世話好きで可愛いJK3姉妹だったら、おうちで甘えてもいいですか?

はむばね

第1章

第1話 社畜と制服と

「貴方が神ですか?」


 そんな風に聞かれた時、人はどう答えるか。


 は? と聞き返す。

 いえ違います、と素で返す。

 はいそうです、とネタで返す。


 人によって様々だろうが、今回その問いかけを受けた当人である人見ひとみ春輝はるきの答えは。


「……また?」


 で、あった。


 なぜならば、そう訊かれたのが今夜既にだったためである。


 春輝は、ここ十数分のことを思い出す。



   ◆   ◆   ◆



「うぃっく……はーチクショー! 行きたかったぞ小枝こえだちゃんのトークライブ!」


 中小IT企業に務める社畜である春輝はこの日の会社帰り、千鳥足で空に向かってそんな言葉を叫んでいた。

 今日は本来、新進気鋭の女性声優・葛巻くずまき小枝のトークライブに参加する予定だったのだ。

 春輝は彼女の新人時代からのファンであり、今日も最前列の席で見守る……はずだったのに。


「よりにもよって今日止まりやがるかよ、あの糞システム……!」


 自分が担当するシステムに障害が発生してしまえば、エンジニアとしては復旧を優先せざるをえない。

 結局障害対応は長時間に及び、退勤する頃にはトークライブなどとっくに終演している時間だった。

 ヤケ酒を呷るくらい許されても良いだろう。


「っとと……やべぇ、流石に飲みすぎたか……」


 しかし足がもつれて転びそうになるに至り、少しだけ自省する。


「ちょっと休んでくか……」


 酔い覚ましがてら、春輝はちょうど通りかかった公園へと足を踏み入れた。

 割と大きめの公園で、あちらこちらに人の姿が見られる。

 その中には、カップルの割合も多かった。


「はっ……三次に興味なんてねぇわ……」


 齢二十七にして独り身、現在彼女ナシの男は、負け惜しみ気味に吐き捨てながらベンチに腰を下ろした。

 春先の風はまだ少し冷たいが、酔いで火照った身体にはちょうどいい。


「こういう時は、小枝ちゃんの歌を聞くに限る……」


 スマホを取り出し、音楽プレイヤーアプリを起動。

 『小枝ちゃん』と表示されているフォルダを開く。

 碌な楽しみの無い日々の中で、彼女の歌声だけが春輝の癒やしであった。


「はぁ……なんかいいことねーかな……アニメみたいに、ビックリするような……」


 項垂れながら実に疲れた社畜オタクらしい呟きを漏らし、スマホに接続したイヤホンを耳に付ける──付けようとした、その直前であった。


「あの……お兄さんが、神……ですか……?」


 そんな風に、話しかけられたのは。


「……は?」


 呆けた声と共に、春輝はイヤホンを持った手を停止させて顔を上げる。


 目の前に、制服姿の少女が立っていた。

 あどけなさが多分に残るその顔立ちから、中学生くらいかと思われる。

 肩辺りまで伸びた髪は、黒のストレート。

 所在なさげに小柄な体躯を揺らす様が、何かに怯える小動物の姿を彷彿とさせた。


「えっ、と……? 今の、俺に言ったの……?」

 

 彼女の大きな目は間違いなく春輝に向けられており、その可能性が高いのだろうとは思ったが。

 そう、問い返さずにはいられなかった。


「……うん」


 果たして、少女は俯きがちながらもハッキリと頷いた。


(えっ、何、神? 宗教勧誘か何か? いや、だとしても「神ですか?」はおかしいだろ。なんだ、そういう遊び? まさか、俺から何かしらのオーラでも出てるのか?)


 突然の事態に混乱する頭の中で、そんなことを考える。


「……?」


 黙り込んだ春輝に疑問を覚えたのか、少女が首を傾げた。


「もしかして……神じゃ、ない?」

「う、うん、たぶん神ではない……と、思うけど……」


 尋ねてくる少女へと、曖昧に頷く。


「そっか……ごめんなさい、人違いでした」


 すると少女はペコリと頭を下げた後、踵を返して走り去ってしまった。


 最後に垣間見えた表情に、どこか安堵したような雰囲気があったのはなぜなのか。


「な、なんだったんだ……?」


 少女の背中を呆然と見送りながら、呟く。


「酔っ払いすぎて見えた幻覚とかじゃないよな……? ……もうちょい休んでくか」


 幻覚が見える程に泥酔している可能性も一応考慮し、春輝はベンチに腰を据え直した。


「小枝ちゃんの曲……は、今はやめとくか……」


 なんとなく気勢を削がれ、ぼんやりとスマホで適当なまとめサイトを見ること数分。


「やっほー、そこの一人で寂しそうなオニーサン。キミが神なのかな?」


 先程とは違う声で同じ質問を投げかけられて、春輝は再び顔を上げた。


 今度は、高校生くらいだろうか。

 明るいブラウンのミディアムヘア、着崩した制服に濃いめのメイク、初対面なのにやたら親しげな雰囲気……といった点から、春輝の脳裏に『ギャル』という単語が連想された。

 先程の少女は『可愛い』としか形容しようがなかったが、こちらは『美人』と称するべきだろう。


「いや、違うけど……」


 二度目ともなれば先程よりは幾分混乱も少なく、春輝はとりあえず否定を返した。


「あ、そなの?」


 すると、少女はぱちくりと目を瞬かせる。


 そんな仕草は、最初の印象より少し幼く見えた。


「ごめんごめん、じゃあ人違いだ」


 片手を手刀状にして、軽い調子で謝罪する少女。


「そんじゃね、オニーサン」


 ウインク一つ、手を振りながら去っていった。


「……流行ってるのか? それとも、この周辺には神が出没するって噂でもあるのか?」


 独りごちるも、勿論誰からも答えなど返ってこない。


「最近の若い子のことはわからんなぁ……」


 だいぶオッサン臭い呟きが漏れた。


「……なんか、むしろ酔いが余計に回ってきたような気すらするな」


 混乱が泥酔と混じり合い、まだ休んでいく必要を感じる春輝であった。

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