学校一の美少女がカーチャンと同じなんだが?
井守千尋
学校一の美少女は、べつにカーチャンでは無いよ
学校一の美少女。
なんて、そうそういるもんじゃない。
クラス一や、クラブ一ってのはいるかもしれないが、学校一って美少女は、物語だけの概念だと、ワン・サンプスは何度も転校を繰り返しながら理解をしたつもりであった。
しかし、七度目の転校。八校目となるリンデンホフ高校に登校した初日。ワンは初めてその存在を知覚する。
「ワン・サンプスくん? あたしはデギュー・ハミスタン。よろしく」
「ワン・サンプスだ。親が転勤族であちこち行ってるのでいつまでいられるかもわからないが、よろしく頼む」
デギューはワンとは違いスラジェの血筋ではないようで、美的感覚も違うのだろうが、凛とした顔立ちに柔らかな目尻で微笑みかけられたので緊張して、つい言い方が硬くなってしまう。たぶんデギューはクラスで一番の美少女だろう。
「ワンくん、って呼ぶね。ワンくんってリリー・サンプスさんとはお知り合いだったりする? 珍しいファミリーネームだから」
「なぜその名前を? リリー・サンプスは俺の母親だが」
「は? ……ああ、そうじゃないの。リリー・サンプスって女の先輩がこの学校にいてね、学校で一番の美少女なんだぁ!」
リリー・サンプスと言うたびに、蕩けそうな瞳をする。メスの目、だ。何をされてもいいと言う、完全服従の肯定。それは精神的・肉体的ともに、だろう。
ワンは、はじめの数日間デギューに色々と教えてもらった。学校独特のシステムや選択授業がすべて同じこともあり、何かと長い時間雑談に興じた。別け隔てなく親切な彼女に嫉妬する生徒もいるが、基本的に物腰穏やかなので人気者。学校一の美少女はこういう子がなるのかもしれない。
「その頂点が、リリー・サンプスというわけか」
「まだワンくんは会っていないんだっけ」
リリー(母)とは毎日会っているんだけどなぁ、と思いながらも学校一の美少女とは未だに邂逅していない。そもそも生徒数が一千にものぼり、学年ごとに教室の階層が違う先輩と会うことなんてまずまず考えにくい。物語に出てくる親衛隊なんてファンクラブまがいのものがあるわけでもないらしいから、もしかしたらもうどこかですれ違っているのかもしれない。
二週間が過ぎた。デギューには色々と教えてもらっているが、昼食を食べたり移動教室のときはノサイ、テミアの二人と一緒だ。仲良くなれたのはデギューのおかげなので、感謝している。
昼休みとなった通路は多くの生徒が行き来していて、ワンたち三人は一列になって移動していた。誰もが勝手な歩幅で移動するので、すり抜けるように。
「ワンはやっぱりオレの部活に来いって」
「いや、俺は転勤族だからチームでやるクラブには入れない」
「おいおい、ワンさん。簡単にレギュラーになれると思っていらっしゃる」
「事実だぞ? 俺の身体能力から考えたら……」
ノサイとテミアがいつのまにか立ち止まっていた。ワンは早くこい、と手招きするが、二人は直立不動。何があるんだ、とワンが前を向くと、目の前30センチのところで小柄な少女がワンを見上げている。
「どいていただけませんか?」
ワンの脇を通ればいいだけだ。
「どうして、どく必要がある」
「どうして? それは、私がリリー・サンプスだからです」
繻子のようにつややかな銀髪。ややつり上がったアーモンド型の瞳。しゅっとした目鼻立ちに、自分が女王様であるといった態度。
「リリー・サンプス? あんたがか」
「む……、見ない顔ですね。名乗りなさい」
「ワン・サンプス。あんた、俺のかーちゃんと同じ名前のリリー・サンプスだな。よう」
ひと目で、この少女がかわいく可憐で美しく凛々しいことがわかる。学校一の美少女? いいだろう。このワン・サンプスが認めてやろうじゃないか。
しかし、ワンは一目惚れも何もなかった。劣情を催すも、畏敬の念も、自愛も敬愛も抱かない。何しろ。
どうみても、母親そっくりだったからだ。
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