第9話(3)


“それぞれの思惑が 交錯するお話にしたかったの”


“自らの正義を内に秘めた『闇の存在』”


“正義の名の元に 多くを欺く『光の存在』”


“前者は言うまでもなく怪盗のことね 追われながらも義賊として 人々を救う影の存在”


“後者は王族のこと”


“強大な力を持ちながら 後ろ暗い物事から目を背けようとする人達”


“お姫様はそんな王族に疑問を持っている 王子も疑問を持っているけど 王には逆らえないし 怪盗を支持するわけにもいかない”


“ましてや怪盗は自分の大切な人を狙っている”


“彼が怪盗と対峙する目的は 『奪われたくないから』”


“ただそれだけ 彼の中では きっと国も民も正義も どうでもよくなっていたの”


“『お姫様が好き』という ある種のエゴで行動している”


“お姫様も 王族でありながら 何もできない自分と違って 『自らの正義』を貫く怪盗に 知らず知らず惹かれている”


“こうして それぞれの思惑をもった人達が 終盤に向かっていく”


“この物語の結末は────











──カン!カン!カン!カン!


騒がしい鐘の音が聞こえる。

またも、照明は赤とオレンジ。

しかし、前回よりも色は強い。

役者の顔まで、真っ赤に照らされるほどだ。

「『衛兵!城内の守りを固めろ!火事に惑わされるな!』」

大声を張り上げて、右往左往する大臣達。

「『しかし、城以外にも、町の至る所で火の手が……!』」

衛兵が大臣に駆け寄る。

「『かまうな!城内の消火を優先しろ! 姫の安全が第一じゃ!』」

「『で、ですが……』」

「『命が聞けぬのか?! さっさと行け!』」

「『は、はいっ!』」

「『怪盗め……どうやって、こんな大火事を』」

大臣の一人が、怒りに口調を荒げる。

「『悪魔なんじゃ……やはり、やつは闇から生まれた、悪魔そのものなんじゃ』」

情けない声で、もう一人の大臣が震える。

「『わ、わしは、もしものために避難経路を確保してくる!』」

さらにもう一人の大臣が、駆け足でその場を去って行った。

「『あやつめ、自分一人だけ逃げるつもりじゃ』」

最後の一人の大臣が、やれやれと首を振る。

「『衛兵はどうした? 一人もおらんのか?』

「『全員消火に回ったよ。 前回の火薬庫のみならず、今回は城の至る所が燃えとる。 果たして、一体どうやったのか…』」

「『姫は無事じゃろうか?』」

「『心配ない。 兵はおらずとも、王子が寝殿の前に張っておる。 あそこを抜けねば、中には入れんよ』」

再び、照明がゆっくりと消えていく。

やがて辺りは真っ暗になり、その中を役者達が各々舞台装置を持って、袖に下がる。

物語は、いよいよ 最終局面クライマックスだ。











再び照明がついたとき、舞台上には何も残されていなかった。

青白い照明の月明かりが、ぼんやりと白いマントを纏った男を浮かび上がらせる。

腰に金のつるぎを携え、腕組みしたまま仁王立ちする王子。

その目は、じっとどこかを見つめている。

そのうちに、王子の見つめる向こうから、まるで闇がそのまま蠢いているかのように、黒いマントをなびかせて怪盗が現れた。

「『来ると思っていた』」

王子が柄に手を掛け、剣を引き抜く。

「『……』」

それに応えて、怪盗も剣を抜いた。

「『こうもたやすく、町も城も混乱に貶めるとは。 悪魔だって、もう少し優しいだろうな』」

王子の鋭い目線が、怪盗を射抜く。

「『まぁ、キサマが何者だろうと、わたしには関係ない。 この際、はっきりここに言っておこう。 国も、民も、立場も、もはやどうだっていい。 キサマの好きにすればいい──だが……!』」

ビュン!と剣を一振りして、王子が構えを取る。

「『彼女は──彼女だけは渡さない! キサマが何者であろうと!!』」

王子が斬りかかる──

互いのマントが、バサッ!と音を立てて揺れた。


これが、最後の決闘だ。








(──これで……ラスト!)

怪盗の仮面の下で、純は気を引き締める為に、息を吸い込んだ。

向かってくる誠也を凝視し、タイミングを計る。

(まずは袈裟切り──)

誠也の袈裟切りを、ギリギリのところで体を逸らして避ける。

(次は横薙ぎ──)

横薙ぎの一閃は、体を屈めることでくぐり抜ける。

(オレの斬り上げを誠也が防御──)

下から上がってくる斬撃を、誠也が受け止める。

(一度引いて、平突き──)

誠也の放った突きが顔面に迫ってくる。

斬撃に刃を当てて、その軌道をそらす──

(よっと!!)

そのまま彼の横を、側転して移動。

キュッ!と床を踏みしめて、再び対峙する二人。

(くっそ……! この仮面、マジで息がしづらい!!)

汗が滝のように、頬を伝っていくのがわかる。

アリーナには冷房が効いているが、緊張で体温は上気し、おまけに纏ったマントが、熱を溜め込む。

ハァハァと自分の吐く息が仮面にぶつかる音で、聴覚はかなり鈍っていた。

(……休んでる場合じゃねぇ──次の攻撃が来る!)

誠也が駆けだしたのを、視界の端で確認する。

元怪盗役の生徒が言っていたとおり、視界はかなり狭い。

(また袈裟斬り……!)

刃を当てて、防御する。

(オレが反撃ッ!)

純の返し斬りを誠也が防御。

(誠也の下段斬り!)

純は飛び退いて、それを避ける。

(オレが脳天に振り下ろして──)

誠也が防御し、

(オレが蹴りを喰らう……!)

腹筋に力を入れて、蹴られる準備をする。


ドスッ!


鈍い音と衝撃。

自分の身体が宙を舞い、舞台上に叩き付けられる。

(……ぐっ!!)

呻き声を噛み殺して、ユラユラと立ち上がる純。

いくら演技と言えど、感覚は本物だ。

(くそっ、誠也のヤロー……本番でテンションが上がったのか? 割とマジで蹴りやがった…)

お互いに、肩で息をしている。

もう演技ではなく、本当の息切れだ。

(まさか、本番がこんなにもキツイとはな!!)

ぐっと歯を食いしばり、自分を奮い立たせ、もう一度、誠也に立ち向かう。

(けど、あと少し……あと少しで終わりだ……! 次の斬り上げを──)

純がそう思った。

その瞬間──!


ズキンッ!!!


(ぐぁっ!!)


電撃のような激痛──……

この感覚には覚えがある……。

──鳳佳とバスケしたときに感じた『アレ』と同じだ。

(嘘──だろ…こんなときに……)

身体が全く動かない。

しかし、もう誠也は間合いを詰めてきている。

純には、彼の動きがスローモーションに見えた。

(クソッ!! 斬り上げが来る──)

全神経を集中させ、必死に身体を斬撃から遠ざける──

胴体は避けることができた。

しかし、剣先が眼前を掠めたとき──ほんの僅かに、顔を逸らすのが遅かった。


カッ!!


乾いた音がして、観客席から悲鳴が上がった。


カンッ……


カラン……


カラカラカラ……


舞台上に転がる怪盗の仮面。

誠也の剣が、純の仮面を斬り飛ばした。

「姫っ!!──あ…!」

さらに悪いことに──静寂の中、うっかり誠也がそう叫んでしまった。

(最……悪……)

マントで自分の顔を覆った純は──その下で目を閉じて、眉間にシワを寄せた。



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