第3話(3)

 月明かりの下、一人、アスファルトを見つめながら、純は帰路に着いた。

その顔に表情は無く、ただ、ぼーっと一点に視線を留めている。

「……」

ふと彼の脳裏に、男性に怯える鳳佳の姿が蘇った。

「……はぁ」

顔をしかめて、溜息をつく。

(オレの考えが甘すぎたな……)

桜井学園長は彼に“責任は無い”と言ったが、一人になると苛む対象はやはり自分になった。

小さな後悔が時間と共に大きく胸を搔きむしる。

純は眉間にシワを作って、拳を握り、その痛みを鎮めた。

ふと、握った掌に食い込む、袋の紐に目が行った。

「あ、そうだ」

(コレ、冬月に返さないとな……)

おもむろに携帯を取り出し、今日、登録したばかりの『冬月 火憐』の項目を探す。

通話を押して、受話部分を耳に当てた。


「……」


呼び出し音が数回鳴る。

しかし、向こうが出る気配はない。

休み期間中の学生にしては少し早い気もするが、既に寝ている可能性も十分にあり得る時間だ。

(まぁ、いいか)

そう思って、純は回線を切ろうとした。

その時──。

“は、はい! 冬月です!”

少し慌てたような声で、受話器の向こうで火憐が応えた。

「ああ、オレだけど、急に悪いな。 もしかして、寝てたか?」

純が尋ねる。

“ううん! お風呂に入ってたら、お母さんが電話鳴ってるって教えてくれて…──”

「ふーん……」

一瞬、純は“じゃあ今どこで電話に出てるんだ?”と思ったが、それを尋ねる前に、火憐が話を振ってきた。

“それで、なに? どうかしたの?”

「ああ、借りてたジャージなんだけど、すぐにでも返そうと思ってさ。 明日とか暇か?」

ジャージ袋を吊り上げながら、純が聞く。

“あ~……ごめん。 実は明日、部活の試合で……”

沈んだ声で、火憐が答えた。

ん?と純は首を傾げる。

「試合って……それジャージ、要るんじゃねぇの?」

少し心配そうな彼の疑問に、慌ててフォローする火憐。

“大丈夫! ユニフォームはあるから!”

しかし、なおも純は疑問を投げかける。

「いや、それはそうだろうけど、試合中に身体を保温するのに、要るんじゃねぇのか?」

この指摘に、焦ったように彼女は答えた。

“あ~……、大丈夫! わたしの身体、冷めにくいから!”

なんだそりゃ?と、怪訝な顔をする純。

「明日の試合、どこでやるんだ?」

“え? 虎賀美こがみ高校だけど…?”

『虎賀美高校』とは、龍嶺学園と並び、この辺りでは、優秀校な高校の一つとされている。

どちらも歴史ある学び舎として、古くから、お互いをライバル視していることで有名だ。

ちなみに、『学力』で名を馳せる龍嶺学園に対して、虎賀美高校は数々の『部活動』の功績で有名だ。

(あー、虎賀美か──)

純は数秒考えを巡らせ、

「──じゃあ、明日オレ試合観に行くわ」

と、軽く言った。

その一言に、一瞬の間をおいて、火憐が驚く。

“えぇ?! い、いいよ!そんなの! ホントにジャージなんて、無くても大丈夫だから!”

何をそこまで遠慮しているのか、疑問を感じつつ、純は言った。

「別に苦になるわけじゃない。 『強い』って有名な虎賀美の女子バスケも、ちょっと興味があるんでな。 ついでに見ていきたいんだ」

この台詞に対し、なおも火憐は食い下がる。

“で…でもっ……夕方は? 試合が終わってからとかじゃダメ?”

しかし、純は首を横に振る。

「悪いな。 夕方は用事があるんだ」

“え~……”

火憐が落胆の声を出す。

ここまでの反応を聞いて、純は率直に尋ねた。

「なんだよ? なんか見られてマズイことでもあんのか?」

彼の問いを慌てて、否定する火憐。

“いや、そんなのないけどっ!……でも、…その…カ…シでも…ない…に…みんな…いる…ま…で…”

後半部分になるにつれ、どんどん尻すぼみになる彼女の声を、純はほとんど聴き取れなかった。

「なんだって??」

眉間にシワを作って、大きな声で聞き返す。

“な、なんでもない!”

火憐は結局、そう誤魔化した。

「よくわかんねぇけど、とにかく明日な」

純が確認すると、

“あ、あの、たぶん、12時くらいにアリーナの外でなら、会える時間あると思う”

慌てたように、時間を指定する火憐。

「わかった」

“ぜ、絶対に、アリーナの外で待っててね!”

執拗に念を押す火憐。

しかし、純は言った。

「いや、だから、オレ、試合が見たいし…──」

“じゃあ、二階の観客席から、人目につかないように、こっそり見て!お願い!!”

突然、圧倒するような強い語気で言われたので、純は驚いて、思わず携帯を見た。

「お、おう…」

たじろいだまま、生返事する。

「それじゃあ、明日な」

そう言って、通話を切ろうとすると──

“あ! ねぇ、待って!”

火憐が再び呼び止めた。

「ん?」

もう一度、純は携帯を耳に当てる。

“あ、えっと──電話、ありがと…”

「……??」

火憐の言葉に再び怪訝な顔をする純。

「“ありがと”って……、オレから一方的に掛けたんだけど──」

相変わらず、眉間にシワを作ったまま、彼が言うと、

“ごめんね! やっぱり、なんでもない! おやすみ!”

突然、そう言い残し、電話が切れた。

暗くなった携帯の画面を見つつ、純はポツリと呟いた。

「変なヤツだな……」



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