第4話 世界を表す森の中で(後編)

振りし切る豪雨が、僕の心臓の鼓動を早める様に降り注ぐ。

ゾンビの後ろから覗き込むと、大人と言うには若く

自分やユーリと同い年と言うには、大人っぽい兵隊が

銃口をゾンビに向けたままゾンビを睨みつけている。

数分の沈黙の後、兵士が低いトーンでゾンビに言葉を放った。

「言葉は通じるか?」


ゾンビは兵士の様子を伺う様に暫く静止し、左右に広げた両手を

僕の方へ隠す様にゆっくり後ろに下げ

頭を下げた。

「・・・言葉は通じるようだな。」

兵士は銃口をゾンビに向けたまま、恐る恐るゾンビに近づき始めた。

「・・・動くなよ。」

銃口がゆっくり近付くのと同時にあれ程大きく響いた僕の心臓が

締め付けられる気分だった。

次第に耐え切れなくなった僕はいつしかゾンビの前に飛び出していた。

突然の出来事に動揺する兵士。

「・・・子供!?」

身体の震えが止まらない。

必死に言葉を出そうとしようも、喉に詰まる。

兵士は困惑した様子で化け物とノヴァを交互に確認した。


深く溜息を吐いた兵士は、力強く降り注ぐ雨に押し負けるように

拳銃を持った手を下ろした。


「なんでこんな場所に子供が・・・。」

兵士は脱力したままキノコのに崩れる様にもたれかかった。

「大丈夫ですか?」

僕が兵隊さんに声を掛けると先程までの殺気は感じず

凄く優しそうな表情でこちらを心配そうに話しかけてきた。

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。」

よく見ると兵隊は、傷だらけで左腕を負傷している。

それに気づいたゾンビが直様すぐさま兵隊に歩み寄りゾンビが羽織っていたボロボロの布の一部を破り兵隊の傷口に力強く縛りつけた。

グッと声を漏らすも抵抗せず兵隊は、ゾンビの様子を伺っていた。


力強く降り注ぐ雨の音が、いつの間にか気にもならず

先程までの緊張感とは違い何処か心地良く聞こえた。

暫く兵隊は黙り込み右手で、左腕の傷口を握ったまま

キノコの傘を眺めていた。

僕が声を掛けると兵隊さんは、ふと我に返った様に僕の声に驚いた。

「ビックリした・・・。君は喋れるんだね。」

「うん。」

「自己紹介がまだだったね。俺はロウバー。傭兵だ。」

久々に話し相手と出会った気がする。

僕の頭の中であの場所の人々との会話が蘇っていた。

それにしてもってなんだろうか?

キノコの外から辺りを確認するゾンビに助けを求めた。


あたふたするノヴァの様子を見てロウバーは、ふと笑みを浮かべてしまった。

「君の名前、教えてくれるかい?」

「え・・・?名前?ノヴァ」

「ノヴァか!いい名前だ!」

僕は、初めて自分の名前を他人に紹介した事に少しだけ照れた。

「もし良かったら君と、あの・・・生物せいぶつの事を教えてくれないか?」

ロウバーの真っ直ぐな眼差しに、僕はいつの間にかこれまでの出来事を

振り返る様に話していた。



……

………


「・・・なるほど。」

ロウバーは口をひねらせ頭を抱えていた。

いつしか力強く降り注いだ雨も止み辺りの枯れ果てた木々から

滴が落ち辺りは不気味な程静かになっていた。


ロウバーは涙ぐんだ瞳で僕を見つめ

重たい口を開いた。


「・・・ノヴァ君。君の事情とあの生物・・・。ゾンビが君にとって安全な者だとわかった。だが・・・。」

ロウバーは再び口を閉じその後の言葉を喉の奥に飲み込んだ。

「ロウバーさんはこの先から来たんですよね!じゃあ」

「君は戻るべきだ!」

ロウバーの大声が森全体に響き渡った。

その声に反応しゾンビが戻ってきた。

ノヴァも先程まで優しかったロウバーの豹変にユーリや街の人々の姿が重なり

身体が震え始めた。

「どうして・・・。」

ゾンビもまたノヴァの姿を見てロウバーを威嚇する。

2人の様子を見てロウバーは深く溜息を着き自分を落ち着かせた。

「・・・すまない。ただノヴァ君。辛い事を言うかも知れないけれど・・・君の思い描く世界はこの先になんかない。」

「そ・・・そんなはずないよ。だって!」

ノヴァの今にも泣きだしそうな表情を見てロウバーは再び深い溜息を吐いた。


「ゾンビさん。その子と一緒に着いて来て貰えますか?」

ロウバーは右手を地面に下ろし重たい身体をゆっくり起こし

森の奥へと進んでいった。

それを追う様にノヴァとゾンビも後を追う。


暫く進むと太陽の光が照らされ雨粒達が幻想的に輝きを放っていた。

初めて見る自然の神々しさに僕は感動するも

直ぐにその感動は掻き消された。


辺り一面を傷付き干からびた動物の死骸。

そして無数に横たわる兵士達。


言葉で表す事は出来なかった。

ロウバーは無残に変わり果てた仲間を見つめ口を開いた。

「生き延びたのは、俺だけだ。皆やられちまった。」

唾を飲みこみ世界の残酷さが僕の胸を締め付けた。

「これでもこの先に進みたいと思うかい?ノヴァ君。」

僕は答える事が出来なかった。

「・・・なんで、こんな。」

「俺にも君と同い年位の弟がいてな。そいつが笑って暮らせる為に兵士になった・・・。けど甘かった。」

「・・・ロウバーさん。」

「・・・弟と同い年の子に情けをかけられるなんてな。」

ロウバーは俯き暫く黙り込んだ。

ゆっくり息を吸い込み仲間たちを見つめながら口を開いた。


「全ては、この国の王が全部悪いんだ。」

「・・・王?」

「“ジョーン・J・ファザード2世”。この国の最高権力者にして。この国を変えた最悪の王の名前だ。」

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