転生したらAカップだったでござる

渡辺 孝次郎

第1話 美少女だがAカップでござる

時は慶長けいちょう20年(西暦1615年)大阪夏のじん終結しゅうけつし、ついに大阪城は陥落かんらくした。

 大阪方おおさかがたにいた虎之助とらのすけ必死ひっしに逃げていたが、数人の徳川方のしのびにかこまれてしまった。

 右に2人、後ろに3人いる。

 虎之助とらのすけは振り返り、後ろに居る3人に向かって刀を横にりつけ二人を倒したが、自身も右腕に傷をってしまった、相手も相当そうとう手練てだれである。

 もはや、拙者せっしゃもここまでか。いなあきらめてはいけないでござる、千代ちよに会うまでは。

 虎之助とらのすけには、病にせっている妹がる。妹のやまいを治すためには大金が必要だが、虎之助とらのすけには、わずかしかたくわええが無い。

 しのびの腕には自信があったが、戦国の世も終わり、どのやとぬしたいした金は払ってくれなくなった。

 そんな時に、大阪城の実質的じっしつてき管理者である大野修理おおのしゅうりうでの立つ者には大金を払ってくれると聞き、虎之助とらのすけは真っ先にけ付けた。

 ある程度ていど武芸ぶげいを見せると、大野修理おおのしゅうり様は気前きまえよく大金を払ってくれた。しかし、その大野修理おおのしゅうり様も、大阪方おおさかがたやぶれたため自害じがいされたと聞く。

 実家からの便たよりりでは、虎之助とらのすけが送った金で、千代ちよの病は改善かいぜんしているらしい。どうしても、ひと目、元気になった千代ちよに会いたい。

 しかし、この3日間ほとんど何も食べていないので、身体からだから力が出ない。

 だが拙者せっしゃは、こんな所で死ぬわけにはいかないでござる。

 忍びの一人が分銅ぶんどう付の鎖で空の助の足をからめとった。虎之助はかまわず、その忍びの方へ走り素早く切り捨てた。

 5人居た内の3人を切られて、残りの2人が一瞬いっしゅん動揺どうようする。虎之助とらのすけは、そのスキを逃さず、2人とも縦にぶった切った。

 敵を倒した安堵あんどからか、力がけた虎之助とらのすけは地面に倒れこんだ。

 しばらく、そのまま休んでいたが、何故なぜか手足にしびれがあり気分も悪く、意識もとおのいて来る。

「しまった!やつら刀にどくっていたでござるな」

 右腕みぎうでに傷をわされた時、忍の刀にどくってあったようだ。

 少々の毒では、特殊とくしゅな訓練を受けた虎之助とらのすけを殺す事は出来ないが、この毒は特別強力な鬼殺しと言われる猛毒もうどくで、徳川側の忍びが虎之助とらのすけ用に準備していた物である。

