第3話 ピカデリー 中編

 僕を含む11人の乗客とコンシェルジュの2人を乗せたバスが、ディバインキャッスルへと向かう。


 僕は自分に課せられた任務を再確認するように、先日のことを思い出していた……


 ――――


 ディバインキャッスルへ行く日の直前に、僕は興信所内にある一室に呼び出された。


 そこにはあの日所長室で顔を合わせた男――早乙女信之さおとめのぶゆきの姿があった。あの日から約3ヶ月ほど経過していて、彼に会うのはこれで2回目だ。


 彼は、『対特別犯罪捜査室』と呼ばれる、警察内に存在する極秘チームのリーダーだった。


 そのチームの存在は警察内でも極々一部の人間にしか知られておらず、主な任務は警察が関わっている、あるいはその疑いがある犯罪の捜査とのことだ。


 僕は早乙女さんに向かい合う形でソファに座った。


「こんなところに呼び出して悪いね。これから話すことは誰にも聞かせたくない話だったから、ここの所長にこの部屋を用意してもらった」


「なるほど」


「まず最初にアセンブルについてだ――」


 アセンブルとは非合法な薬の名称で、一応覚せい剤として扱っている。


 なぜなのかというと、成分的には覚せい剤とほとんど変わらないらしいのだが、その作用がかなり特殊なのだそうだ。


 警察でもその全貌が明らかになっておらず――だからこその今回の調査だ――今のところは覚せい剤として扱っていると早乙女さんは語った。


 そして、彼がその話をするということはつまり、『アセンブル』にまつわる事件には警察内の人間が関与している疑いがあるということだ。


 現在アセンブルを扱っているのは『叛逆する者たちレイブンズ』と呼ばれる組織のみ。


 アセンブルは特殊な製法で作られているらしくそのレシピは不明。ゆえに事件の影にその存在が認められればそれすなわち『叛逆する者たちレイブンズ』の犯行であると一発でわかる。


 そして……殺さた先生の体内からアセンブルと思われる成分が検出されたのだそうだ。つまり、先生と3人の警官を殺したのは『叛逆する者たちレイブンズ』の人間である可能性が非常に高い。


 ならば、なぜ先生は『叛逆する者たちレイブンズ』に殺されなければならなかったのか……


 それについては教えてもらうことはできなかったが、これから向かうディバインキャッスルで何かしらの情報を持って帰る事ができれば、それも教えてもらえることになっている。


 要は、僕の働き次第というわけだ。


 ――――


 ディバインキャッスルは山の中腹に、人目を避けるようにして佇んでいた。


 毎週限られた人数しか足を運ぶことができないその場所は、薬物の取引をするにはうってつけの場所と言える。


 早乙女氏の話ではここで毎週のように薬物の取引が行われているとのことだが、場合によってはハズレを引くこともあると言っていた。


 ハズレを引いた場合、僕はここで無駄に1週間を過ごすことになる。そうはならないでほしいものだ。


 今回僕とともにここを訪れたのは、カメラを構えたソバージュの女性に、ガタイのいい大男。同じ学生服に身を包む女学生ペアに花屋敷グループの会長夫婦。眼鏡を掛けた額が後退気味の男性。それから髪の長い聡明そうな女性と背の低い大きな胸が特徴の女性ペアに、サングラスにマスクの男性。最後にコンシェルジュの2人。


 早乙女氏の話によれば、『叛逆する者たちレイブンズ』に所属する人間がほぼ毎週ここに足を運んでいるとのこと。それがの正体ってことになる。


 つまり、僕を除けば合計12人。この中に『叛逆する者たちレイブンズ』の人間とその人物からクスリを買おうとしている人物がいるわけだ。


 怪しいところはないかと観察眼を働かせる。途端に全員が怪しく見えてくる。


 ガタイのいい男性と額が後退しかかっている男性はそれぞれ1人でここを訪れているようだった。2人には失礼かもしれないが、とてもじゃないがディバインキャッスルが似合っているとはいい難い。――僕自身も他人からそう見られているかもしれないが……


 サングラスにマスクの男性についてだが、この人物はどういうわけかディバインキャッスル内でもサングラスを外すことはなかった。正直それは怪しんでくれと言っているようなものだ。


 ソバージュの女性。いかにも遊び歩いていそうな雰囲気の彼女はクスリと縁のある場所に出入りしていそうな印象を受ける。また、砲筒のようなカメラを片時も離さないのにはなにか理由があるのだろうか……


 瓜生夫妻についてはもう言わずもがな。果たして、この中の何人が旦那の方が花屋敷グループの会長である瓜生辰雄だということに気がついているのかはわからないが、僕はひと目見てそれとわかった。そして、彼にはいろいろと黒い噂がつきまとっている事も知っている。一個人商店に過ぎなかった店を一代で、しかも僅かな期間で一流企業の仲間入りさせた人物……


 女学生ペアについては外見的には別段怪しいところはない。が、わからないのはディバインキャッスルは学生が2人で来れるような料金体系をしていないという点だ。ここに来る際彼女たちがコンシェルジュと何か揉めていたのをバスの中から見ていたが、どうも本来は2人の親が来るはずだったらしいのだ。

 彼女らは本来ここに来るはずではなかった……ということはそのどちらもアセンブルとは関係ない。と、思うかもしれないが、どうだろうか?

