六面体のサイコロ人間の顔たち

ちびまるフォイ

コロコロ変わる表情の源

目が覚めたときにはすでに六面体のサイコロ人間になっていた。

体はなく面には顔が埋め込まれている。


それは自分だけではなく、街に出てすべてサイコロ人間になっている様相を見て少し安心した。


こうなるともう諦めもついたのかサイコロ人間として

第二の人生をはじめようと前向きにとらえることにした。


「おい兄ちゃん、なにガン飛ばしてくれとんねん」


と、言ってるそばからこれである。


振り返ると見るからにガラの悪そうなサイコロ人間が、

怒りの形相の面を見せてメンチを切りまくっていた。


「がんを飛ばすなんてそんな……」


「その面じゃねぇよ、てめぇの裏だよ」


「裏?」


池のそばまで転がって移動すると、今の自分の面とは反対側の背中側。

背中の面の顔は「怒りの顔」をしていた。


「そっちの面の顔がオレにメンチ切りよったんじゃ」


「そんなの僕は知りませんよ。今のこの面が正面ですから。

 ほら、ね? にっこー! 笑顔でしょ!?」


「んなことしるかい! ガン飛ばされて引き下がったんじゃサイコロ極道やっとらんわぃ!」


サイコロ極道によりしこたま転がされ、体はぼろぼろになった。


「いたたた……まったくもう災難だった……」


サイコロ人間となった自分の顔はひとつしかないと思っていた。

けれど、池の水面にはサイコロの各面それぞれに自分の顔があった。


怒った顔。

泣いている顔。

困った顔。


自分がこれまでにした表情を6つに分類されてそれぞれの面に配置されている。

他のサイコロ人間も同じだ。

正面を悲しい顔にしている人もいるし、さっきのように怒った顔にしている人もいる。


怒った顔を向ければまたケンカ売られるので、地面側に転がしたいものの

そうすると反対側の「笑顔の面」は空を向いてしまう。


正面は「悲しい顔」に向けるので悩ましい。


「ああ、もう……どの面を前にすればいいんだよ……」


すべて自分の表情とはいえ、どの表情を前にするかで印象は変わってしまう。

ブチ切れた顔で接客するわけにもいかない。


自分の背中を見た人には怒った顔を見せてしまうが、

正面は笑顔を向けて生活することにした。


「ああ、お前はその面を前にしたんだな」


友達は僕の笑顔の面を見て言った。


「正面にいる大切な人にはいつも笑顔でいたいじゃないか」


自分の後ろを横切る子連れは怒った顔の僕を見て「見ちゃダメ」と小声で言って足早に去る。

それでも大切な人に向ける面は常に「笑顔」でいたいと思った。


「まーくん!」


その声に振り返ると、恋人が転がってきた。


「偶然だね。こんなところで会えるなんて」

「僕も驚いたよ」


すると、今度は友達が怒りをにじませた声で呼びかけた。


「おい、いつも笑顔でいたいんじゃないのか?」

「え?」


「なんで俺に怒った顔を見せるんだよ。俺は大切な人じゃないのか!」

「そんなことは……」


振り返ったら、今度は恋人に怒った顔面を向けてしまう。


「まーくん、どうして私にそんな怒った顔を見せるの!?

 私には笑顔の面を向けてくれないなんてひどい!」


「いやちょっと……」


声に気圧され振り返ろうとしてしまえばまた同じ。

自分を挟んで両端にいる人に正面を合わせれば、背中を向けた人に怒った顔を晒してしまう。


「ああもう! お前ら場所移動してくれよ!!」


「ひどい! やっぱり怒ってたのね!」

「なんで急に不機嫌になったんだよ!」


自分にとって「笑顔の面」が正面でも、他人にとってはそれが正面なのかわからない。

強引にふたりを正面側に転がして並べると平等に笑顔の面を向けた。


「僕は友達も、恋人も大事なんだ。だから後ろに回らないでくれ。

 いつだって笑顔の面を向けたいと思っているんだ」


二人を安心させると今度は横から声をかけられた。


「マサキ、あんた実家にも顔を出さないでいったいなにを……」


「母さん!?」


「あんた、そんな顔してどうしたの? 人生に絶望したの?」


「ちがっ……そっちの面は正面じゃないよ。僕の正面はこっち、笑顔の面だよ。

 悲しい顔の面は僕の側面であって正面じゃない」


母親の方に顔面を向けると、並べていた友達と恋人がまた騒ぎ始めた。


「なんだよその眠そうな顔は!」

「そんな顔を向けるなんてやっぱり愛されてないのね!」


「お前ら! さっき笑顔が正面だと言っただろう!?」


友達と恋人に顔を向けると今度は母親がさわぐ。


「あんたやっぱりなにか抱えてるんじゃない? そんな暗い顔をして……」


「母さん、頼むから正面に来てくれ! 笑顔の面が僕の正面なんだよ!」


母親を転がして同じ方向に固めると、今度は後方から声がかかった。


「斎藤。奇遇だな。ちょうど仕事の案件で……なんだその顔は」


「ぶ、部長!?」


慌てて向き直ると、並べていた3人には怒った顔面を向けてしまう。


「「「 そんな顔を向けるなんて! 」」」


「部長すみません! さっきは怒った顔を見せてしまって!

 でも本当はこの面が正面なんです! さっきのは背中なんです!」


「そう言われてもなぁ。それを確かめる方法はないだろう」


「まーくんが怒ったーー」

「友達にそんな顔よく向けられるよな」

「お母さんになにかムカつくことがあるの?」


振り返って3人に怒鳴る。


「ああ、もう! こっちが正面の顔だって言ってるだろ!!」


「「「 笑顔で怒るなんてひどい!! 」」」


「お前……上司に怒った面を見せるなんてどういうつもりだ……!」


「ちがうんです部長! あぁ、もう……!!」


あっちこっちに顔を切り替えることはもう限界。

僕は勢いよく転がって硬い壁に向かって頭をぶつけた。


「い、一体何を……!」


ゴン。ゴン。ゴン。


何度も何度も頭を打ち付け続けた。

そうしてついにサイコロの角を取ることに成功した。


立方体だった体は角が取れてまるくなり、

各面バラバラだった表情も正面である「笑顔」に侵食されて笑顔に統一された。


「どうですか。丸くなったからどの面を見てももう笑顔です」


「ああ、まーくんやっぱり私に笑顔を向けてくれるのね」

「やっぱり友達に怒った顔を見せるなんてありえないと思ったよ」

「お母さんに悲しい顔を見せたときは何か合ったのかと」

「うむ。俺たち営業にはやっぱり笑顔じゃないとな」


丸くなった僕は360度あらゆる人に対して笑顔を向けられる。

笑顔を向けられて不愉快になる人なんていない。


これでもう誰にどの面を向ければ良いのか悩む必要はない。


360°どこから見ても僕は笑顔なんだから。



ピシッ。



「おい、お前……顔がひび割れてるぞ……!?」


「え?」


四角から角を取ろうとして何度もぶつけた場所から

球体全体にヒビが伸びていく。


全体にヒビが行き渡ったとき、球体を覆っていた表情のメッキがすべて剥がれ落ちてしまった。



「あっ……」




メッキの裏から出てきた僕の真の表情に、全員が凍りついた。

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