第5話(6)
一人取り残された純は、気を落ち着ける為に改めて周りの客を見渡した。
たまに人集りから、小さく歓声が上がる。
どうやら、そこかしこに著名人がいるらしい。
今も目の前のテーブルにいる外国人の男性が、何やらいろんな人から脚光を浴びているが、純は男性がどういった人物か知らないし、興味もなかった。
(今、この場に琴乃がいれば、アイツは興味津々だったかもな)
そんなことを思って、何気なく、目線を少し移した時──……
「……?」
突然、妙な感覚に襲われた。
それは、少し離れたテーブルの向こうにいる女の子と、一瞬目が合ったときに感じられた。
「?」
その子の顔には、全く見覚えが無かったし、目線が交差した瞬間、彼女はすぐに自分から目を離したので、知人でないことは確かだろう。
……だが、なんとなく、今まで彼女に、じっと見られていたような印象を受けた。
(やっぱり慣れてない服装のせいで、意識が過敏になってるのか……?)
再び、自分の居住まいを見直す。
だが、一度そう思うと、なんだか誰もが自分を見ている気がした。
(……あ〜、はやく戻ってきやがれ、琴乃~!)
居心地の悪さを抱えて、純が地団太を踏んでいると──
『御来場のお客様方、本日は当式典にお越しいただき、誠にありがとう御座います』
場内にアナウンスが響いた。
『まもなく、当主様の御登壇に先立ちまして、支援会会長からご挨拶がございます──』
この言葉に、今まで壁際や出入口付近にいた客達が移動を始め、ざわざわと集まってくる。
(うっ……、巻き込まれると、琴乃とはぐれちまうな)
慌てて、押し寄せる人の波に逆行する純。
しかし、会場の薄暗さもあって、ハイヒールを履いた状態では、思うように動けない。
その結果──……
「わっ!」
「きゃあ!」
あふれる人の中で、突然飛び出してきた小柄な中年の女性を避けようとして、純はバランスを崩した。
「あぶね……」
柔らかな絨毯に膝をつき、眉間にシワを寄せる。
「大丈夫かね?」
周りの大人たちが、純に手を伸ばし、助け起こそうとする。
「す、すみません、大丈夫です」
あまり目立ちたくないので、純は顔を見られない様に俯いた。
すると、助け起こした男性が、おもむろに純を指差す。
「君、耳飾りが片方無いぞ?」
「え?」
そう言われて、慌てて左耳を触ってみると──……本当だ。
磁石で留めるタイプだったので、転んだ衝撃で外れてしまったらしい。
(困ったな、借り物なのに……)
薄暗い中、床を見つめて、キョロキョロしていると──
「お嬢さん、こちらですか?」
誰かが自分に、耳飾りを差し出してきた。
見ると、留め具も一緒に見つけてくれたようだ。
「よかった。 ありがとうございます。 失くしたらどうしようかと──」
ホッと安堵の表情で、純は拾ってくれた男の顔を見る。
「……あっ!?」
純の微笑みが一瞬で凍りついた。
先ほど、昭夫を見かけたときは耐えたのだが、今度ばかりは、口を突いて声が出てしまった。
慌てて自分の口を手で塞ぐも、もう遅い。
「……やっぱり。 僕の見間違いでは無かったようだね」
サッと長髪を掻きあげながら、白いタキシードの襟を整え、赤いネクタイを直す男。
口端で浮かべる微笑には、見覚えがあった。
(勘違いバスケ男!!)
火憐にジャージを返す際に訪れた虎賀美高校で、純に勘違いのナンパを仕掛けてきた、あの男子生徒だ。
ヒクヒクと純の顔が引きつる。
できれば、こんなところで会いたくもない相手だった。
(てゆーか、なんでコイツがこんな所に!?)
