである。
「わかった、じゃあ悪いけど選んでくれるかな?」
とはいえ自分のセンスに自信など微塵もないため、丸投げする気満々であった。
「はいっ、頑張って選びます!」
「ま、ここはウチのファッションセンスに任せなよ」
「大人の女性の服選びというものを見せる」
なぜか三人もやる気満々な様子なので、両者の思惑は一致していると言えよう。
……なんて、考えている春輝には。
「ふっ……これでウチの選んだ服を着る度に、ウチのことを思い出すって寸法よ」
「ハル兄を自分好みに改造していく第一歩でもある」
そんな露華と白亜の呟きは、届かなかった。
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