第55話 対話と決意と
「……凄いね、二人とも」
自分たちの気持ちをハッキリ告げる妹たちを、伊織は眩しげに見つめた。
その言葉は、今だけのことを指しているわけではなく。
「そんなに、自分の気持ちで真っ直ぐで……」
先程のように、春輝に自分からアプローチしてく積極性。
それは、伊織にはないものだった。
「まー、ウチらはお姉と違って自爆してないし?」
「うぐ……!」
呆れたような口調の露華に対して、呻くことしか出来ない。
「というか、イオ姉の方こそ」
白亜の大きな瞳が、伊織の情けない顔を映した。
「あの時、わたしは凄いと思った。それこそ、あんなに真っ直ぐ告白するなんて、って」
「白亜……」
妹からの思わぬ言葉に、伊織軽く目を見開く。
「だからこそ、そこから日和ってヘタレたのにはがっかり」
「うぐ……!」
そして、続く言葉にやっぱり呻くしかなかった。
「つーかさー、なんでヘタレるかねー。あのままガチ告白いっときゃよかったじゃん」
「だって……」
あの時は、自分でもどうして誤魔化したのかイマイチわからなかった。ただ単に恥ずかしかったから……とは、違うとは思っていたけれど。
今になって改めて考えると、その答えもわかるような気がした。
「私は……今のままで、満足だから……」
春輝にとっての伊織が『子供』であることは十分理解しているつもりである。
きっと、彼は伊織のことを恋愛対象として見ていない。
それならば……『告白』なんてして、今の関係が壊れるくらいならば。
現状で、十分だった。
十分、幸せなはずだった。
こんな時間がずっと続けばいいと、願っていたくらいに。
「今のままで……」
にも拘わらずそう口にする時、胸がズキンと痛むのはなぜなんだろうか。
「ホントに?」
「本当に?」
妹たちに真っ直ぐ見つめられると居たたまれない気持ちになるのは、なぜなのだろう。
「……ウチはまぁ、お姉には……その……感謝、してるわけよ」
ふいに視線を逸らした露華が、そんなことを言ってくる。
「あの時……突然、家を追われちゃってさ。ウチ、正直頭が真っ白になって何も考えられなかった。お姉が『とにかく今日泊まれるところを探しに行こう』って手を引いてくれなかったら、きっといつまでもあそこに立ち尽くしてるだけだったと思う」
どこか照れ臭そうに、露華は自身の頬を掻いた。
「それだけじゃなくて……お姉が『お姉』してくれてるからこそ、ウチは馬鹿やってられるっていうかさ。だから、お姉には幸せになってほしいわけ」
「露華……」
珍しく真面目な調子の露華に、なんだか感動してしまって伊織は口元に手を当てる。
「……ロカ姉、本音は?」
「今のままだと、なんか中途半端だし? お姉がスッキリとフラれちゃった方が、ウチにもチャンス回ってきやすいかなって!」
「露華!?」
しかし白亜にの問いに対して露華が「てへっ」と舌を出したため、ちょっと感動的だった雰囲気はたちまち台無しとなった。
「……ハッ!?」
と、そこで露華は我に返ったような表情に。
「あっははー。ウソウソ、冗談だって。ちょっと芸人魂が疼いちゃっただけだから」
軽い調子で手を振る様は、もうすっかりいつもの彼女である。
「……ホントに、ノッてるだけなんだよね?」
伊織はそんな露華に胡乱げな視線を向ける。
「マジマジ、ウチの目を見てよ?」
と、露華は真面目な表情を形作って伊織をジッと見つめてきた。
「……確かに。ごめんね露華、疑って」
そこに真剣な色を見て取り、伊織は露華の言葉を信じることにする。
「……お姉、高い買い物する時はちゃんとウチらに相談してね? 特に、壺とか絵とか買う前は絶対だよ? 勝手に貯金使い果たしたりしちゃダメだかんね?」
「どういう意味かなっ!?」
そして、一瞬でその信頼は吹き飛んだ。
「ロカ姉、いい加減冗談はそれくらいにしておくべき。話が進まないから」
「……アンタねぇ」
ネタ振りをした当人である白亜の発言に、露華がジト目を向ける。
「わたしの要望は最初に言った通り、イオ姉がハル兄に対してギクシャクしている感じを改善すること。そのためなら、協力するのも吝かじゃない」
「お姉だって、今のこの状態が続くのを望んでるわけではないっしょ?」
「それは……まぁ……」
このままでは、恐らく遠からず春輝にまた気を使わせてしまことになるだろう。
それは確かに、伊織の望むところではない。
「でも、どうすればいいのか……」
とはいえ、それがわかれば苦労はないのであった。
「まぁ、カラダを使うのが手っ取り早いんじゃない?」
「か、カラダ!?」
露華の発言に、伊織の声は裏返る。
「おやおやぁ? 何を想像しているのかなぁ?」
「ボディタッチは、親密度を高めるのに有効。しばらく手でも繋いでれば、気まずさも軽減されるはず。仕方ないから、今回その程度は目を瞑ってあげる」
ニンマリ笑う露華と、したり顔で語る白亜。
「あ、なんだそういう……」
ホッとした気持ちで、伊織は頭の中に浮かびかけていたピンクな妄想を振り払う。
「お姉ってさ、結構ムッツリだよねー」
「な、なんのことかにゃっ!?」
内心を見透かされてしまっていたようで、語尾がにゃっとなった。
「だけど……うん」
次いで、一つ深呼吸。
「わかった。今のままじゃ、駄目だもんね」
妹たちに背中を押してもらった気分で、頷く。
その目を先程まで覆っていた迷いは晴れ、瞳には前向きな光が宿っていた。
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