第9話(5)
二人は図書室を出て、すぐ下の階にある視聴覚室に向かった。
純は予め学園長から、許可と鍵をもらっていた。
ここなら壁に備え付けられた、大きなモニターがある。
動画を見るには、ここ以上にうってつけの場所はない。
入ってすぐ、純は全ての窓にカーテンを引き、再生機器の操作を始めた。
鳳佳は静かに教室中央の席に座って、待っている。
ものの数分で準備は終わり、再生機にディスクが呑み込まれた。
「すぐ始まるから」
言いながら、純が『再生』のボタンを押す。
やがて画面に映ったのは、幕の垂れたアリーナのステージ。
大勢の観客の騒めきが聴こえる。
劇が始まる、少し前の様子だ。
純は映像が見やすいように、室内の電気を消し、鳳佳の隣に腰かけた。
その時、チラリと彼女の顔を見る。
「…」
映像の光が反射した瞳は、じっと映像をみつめている。
純は無言で、目線をモニターに戻した。
ビーーーッ!!
画面の中から、けたたましいブザーが鳴って、幕がゆっくりと上がり始める。
壮大なBGMが流れて、夏子のナレーションが響いた。
『むかし、むかし、あるところに、小さな国がありました』」
幕が上がって、舞台上に見事な背景の絵が見えたとき、鳳佳は目を丸くして驚いた。
「美術部のヤツがクラスに3人いてね。 手分けして下書きして、色はみんなで塗ったんだ」
純が解説する。
やがて、主役の一人である王子──誠也が舞台に登場した。
「コイツが前に話した白石 誠也だよ。 案外、衣装が似合ってるでしょ?」
純がニヤッとしていうと、鳳佳はフフッと微笑んで頷き、パチパチと小さく拍手する。
次に、大臣四人衆の登場。
「コイツらは、いつも仲が良いおちゃらけ四人組。 それと、いま出てきた侍女は衣装係をしてた子で、裁縫が趣味なんだってさ。 その横の衛兵役の男子は親が大工で、大道具を作るとき凄くがんばってくれたよ」
次々に現れるクラスメイトを紹介する純。
(思えば、この劇やるまで、クラスのヤツらの事なんてほとんど知らなかったな……)
つくづく自分がクラスに馴染んでいなかったことを思い知る。
(こんなんで、よく『監督』なんてできたぜ……)
そんなことを思って苦笑いしていると、ついに侍女二人を従えて、ある人物が現れる。
「──!!」
鳳佳が、思わず画面を指差す。
純白のドレスを着た、『お姫様』の登場だ。
画面からも、観客の大きな拍手や歓声が聞こえる。
舞台上では、緊張していて気付かなかったが、誠也たちの言っていた通り、本当にウケは良かったようだ。
女子からは声援が、男子からは爆笑が起きている。
「…!」
さきほどからずっと、鳳佳は落ち着きなく、満面の笑顔で画面と純を交互に見ている。
「…!!」
声が無くても分かる。
彼女の行動は、称賛の気持ちで溢れていた。
「わかった、わかったよ、鳳佳。 ありがと」
複雑な気持ちと苦笑を浮かべて、純が鳳佳に応えた。
それからしばらく、鳳佳は画面に映る純の姿を見つめていた。
余程感動したのか、ぼーっと見惚れているその瞳は、いつもより潤んでいるように見える。
それは、ゆらゆらと画面の光が反射してみえるほど。
「…」
やがて、画面から目を離した鳳佳が紙と鉛筆を手繰り寄せた。
“すごい みんなほんとうに すごいな”
書かれた文章を見て、フッと純は笑った。
「そう思ってもらえたなら、アタシも頑張って
彼は本心から、そう思っていた。
そもそも、自分はその為にこれまで多くの時間を費やしてきたのだから。
「……」
──だからこそ、この先に待ち受ける結末が、彼には辛かった。
時折、クラスメイトの紹介や舞台裏の話を交えつつ、映像はエンディングへと向かっていく。
怪盗の登場──
王子との対峙──
全員でパレード──
姫に対する王子の告白──