純の頭の中で、そんな疑問がぐるぐると駆け巡る。
「ここで会えたのは何かの『縁』かな? 僕としては、それが『赤い糸の導く縁』だと思いたい」
未だこの男子が、純を女の子だと勘違いしているのは、不幸中の幸いか。
「ジャージでバスケに打ち込む君も良いが、今夜のドレスもよく似合ってるよ」
「どーも、ありがと」
女性を演じ続けて純は答え、
「アンタも、虎賀美のユニフォームよりも、嫌味ったらしいそのタキシードの方が、断然似合ってる」
と、痛烈な一言を放つが、男子生徒には全く通用しなかった。
「この前は突然、君がいなくなってしまったから、連絡先も聞けず、残念だったよ」
彼のセリフに、べーっと舌を出す純。
「確か、お互い、まだ名乗っていなかったよね」
スッと握手の為に右手を差し出す男子生徒。
「僕は
彼がまだ喋っている途中で、差し出された手をパシッ!と弾き、純は冷たく言った。
「悪いけど、アタシはアンタになんて興味ないから」
サッと踵を返し、その場を早々に立ち去ろうとする。
「──君は今日、『誰に』招待を受けたんだい?」
その背中に向けて、完斗が問いかけた。
「……」
純は思わず、足を止める。
「どういう意味?」
振り向いて聞き返すと、
「今日は、よほど王城に
肩の位置で両手を広げる完斗。
「だから君がいったい誰から招待を受けた、どこの人なのか、
パチッとウインクする。
ゾッと寒気を感じている純に、彼は続けた。
「知ってる? 過去には招待状を偽装して、会場に紛れ込もうとした輩もいたんだよ」
彼のセリフに、ピクリと純の眉が反応する。
完斗は微笑みながら、首を傾げた。
「君は確かに、ちゃんと招待されたんだよね?」
「……紳士的な態度をとってる割に、強引だね」
純は冷ややかな笑みを浮かべると、腕組みしてそう吐き捨てた。
「だから、気になって聞いてるだけだよ」
不敵な笑みを絶やさず、髪をかきあげる完斗。
純は、黙って思考を巡らせた。
(これ以上、このサラサラヘアーにここで騒がれても、今のオレには琴乃もいないし、面倒なことになりそうだな……)
目を閉じ、一度、冷静になろうと努める。
(──ここは正直に言うしかない)
溜息をついて、純は口を開いた。
「アタシ、王城家の『娘』と友達なの。 今日はその子に招待してもらって……」
純の説明に、完斗の表情が固まる。
「……王城家の──『娘』?」
茫然と呟く彼に、純はハッとした。
(あ、そうか! 『男』のコイツじゃあ、鳳佳に会ったことすらないのか……!)
自分が咄嗟に適当な事を言っていると思われては困るので、純は慌てて釈明した。
「あ、あの、アタシと同い年の女の子で、アンタはもしかして知らないかもしれないけど──」
その途中、
「まさか──」
と完斗が小さく呟く。
「嘘じゃなくて、本当にいるの。 名前は王城──」
必死に説明する純。
「「鳳佳」」
──……。
純と完斗の声が重なって、その名を呼んだ。
「……」
しばらく黙ったまま混乱する二人。
「知って……いるのか? 鳳佳を……?」
さっきまでのキザな笑みが嘘のように消え、完斗が呆然とその場で立ち尽くす。
「それはこっちの台詞だ……なんでだ? アイツに男の知り合いはいないはずだろ……?」
純も同じく、余裕を失って、口調が『男』に戻りかけた。
すると、突然──
「いつだ!?」
完斗が純の元へと詰め寄った。
露わになっている彼の両肩をしっかりと捕え、声を上げて尋ねる。
「いつだ!? 君はいつ、どこで鳳佳と会った?!」
あまりの勢いに、純は面食らって
「どこでって……」
純がそう呟くも、完斗の勢いは止まらない。
「鳳佳は──鳳佳はどこにいる?!」
彼の目に、まるで純は映っていないかのようだった。
「やめろ……放せって……!」
顔をしかめて、純は訴える。
「頼む、教えてくれ!!」
「
純の肩を強く握っていたせいで、完斗の爪が、その肌に食い込んでいた。
「お、お客様。 落ち着いてください。 どうかされましたか?」
二人は気付いていなかったが、彼らのやり取りは、ちょっとした注目を集めていたようだ。
そして、ついに見兼ねたボーイが止めに入ったところだった。
「……いや、すまない。 もう大丈夫だ。落ち着いた」
両手を挙げて、無抵抗をアピールする完斗。
そのまま、純には目もくれず、くるりと踵を返す。
「おい、待ちやが──じゃない──待ってよ!」
離れていく彼を咄嗟に呼びとめる純。
「アナタ──何者なの?」
「すまなかったね、お嬢さん……もう二度と、あんな真似はしない」
問いかけには答えず、後背を向けたまま手を振り、完斗は去っていった。
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