 意識が、もうろうとしていると、二つの人影ひとかげが現れた。

「最強の忍びと言われた唐沢虎之助からさわとらのすけも、死ぬ時が来たな」

 男の声がした。

虎之助とらのすけ、そなたは、この世に思い残す事は無いか?」

 次は女の声が聞こえた。

「ある‥で、ござる」千代に会いたい。虎之助とらのすけくような声を出した。

「では、一言『無念』ととなえるのです」

 女が、ささやくように言った。

「むね‥‥ちよ」

ちがうでしょ!『むねちよ』じゃ無くて、『無念』よ!」

 女が怒鳴どなって、虎之助の胸をすった。

 反応が無いので、女が虎之助とらのすけの顔をのぞき込むと、虎之助とらのすけすで息絶いきたえていた。

「どうしましょ?この男『むね…ちよ』と言いましたよ」

「それは困った」

 男もあせっている。

「この男は、どうなります?無事ぶじ転生できますか?」

「それは、私にもわからんな。とりあえず、この件は失敗という事で処理しよう」

仕方しかたないですね。では、次の強者つわものを探しましょうか」

「そうと決まれば、長居ながいは無用」

 2人は、足早あしばやって行った。



 大阪府警の小早川こばやかわ刑事は、取り調べ室で若い女性を前に弱っていた。

 平野区ひらのく保護ほごされたこの女性は、自分の事を唐沢からさわ虎之助とらのすけ名乗なのり、現在が江戸時代初期だと言い張っているのである。

「しかし君は、どう見ても女性なんだが」

 目の前の人物は、華奢きゃしゃな若い女である。本人が言う様な武骨ぶこつな男では無い。

何故なぜか今は、そうでござるが、拙者せっしゃ唐沢からさわ虎之助とらのすけでござる」

 小早川刑事は、部下に大きめのかがみを持ってこさせて、女に見させながら

「これでも、まだ虎之助とらのすけと言い張るか?」

「確かに、見た目は妹の千代ちよに似ているが、拙者せっしや虎之助とらのすけでござる。それに千代ちよはもっと胸が大きかったでござる」

 なるほど、綺麗きれいな顔立ちをしているが、自分で主張しゅちょうしている通り、服の上からでもはっきり貧乳ひんにゅうとわかる。

 いや待て、そんな事はどうでもいい。

 このまま、自分が江戸時代から来た男性だと言い張るのなら、精神科の医師にてもらうしかない。



 結局けっきょく、精神科の牧田まきた医師にてもらう事になった。

 40分ほど本人とカウンセリングを行って、牧田医師は部屋から出て来た。

「どうです先生?」

「小早川刑事。彼女いや、彼の精神は正常だった」

「では、もしかして転生者ですか?」

おそらく、そうだろう」

 ここ数年、転生者てんせいしゃと呼ばれる身元みもと不明者が現れ、何名か保護しているが、今回の様に、女性なのに男性だと言い張る者は初めてである。

「では、あの娘も、何らかの異能力があるのですか?」

「本人は、凄腕すごうでの忍者だと言っている。だが、外見と本人言う人物像が全く違うなんてケースは初めてだ」

一応いちおう、専門機関であるDSPに連絡しておきます」

 DSP(デビルスペシャルポリス)とは、通称『鬼専門警察』と呼ばれ、転生者が配属はいぞくされる部署である。

 近年きんねん、原因は不明であるが、魑魅魍魎ちみもうりょうと言ったたぐいいの者どもが多数出現し始めており、被害者ひがいしゃも少なくない。

 特に鬼族おにぞくは強く凶暴きょうぼうであり、人をう鬼も多く、鬼専門の部署ぶしょ設立せつりつされた。

 さらに、現代に鬼が現れるのを見越みこしたように、強者つわものの転生者が現れるようになり、彼らはDSPの戦闘要員になるよう義務ぎむけられている。

 本部は、もっとも多く鬼が出現する場所である京都府警にあり、支部は、警視庁・奈良県警・大阪府警・福岡県警等に設立されている。

 配属はいぞくされた転生者の身分は一応いちおう、警察官扱いであるが、じゅうの携帯はゆるされていない。

 元々、鬼族には再生能力があり、拳銃けんじゅうたれた傷など致命傷ちめいしょうにはならず、首を切り落とさない限り、死なない為、じゅうは持っていてもあまり役に立たない。



「腹が減ったでござる」

 DSPに移された虎之助とらのすけは、死んだはずの自分が何故なぜ千代ちよの姿でこのような時代に転生したのか。という疑問ぎもんは置いといて、ここに居れば衣食住の心配が無いという事がわかり、とりあえずは満足していた。

