海月先輩

 今日はオカルト同好会のメンバーで水族館に行く予定だ。

 一・二年生組と三・四年生組でそれぞれ集まり、現地で合流する手はずとなっていた。

 が、ドタキャンが重なり下級生組は俺一人になってしまう。ノリが悪い連中ではなかったはずなのだが。

 予定時間より早く着くと、見覚えのある人影があった。三年生のN先輩だ。入学してからなにかと世話を焼いてくれている女性で、オカルト同好会に誘ってくれたのも彼女だ。

 しかしN先輩以外の姿が見えない。挨拶すると、開口一番彼女は言った。

「おはよ。ごめんね、こっちは私以外みんなドタキャンしてきて」

「先輩の方もですか? 実はこっちも俺以外誰も来れなくなっちゃって」

 今日は企画展示である『ドキドキ! クラゲのおばけ屋敷』を見に来たのだが、出鼻を挫かれてしまった。延期も考えたのだが、この展示は今週が最後。せっかくなので二人だけでもと見に行くことにした。

 それにN先輩は謎めいた感じで影のある美人。水族館デートみたいで得した気分。

「いやあ、女の人と二人で水族館なんて、彼女にバレたら怒られちゃうなあ」

 ついついそんなことを口走ってしまう。N先輩は目を丸くした。

「え、きみ彼女居たの?」

「あれ、知りませんでした?」

「……知らなかった。どんな子? 写真ある?」

 スマホカバーの裏に写真を入れてあるのでそれを見せる。先輩は小さく頷くと、

「へえ、なるほど。……可愛いじゃん」

 と、独り言のように呟くのだった。

 彼女を褒められて気が大きくなった俺は、ついつい余計なことを言ってしまう。

「そうでしょ。……へへ、俺、もうすぐ学生結婚するんですよ」

「え、そんな急に?」

「ちょっと、出来ちゃいまして」

 俺の軽率な行動と発言に呆れたのか、N先輩は視線を逸らす。

「へ、へえ……まあ、盛るのもほどほどにしなよ」

 諌めるような言葉は、しかしどこか気の抜けたものだった。



 なぜオカルト同好会の活動で水族館なぞに来たのかと言えば、"本物"が出るという噂が立ったからに他ならない。 早足で常設展示をパスし、『ドキドキ! クラゲのおばけ屋敷』へ向かう。

 ……結論から言えば、何も出なかった。

「やっぱり出ませんでしたね」

 ゆらゆら漂うクラゲ達の前で、俺は肩を落とす。するとN先輩は励ますように言った。

「クラゲっていうのは、ちょっとした波でも簡単に流され、壊れて死んでしまうらしい。それでこんな見た目なんだ。まるで幽霊みたいに儚い存在だと思わない?」

「まあ、確かに……」

 少しばかり強引な話だが、しかし展示されたクラゲ達が幽霊や人魂のように見えるのもまた事実だ。照明の使い方が上手いのだろう。タイミングによっては、"本物"のように映るかもしれない。とんだ肩透かしを食らったが、しかしオカルト話の九割はこんなものだ。実在している人間の方がよほど怖い――というのは、使い古された表現なのだろうが。



 軽くお土産を物色して外に出ると、N先輩はこう言った。

「さっきの写真見せて」

「はあ、いいですけど」

 再び写真を見せると、N先輩はえいとシールを貼り付けた。彼女のお腹のあたりに、デフォルメされたクラゲが鎮座する。

「なんです、これ?」

 苦笑する俺。

「おまじないだよ」

「へえ、どんなです?」

 N先輩はこう言った。


「お腹の赤ちゃんに、プレゼント」

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