 ここでは3泊4日を強いられる。途中で帰ることはできない。そんな場所に子どもたちだけで向かわせる親がいるだろうか? しかも2人は女の子、もしもほかの客が全員男だったらと思うと気が気ではいられないはずだ。

 そこに無理やり理由をつけるとするなら、ということ。例えば男が10人くらい束になって襲っても返り討ちにできるような……


 髪長の綺麗な女性と胸の大きな女性のペア。特筆すべきは前者である。

 彼女はほとんど表情を変えずに会話に興じていた。多少の機微はあるもののほぼ『無』である。ポーカーフェイスと言えばカッコよく聞こえるが、それは素人がおいそれとできるようなものではない。ある程度意識して訓練して初めてものにできる。

 じゃあそれをする理由は? ――当然相手に表情や感情を読ませないためだ。

 先程サングラスにマスクの男性の話をしたが、物理的に顔を覆うことで表情を見せないことより、見ようによってはこちらのほうが数倍恐怖を抱かせる。

 そういう意味では10人の客の中では一番の奇妙さを放っていると言えた。

 もうひとりの女性は……胸以外に特にこれと言って語ることはない。――が、案外こういう平凡そうな人間ほど裏で何かをやっていたりするものだ。


 さて、これまで自分以外の宿泊客の怪しいところを述べてきたが、忘れてはいけないのがコンシェルジュの存在。

 正直な話最も薬売りに適している人物となればこの2人なのだ。

 なぜなら、彼らは自由にシフトを組むことができるからだ。クスリを欲しがっている人間がここに足を運ぶタイミングに合わせて一緒にここに来ることができるのだからね。


 …………


 アセンブルの捜査を始めてしばらくもしないうちにディバインキャッスル内で人死が出た。どうやら殺人事件のようであった。


 何というタイミングの悪さ、せっかくディバインキャッスルに来ることができたのに調査は打ち切りかと思われたが、探偵を名乗る人物が現れたことと、コンシェルジュが下山を許可しなかったためしばらくここに留まることになった。

 

 探偵の男が事情聴取を開始したタイミングで、僕は殺された男性の部屋に足を運んだ。


 この事件はクスリの売買に関する事が原因で起きたのではないかと考えたからだ。


 そういう考えに至った理由は、このディバインキャッスルの特性にある。


 この施設は人気スポットであり、予約を入れたからと行ってすぐに来れるような場所ではない。僕は3ヶ月でここに来ることができたが、人によっては半年から一年以上も待たされることになる。


 つまり、知り合い同士が同じ時期に示し合わせてここに足を運ぶことはほぼ不可能。だからこそ、一緒にここに来たい人のためにペアチケットの予約が勧められている。わざわざこういう救済手段が設けられていることを考えても、示し合わせることがいかに困難なことかが伺える。


 そして、殺された男性はソロチケット。たった1人でここを訪れている。そう考えれば人見知りの犯行というのはあり得ない。なにせ、まだ1日しか経っていないのだし、この男性が誰かと親しげにしているところを少なくとも僕は目にしていない。


 ただし例外はある。


 そう、先も言った通り、今回ここに足を運んだ客の中にクスリの売り手と買い手の関係にある者同士がいた場合だ。


 『叛逆する者たちレイブンズ』の人間が毎週のようにここに足を運んでいるのならば、売り手と買い手は互いに示し合わせる必要がない。


 もしこの男性がそのどちらかだとしたら……?


 取引の際に何らかのトラブルがあったとしたら……?


