青春の怪談

抜きあざらし

――

人間

人身事故

 バイト先に向かう電車が遅延した。原因は人身事故。俺とAは揃ってバイトに遅刻した。とはいえ、仕方ないと思う。原因がなんであれ、事故なんて誰にも予想できないんだから。

 しかし店長は納得いかなかったらしく、遅延証明書を見せた俺達を怒鳴り付けた。

「事故は起きるもんなんだからそれを見越して早めに出発するもんだろ!? これだから大学生のバイトはだらしなくて嫌いなんだ」

 反論が火に油を注ぐことは容易に想像がついたので、俺達は黙って頷いて適当に謝った。反省はしていない。電車は三時間も止まっていたのだから。



 その日の帰り道、俺はAにこう言った。

「店長頭おかしいよな。人身事故なんていつ起きるかわかんねえのに」

 しかしAはこう言うのだ。

「いや、僕達が悪いよ。ちゃんと予測してればこうはならなかった」

「いや、無理だろ……」

「そうでもないよ」

 言いながら、Aはスマホを俺に見せた。

「昨日、藤堂証券の株価が暴落したんだって。で、統計的に見るとこういうことがあった次の日は自殺率が上がるとかなんとか。店長は僕達に社会の動きを見ろって言いたかったんじゃないかな」

「いや、それはないだろ」

「だよね」

 冗談だよ。と続け、彼はスマホをしまう。それから少し歩いて、俺達は別れた。



 次の日、またも人身事故が発生し、そのうえ運が悪いことに電車はたっぷり半日も遅れた。遅刻は確定だ。

 それにしても、今日はAの姿がなかった。いつもは同じ駅で乗るのに、今日はそもそも車内に姿がなかったのだ。

 不思議に思いながらもバイト先に着くと、駐輪場に見慣れない自転車を見つけた。新人が来るという話は聞いていないが、はてさて。

店に入ると、Aはもうポストについていた。

「あれ、お前早くね?」

「うん。今日は事故が起きるから自転車で来たんだ」

「また株価でも落ちたのか?」

「今日は違うよ」

 軽口を叩き合ってから事務所に入り、店長の姿がないことに気付く。

「あれ、店長はお出掛けですか?」

 休憩中の先輩に訊ねると、彼は首を横に振った。

「いいや、まだ来てねえよ。店長が遅刻なんて珍しいよな」

 店長は始業の二時間前には店に居るような人だ。家に居場所が無いとか隠れて不正してるだとか言われているが、とにかく遅刻とは縁遠い人間である。

「そうですよね。あ、事故で遅れてるんじゃないですか?」

「昨日お前らにあんなに言ったのに面目丸潰れじゃん、ウケる」

「ですよね~」

 それからしばらく談笑して、俺もポストにつく。いつまでもサボっていると、遅れて来た店長に怒られてしまうかもしれない。キビキビ働かなければ。


 だが、しかし。


 結局、店長が店に来ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る