 ここは食料が豊富ほうふで、居心地いごこちが良い。

 桜田と呼ばれている女性刑事が、牧田医師を連れて来た。

「もう一度確認するが、君は唐沢虎之助からさわとらのすけと言う忍者で、慶長けいちょう20年にから来たと言うんだね?」

 今まで何度もされた質問である。

「そうでござる。それより、腹が減ったでござる」

「もうすぐ唐揚からあげ定食が来るから、少し待ってくれ」

慶長けいちょう20年と言うと400年以上経ってるわね」

 若い女性職員が言った。

何故なぜ、転生したのか、心当たりは無いのかい?」

「無いでござるが、死ぬ直前に男女の2人組が、何か話しかけて来たでござる」

「そこは、今までの転生者と同じだな。その2人が転生者を現代に送り込んでいると見て間違いないだろう」

「モグモグ、あの2人は何者でござるか?」

 唐揚からあげげ定食を食べながら、虎之助とらのすけは聞いた。

「まだ、わからないわ。あなたのやとい主は確か、大野治長おおのはるながだったわね?」

大野修理おおのしゅうり様は、拙者せっしやが死ぬ前に自害じがいしていたでござるよ」

「死んでいたら無理だな。それに大野治長おおのはるながだったら、豊臣政権とよとみせいけん復興ふっこうが望みのはずだ。今の時代には無関係だろう」

「しかし400年もつと、ずいぶん世の中も変わるもんでござるな」

 虎之助とらのすけは、自分の着ているブラウスやスカートをさわりながら言った。

 ここに来てからは、現代の事をいろいろ勉強させられているので、洋食の食べ方や洋服の着方ぐらいは理解している。

「ところで、他にも拙者せっしやのような転生者がいると言っておるが、どこにいるのでござるか?」

「やはり、気になるのかね?」

「まあ、多少は気になるでござる」

「転生者は特殊な能力を持つ異能者ばかりなので、DSPに配属されて任務にんむいているのよ」

任務にんむでござるか。お給金きゅうきんは出るでござるか?」

「ちゃんと出るわよ。そんな心配より、早く今の時代にれる事よ」

承知しょうちしたでござる」



 ある程度ていど、現代の生活にれて来たころ、桜田刑事が虎之助とらのすけの前に2人の男を連れて来た。

虎之助とらのすけ、あなた先輩の転生者を紹介するわ。こちらが小太郎君」

「俺が最強の剣士である小太郎や」

 若い細身の男性だ。

「そして岩法師いわほうし君」

拙僧せっそう岩法師いわほうしです」

 ひと目で僧侶そうりょとわかる袈裟けさを着ており、かなり大柄おおがらな男である。

「こちらのおじょうさんが、新人の虎之助とらのすけよ」

拙者せっしゃが虎之助でござる」

「見た目は小娘やのに、江戸時代のオッサンみたいなしゃべり方やなぁ」

 小太郎が笑った。

拙者せっしゃ馬鹿ばかにするでござるか」

 虎之助とらのすけは刀に手をかけた。

駄目だめよ虎之助。味方みかたを切ったら牢獄ろうごく行きよ」

牢獄ろうごくは嫌でござる」

 虎之助とらのすけは刀から手を離した。

「では、任務の説明をするわね」

 桜田刑事は続けた。

「あなた達、転生者の任務にんむは現代にいる鬼を退治たいじする事よ」

「この時代に鬼がいるのでござるか?」

「恐らく、昔から居た可能性が高いんだけど、数年前から目立って人を襲いだしたの」

拙者せっしやは、鬼を見た事が無いでござる」

「普段は人間にけているけど、本当の姿は角が生えていて、想像通りの鬼の姿よ」




 ついに、虎之助とらのすけはつ任務にんむの日がやって来た。

「桜田君、虎之助とらのすけ様子ようすはどうだい?」

 桜田刑事は、大阪府警の安倍顧問あべこもんから虎之助とらのすけ近況きんきょうを聞かれた。

 小太郎と岩法師も居る。

「もう、話し方以外は大丈夫なのです」

「じゃ、虎之助とらのすけも連れて行こう」

 安倍顧問あべこもんの指示で、車に乗り込み現場に向かった。

 到着したのはごく普通のスーパーマーケットであるが、入り口付近に警官が数名いて、関係者以外は入れないようにしている。

「大阪府警の桜田よ」

 入り口にいた警官に警察手帳をを見せて、一行いっこうはスーパーの中に入った。

 何やら異臭いしゅうがする。

 酒と血のにおいだ。

 鑑識かんしきと思われる二人組が、死体のそばにいる。

「やはり鬼の仕業しわざですね」

 一人の鑑識かんしきが桜田刑事につたえた。

 死体のわらりに酒の空きびんが散乱している。鬼は酒が好きで酒をうばために人をおそう事が多い。

「鬼は何処どこなの?」

「警官が来たときには、もう逃げていました」

 桜田刑事は、安倍顧問あべこもんの顔を見た。

「では、追跡ついせきする」

 安倍顧問あべこもんは店の外に出た。野次馬やじうま大勢おおぜいいる。

「あっちだな」

 安倍顧問あべこもんが右側をゆびさすと同時に、虎之助とらのすけが一人の野次馬やじうまの男に手裏剣しゅりけんはなった。

 手裏剣しゅりけんは見事に男の眉間みけんに刺さり、男はたおれるかと思いきや平然へいぜん手裏剣しゅりけんき、ニヤリと笑った。

やつだ!行け!」

 安倍顧問あべこもんさけんだ。

 素早すばやく小太郎が男に向かって刀をろす。

 ズバッ!