そして、二度目の襲撃──
画面の中、薄暗い舞台の上で、王子と怪盗が再び向かい合っている。
張り詰めた緊張に、観客は誰一人として物音を立てていない。
「『彼女だけは渡さない! キサマが何者であろうと!!』」
誠也がそう叫び、剣をかざして走り出した。
最後の決闘のBGMが流れ、息ぴったりの二人が、流れるように舞う。
袈裟切り──横薙ぎ──斬り上げ──平突き──……
王子の掛け声と、二人のマントのはためく音が鳴り響く。
殺陣が節目に差し掛かる度に、客から歓声と拍手が湧き起こった。
純自身、こうして傍から観て初めて、あの練習時間でよくここまで出来たなと思った。
やがて、怪盗に王子の蹴りが炸裂し、それを見た鳳佳がビクッと体を震わせた。
BGMが徐々にフェードアウト……戦いが終わりに近いことを知らせる。
(……)
純は無言で眉間にシワを寄せた。
ドクン…ドクン……
心臓が痛いほどに揺れる。
画面の中、怪盗に飛びかかって、王子が一閃──
──カッ!!
乾いた音。
怪盗の白い仮面が吹き飛ぶ。
観客席から、悲鳴と
そして、水を打ったような静寂が訪れる。
カンッ……カラン……カラカラカラ……
仮面が舞台上を転がる音。
静かなアリーナには、それが一際大きく響いた。
「……」
純は鳳佳の顔を見た。
「姫っ!!──あ…!」
誠也が叫んでしまった。
慌ててマントで露わになった自分の顔を覆い、純は誰にも見えないように、目を閉じて眉間にシワを寄せた。
(最……悪……)
今の誠也の発言が、一瞬で最大最悪の問題となってしまった。
誠也が咄嗟に叫んだ『姫』とは、もちろん役のことではなく、純自身のことだ。
ところが、観客からすれば、『姫』
つまり、配役の上では、確かに『姫』と『怪盗』を同一人物が演じていたが……
今のたった一言で、劇中の『姫』と『怪盗』までもが、
…………
アリーナは、誰一人として喋らない。
食い入るように、全員が舞台上の次の展開を待っている。
純は必死に考えた。
(待て待て待て、どうする……クソッ、考えろ考えろ考えろ、考えろッ……!)
チラリと誠也の方を見てみると……
血の気の引いた青い顔で、叫んだポーズのまま硬直している。
…………
誰も、何も言わない。
これ以上、静寂が続けば、さすがに観客は奇妙に思うだろう。
(ああ……クソッ!……やっちまった……まさかこんなヘマするなんて──!)
頭の中で、今までの練習が走馬灯のように再生される。
一緒に練習してきた誠也や夏子、衣装を作ってくれた女子たち、舞台装置を作ってくれた男子たち。
そして、──
(……鳳佳)
その瞬間──!
ズキンッ!!
「痛ッ!」
純の頭に強烈な痛みが走った。
そして、それが引き金であったかのように、劇のあらゆる
(……ぐっ!……なん…だ……いったい?)
ズキズキと痛む頭の中で、いくつかのセリフが大きく、ハッキリと反響した。
──『姫!昨晩、城の中に賊が忍び込みました!』
──『外界に出られるのは、年に一度、明日のパレードの日だけなのです』
──『姫、あなたは……あのコソ泥に心惹かれている』
──『彼は悪い人ではありません! ただ誰にも理解されず、協力者もなしに、この世を変えるには闇に溶け込むしかなかったのです!!』
──『なぜそうだと言えるんだ?! 君はヤツに
始まったのと同様に、突然、フラッシュバックは治まった。
(なんだ……今の……?)
高速で逡巡した思考は、時間にして1秒にも満たないものだった。
それが終わった純は──説明できないが、なぜか、全てが上手く繋がった気がした。
そして、気付けば自分の口から、無意識に思わぬセリフが零れ落ちていた。
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