 そう考えれば、クスリによるトラブルであるという見方が一番しっくりくる。


 部屋の捜索を行っていてあることに気がついた。


 男性の荷物が見当たらなかった。


 確かに彼はバスを降りた際に自分の荷物を持っていた。ちゃんと記憶している。そもそも、これからここで3泊4日を過ごそうというのに、手ぶらで来るなんてあり得ない。


 一体どこへ消えたのか――


「うん?」


 部屋をつぶさに観察して、ベッドの脇にあるゴミ箱の中に目を引くものがあった。


 拾い上げて確認すると、それはクスリのブリスタだった。しかも、ただのブリスタではない。


 市販薬であろうと処方薬であろうと、薬のブリスタには必ずどこかにその名称が印字されているが、拾ったそれには何の名称も記載されていなかった。


 まったくの無地。それはつまり、市場に流通させること前提にしていない薬――


「……違法薬物」


 もちろん詳しく調べてみないことには確かなことは言えない。


 僕はそれをポケットにしまった。


 それから、テーブルの上に木彫りの猿が装飾されたワインオープナーがあった。


 僕の所持品だ。


 これ自体には何の思い入れもない。ここに来る際に他人に自分の正体を気取られないようワイン狂を演じるために見繕った、ただの小道具に過ぎない。


 だが、これがなぜここにあるのかはわからなかった


 そのタイミングで部屋の扉が開き、反射的に振り返った。


 そこにいたのは大柄の男性だった。その男性とは昼頃に一度会話を交わしている。名前はタイガさんだ。


 何が目的で部屋に入ってきたのかは知らないが、二、三会話を交わすと、遺体に刺さっていたナイフを抜き取って部屋を出ていった。


 頭の中には疑問符が浮かぶ。気になったのは、彼が遺体を見ても何の反応も示さなかったことだ。


 映画や写真でそういったものを見慣れている人間であっても、実際にそれを目にするのとでは事情が異なる。


「タイガさんはこういった事態になれている……?」


 それこそ、普段から人の死に近い場所にいる……ということだろうか――


 …………


 その後の展開は僕の予想の斜め上を行った。


 2人目の被害者が出た。ソバージュの女性だ。


 1人目の被害者が出たときはクスリの売買に関するトラブルによるものかと思ったがその考えは改めなければいけないかも知れない。


 売り手が犯人で、買い手が2人いたのかとも考えたが、貴重な買い手を次から次に殺していたら商売上がったりだ。特にクスリはリピーターによる収入が大きなウェイトを占めるのだからなおさらだ。


 彼女はなぜ殺されなければならなかったのか……


 彼女はカメラで後頭部を殴られ死んでいた。それだけならカメラはただの凶器で終わらせることができたが実際は違った。


 カメラは床に叩きつけられた上で徹底的に破壊されていた。さらに、テーブルの上のノートパソコンまでもが……


 単純に考えれば、彼女は、犯人にとって都合の悪いものを撮影してしまった。だからカメラとノートパソコンが壊されてしまったということなのだろう。だとすると彼女が撮影していたものに俄然興味が湧く。


 だが前述の通り、カメラもノートパソコンも破壊されているとなると写真を確認するのは不可能だろう……と思えたのだが、ノートパソコンをよく見てみるとSDカードスロットにカードが挿しっぱなしになっているのを見つけた。


 試しに押してみるとシュッとカードが吐き出される。


 もちろん壊れている可能性もあるが……僕はそれを回収した。


 …………


 こういうときは得てして思いもよらぬことが続くものだ。


 最初に探偵であると名乗りを上げた男性は探偵ではなかった。かと思えば胸の大きい小柄な女性――ニレガネさんがわたしは探偵だと言い出す始末。


 結果的にニレガネさんのおかげで2つの事件の犯人が判明したわけだが、僕の知りたかった薬売りが一体誰だったのかはわからずじまいだった。


 ちなみに1つだけ補足しておくと、鳥海さんが言っていた『十二支に関係する人間が一同に介した』という推理は間違っていると言っておこう。


 なぜなら、


 こういう得体のしれない事件を扱うときは本名を使わない、というのが我社のやり方だ。


 …………


 そして――


「アセンブル!」


 背なに叫ぶニレガネさんの声で僕は一瞬だけ動きを止めてしまった。


 たぶん今ので僕がアセンブルに関する情報を持っている事がバレてしまっただろう。


 どうして彼女がその存在を知っているのか……そういう疑問があったのは確かだが、それを訊いてはいけない気がした。


 早乙女氏からはこの場所でアセンブルという名を口にするなと言われている。


 だが、彼女はその名を叫んだ。


 もちろん罠の可能性だってある。


 まさかとは思うが、彼女が……あるいは彼女たちが売人なのか?


 このときになって初めて可能性をまったく考慮していなかったことに気付かされた。


 どう反応すべきか……


 ――僕を試しているのか?


 僕はゆっくりと振り返って彼女に近づき、ひとつ手品を披露した。


 これは相手の反応を伺うためだ。


 そして、その反応を見るに、彼女は僕の敵ではないと確信した。


 だからこそ、僕は彼女に忠告を残した。


 先生がどうなったかを考えれば、彼女はこれ以上この件に関わらないほうが幸せだ。

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