第13話 黒いカクテル

 ワンボックスカーは程なくして、件の店から少し離れた路肩に停められた。


「俺が行く」


 まるでそのタイミングを見計らっていたかのように間宮はドアをスライドさせて外へと駆け出した。運転していた梨遠も、そして後方支援中で動けない奏観も止める事は出来なかった。


『お前が来た所で足手まといになるだけだ』


 インカムからは車内の事態を把握していない誠夜の声がした。


「すまない。車を停めたと同時に出ていってしまった」


『なっ?!』


「だがあいつなら意外とやるかもしれんぞ」


『何を根拠に……』


「勘だよ。私の勘ではあてにならんか?」


『先生のならあてにさせてもらいます』


 半ば納得のいかない誠夜に代わってめぐりが応えた。




「めぐり。お前何を言ってるのか分かってるのか? あいつは俺達と違って素人なんだぞ」


 やはり納得のいかない誠夜はめぐりに問い詰めるように言った。


「分かっています。でも標的と顔見知りである彼なら私達より怪しまれずに標的に接触することも可能です」


「だが……」


「っと、こうしている間にもほら」


 めぐりが店の入り口を指差す。そこには下り階段の前でキョロキョロしている間宮の姿があった。


 誠夜達を探しているように見える。だが、間宮はほんの一瞬下り階段を見据えたかと思うと足を踏み出し階段を下りていった。


「仕方ないッ───」


 誠夜は懐から紙幣ほどの長方形の紙片を一枚取り出すと、それに息をふっと吹き掛けて間宮に向かって放った。その紙片は瞬時に間宮に追いつくと、その背中にピタリと張りついて上着の色と同化した。


 その直後に店のドアが開かれた音が聞こえた。




 突然ドアが開いた音がして奏観はびくっと肩を震わせた。


「どうした?」


「突然音声が繋がって……。誠夜先輩が間宮先輩に呪符を貼り付かせた模様。音声だけですが拾えるようになりました」


「そうか」


 梨遠は耳を澄まして、奏観もどんな情報も逃すまいと神経を集中させた。




 間宮がドアを開けた音は意外と大きな音となって店の中に響いた。


「ッ!?」


 店内にいた人間が皆間宮の方を向いていた。その目がどれも無機質に見えて間宮は一瞬怯んだが、すぐに持ち直してそれらを見返した。


 すると、というか元々、それらは興味が無かったかのようにまた各々の会話に戻っていく。やがて店は元通りに賑やかになった。金曜日の夜だけあってパッと見たところ空席は見られない。


「あっれ〜?」


 そんな中、一人の若者が間宮に近付いてきた。


「ツヨシさんじゃないっスか! どうしたんスか、こんなトコロで!」


「え? あ、っと……」


 答えに詰まる間宮。外で聞いていた誠夜があのバカと呟いたことを彼はもちろん知らない。


「あっ、わかった〜。さてはツヨシさんもここの噂聞いてやってきたんでしょ〜」


「噂? あ、ああ、そ、そんなとこだ」


 若者が勝手に勘違いしたので、間宮はそれに乗っかることにした。


「ほらツヨシさん。突っ立ってないでこっちこっち」


 若者が有無を言わさずに間宮の腕を引っ張っていく。


「ちょっと待て、ショウ」


 その若者───押川翔太は仲間内からはショウと呼ばれている。


「まあまあ座って」


 間宮は言われるがままにカウンター席に座らされた。押川もその隣に座った。


「マスター。この人にも同じのを」


「畏まりました」


 押川が勝手に注文しスラリと背の高い老紳士のバーテンダーがそれを受けた。


「同じ物って、それか?」


 間宮は押川の前に置かれたグラスを指差した。


「そうっスよ」


 そのグラスにはキラキラした、漆黒の液体が満たされていた。


「ちなみにオレは二杯目っス」


「うまいのか?」


 今しがた着いたばかりなのにもう二杯目なのかとは思ったが口には出さなかった。後をつけてきたことがバレないように、というわけではない。そもそもそこまで頭が回らなかったのだが、そうした方がいいと直感したからだった。


「なに言ってんスか。コレが目的でここに来たんじゃないんスか?」


「これが噂の?」


「そうっス! これこそ飲むことのできるカクテルっス」


───!?」


 会話を傍受いてきた四人が反応する。


「ツヨシさんもこれの噂聞いてこの店を見つけてやってきたんスよね?」


「あ、ああ」


「今この店にいる連中は、少ない情報を手繰って手繰って辿り着いた猛者っス。つまりこのカクテルを飲むべく神に選ばれたってことになるんスよ」


 押川はイスを半分ほど回転させて店内を見渡しながら言った。


「な、なるほど。そういうことか」


 間宮は押川に向けられていた妙な疑惑が晴れて安堵した。


「お待たせいたしました」


 ほどなくして間宮の前に押川のと同じキラキラした漆黒のカクテルが置かれた。はじめ見た時は何だか得体の知れないモノに見えた間宮だが、改めてよく見てみると甘い果実の芳醇な香りも相まって美味そうに見えた。それがどんな果実なのか彼には分からなかったが、無意識にゴクリと喉が鳴った。


「それじゃあツヨシさん」


 押川がグラスを差し出す。


「お、おう」


「乾杯っ!」




つづく

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