第3話(11)

 学園からの帰り道──。

浴衣から私服姿に戻った純は、夏子の住むマンションまで、彼女を送り届けた。

「別にいつもの所までで、よかったのに」

「時間も遅いからな、念のためだ、念のため」

すぐに踵を返し、彼女の元を去っていく純。

「気を付けて帰ってね、姫ちゃん。 おやすみなさい」

「ああ、またな」

ヒラヒラと背後の夏子に手を振りながら、純は再び歩き出す。

彼の自宅までは、ここから歩いて十数分程度の道のりだ。

昼間から夕方にかけては、人通りがそれなりにあって賑わうのだが、夜になると、途端にひっそりとした雰囲気になる。

特に今、彼が歩いている道は、周りに小さな神社しかないなので、夜間は、ほとんど人が通らない道である。

少々気味の悪い道だが、慣れている純は気する素振りもなく、スタスタと歩いていく。

ふと、携帯からメールの着信を知らせる音が鳴り、取り出して見ると、鳳佳からの初めてのメールが届いていた。

早速、彼女が連絡してきたらしい。

「? なんじゃこりゃ」

おそらく、初めて個人的なメールを打ったのだろう──

「長ッ!」

純が思わず口走った。

その内容は、今日の花火のお礼をから、“自分の浴衣を褒めてくれた”という小さな所まで、たくさんの『感謝』で始まっていた。

途中、花火について触れるところで、

“『金属の炎色反応』を利用して発火の色を自在に変えてるんだね”

という、彼女らしい分析が入り、

“気になって調べたんだけど 花火は歴史もかなり古くて その昔 敵陣を火の海にする火計に用いられたんだって”

という、なんとも物騒な話が始まった。

「……」

“起源は諸説があるけど 火薬を発明した中国が最初だってする説が有力みたい その後はヨーロッパでイエスズ会が祝砲に用いられるようになって──”

「……論文でも書くつもりか?」

純が呟く。


──その時だった。


「おい」


突然、誰かが純に話しかけて来た。

いつの間にか、純の目の前に誰かが立っている。

純の視線が携帯の画面から離れ、その人物を見上げる。

知らない男だ。


──バキッ!!


突然、男は拳を振りかぶったかと思うと、純の顔面を殴打した。

衝撃で、純が数歩、後退する。


「……!」


突然現れ、いきなり彼を殴りつけた男が──驚いて、目を見開いた。

間違いなく、彼は純の横っ面を捉えたはずだった。

しかし──純は咄嗟に左腕で、しっかりと防御していた。

(今のパンチに反応しやがったのか?)

驚いている男を、鋭い眼で睨みつける純。

さっきまで、携帯を見ていた時とは、別人のようだ。

「俺の弟に恥かかせた『女みてーな男』って、お前だろ?」

男は順を見下ろして、そう問いかける。

優に、頭ふたつ分は差がある。

「知らん」

短く返して、純は男の風貌を確認する。

大柄な体躯と、それを包むオーバーサイズのズボンと、英字の書かれた派手なTシャツ。

頭は坊主で、虎の刺繍が入ったバンダナを巻き、耳と鼻、眉の上、下唇にそれぞれ銀のピアスをしている。

過去に見た覚えはない。

「知らんわけねーだろ。 他にも、ダチで同じように恥かかされた奴がいんだよ」

バンダナの男がそういうと、夜の暗がりからゾロゾロと、三人の男たちが現れた。

「ああ、ぜってーコイツだわ! 忘れねー顔だもん」

「顔面ボコボコにしてさぁ、二度と間違われねぇようにしてやろーぜ!」

「サンセー!」

逃げられないように、純の周りを取り囲む男たち。

純はバンダナの男に言った。

「どいたほうが身のためだぞ」

険悪な物言いに、男が鼻で笑う。

「フン!……──嫌なこったッ!!」

一気に純との間合いを詰める。

それを合図に、次々と男たちが、純に躍りかかる。

「ああ、そう──」

純が呟いた。

「──どうなっても、知らないからな」

次の瞬間──。

バンダナの男の視界から、一瞬にして、純が消えた・・・

「!?」

驚く男。

「どこにいきやがっ──」


ドン!!


重い音がして、男の視界が激しく揺れた。

衝撃で目の前がチカチカと明滅する。

一瞬で身を屈めて、男の懐に入った純が、下から勢いよく顎を蹴り上げた。

「ぐ……がっ…!」

呻き声をあげ、ヨロヨロとバランスを失いかけながらも、倒れないように大股で男が後ずさりする。

なんとか、純を捕まえようと手を伸ばす──

だが、またも、純の姿が無い。


「ぎゃっ!!」


不意に、バンダナの男の後ろにいた、別の男が悲鳴を上げた。

振り向くと、すでにその男に、純が飛びかかっている。

(な…! いつの間に──)

混乱する男。

しかし、彼の周りの者たちには、わかっていた。

純は蹴りを喰らわせてすぐ、バンダナの男の大股をくぐり抜けた・・・・・・

蹴りの衝撃で、視界が揺れていた本人は、それに全く気付かなかったのだ。

「くそっ!」

必死で彼を追いかける。

純は横目でそれを確認し、目の前の男の腕を捕らえる。

「ッ! いでででで!!」

関節技で、曲がらない方向に腕を曲げられ、痛みに悲鳴を上げる男を、純は向かってくるバンダナの男めがけて、強く押し出した。

「! おい、邪魔だ!どけ!」

男が仲間に叫んだ。

次の瞬間──


バキッ!!


「ぐがっ!?」

またしても、男の視界が激しく揺れる。

純は、押し出した男の背中を踏み台にして宙に跳ぶと、向かってくるバンダナの男の側頭部に飛び蹴りを入れていた。

「こいつ!ちょこまかと!」

また別の男が迫ってくる。

着地した純に向かって、殴りかかろうとするが、純はそれを完全に見切って、逆に男の拳を蛇のように絡め取り、突進してくる相手の勢いを利用すると、そのまま腕を引っ張って投げ飛ばした。

「おわぁっ!!」


ドスンッ!!


まさか、自分より小さな相手に投げられると思っていなかった男は、硬いアスファルトに背中から落下した。

「お前ら複数でったことねぇのかよ! 前後で囲め!」

残った一人に、バンダナの男が叫ぶ。

指示に従って、もう一人が純の背後に回る。

「……」

純は、黙ったまま、その場に立っていた。

「オラァ!!」

声を上げて、前後から同時に躍りかかる二人。

これでは逃げ道が無い──

(もらったぁッ!!)

ニヤリとバンダナの男が笑った。


ドガッ!!


──……一際、大きく鈍い音が、辺りに響いた。




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