 男の右腕みぎうでが切り落とされた。

 すると男の頭部とうぶから二本の角が生えて、身体もふたまわりほど大きくなって行く。

「なるほど、お前らだな、俺の仲間を散々さんざん殺していたのは」

「そうやとしたら、どうするんや?」

 小太郎がふたたび鬼にりかかった。

 鬼はその刀を左手で受け止め、いつの間にか再生していた右腕みぎうでで小太郎をなぐりつけた。

「るへ〜」小太郎は数メートル吹っ飛んで倒れた。

「おのれ!」

 岩法師が薙刀なぎなたを振りかざして、鬼に突っ込んで行く。

 鬼は岩法師もなぐり倒し、走って逃げて行く。

「クソ」岩法師が追いかけようとすると、その横を虎之助とらのすけが走って追いかけて行くのが見えた。

「早い」

 2人の走りの速さに岩法師は、追跡ついせきあきらめた。

「逃げられたか」

 安倍顧問あべこもんがつぶやいた。

「すいません、安倍さん。逃げ足の早いやつで逃げられました」

くやしがっている岩法師に、安倍顧問あべこもんが鬼の逃げた方向を指差ゆびさし「そうでも無さそうだ」と言った。

 岩法師がいて見ると、虎之助とらのすけが鬼の首を持ってもどって来た。

「言われた通り、鬼の首を切って来たでござる」

 鬼には再生能力があり、首を切り落とさないかぎり死なない者がいる事は、虎之助とらのすけには教えてある。

 安倍顧問あべこもんと岩法師は、呆然ぼうぜんと鬼の首を持った少女を見つめていた。



 警察宿舎に戻ると、小太郎が虎之助とらのすけ弟分おとうとぶんように「姉さん」と呼んで付きまとって来た。

拙者せっしゃは、お主の姉では無いでござる」

 虎之助とらのすけは、あまり嬉しくない様子ようすで、お昼ご飯を食べている。

 岩法師は、二人に関心かんしんが無い素振そぶーりで食事をしているが、やはり虎之助とらのすけには興味きょうみがあるようで、チラチラと様子ようすを見ている。



 別室では、安倍顧問あべこもんと桜田刑事が話し合っていた。

「あの娘は、いったい何者だ。さっきの鬼は、腕の再生速度からして上級の中でもAクラスだぞ」

「彼女の素性をうたがっているのですか?」

「確かに、が安倍一族は、初代様が、現代に鬼が復活する事を予言した時から、強者つわもの達を転生させて来たが、彼女のようなケースは初めてだからな」

「性別が変わってるし、戦闘能力も高過たかすぎますね」

「そうだ、やつは安倍一族以外の者に転生されて来た可能性もある。正体が判明はんめいするまで、目を離さないようにしてくれよ」

「わかりました」

「あと、左近さこん復帰ふっきする」

「いつですか?」

「明日だ」



 虎之助とらのすけ達の宿舎前に、男が立っていた。背が高めで均整きんせいのとれた顔立かおだちをしている。

 身体からだは筋肉質で引きまっており、スキの無い雰囲気ふんいきを、かもし出している。

「イテっ!」

 いきなり若い女性がぶつかって来た。

「姉さん、それはアカンって言ってますやん!」

 聞きおぼえのある声が聞こえた。

「あっ、左近さこんさん。もう怪我けがは良いんですか?」

「小太郎か。この娘は何だ?」

 虎之助とらのすけは、口にソーセージパンをくわえて、両手にも1つづつ持っている。

「姉さん、俺の分はあげますから、岩法師の分は返して下さいよ」

「モグモグ、嫌でござる」

 そのまま娘と小太郎は、走り去って行った。

「何だ、あいつら」

 左近さこんが宿舎に入って見ると、岩法師がめずらしくふくれている。

「よう!岩法師」

左近さこんか、怪我けがは治ったのか?」

「あぁ、もう大丈夫だ。それより、さっきの娘は何だ?」

「新しい転生者らしい。元々は忍者だったらしく、見かけによらず、かなりの手練てだれだ」

 手練。そう言えば、あのりの小太郎が、姉さんと呼んでいたな。

「前世では、そうとう食べ物に苦労したようだ、小太郎と拙僧せっそうの分まで朝飯あさめしを取って逃げた」

手練てだれのわりには、やる事がセコいな」

「だが、油断ゆだんはならん。やつわれらと何かが違う」

「そうか?俺には、ただの食い意地いじがはった娘にしか見えんが。キツネは何と言っている?」

「キツネにも奴の正体は、わからんそうだ。まあ元々忍者というものは、自分の正体を明かしたりはせん、影の存在だからな」

 キツネとは、岩法師の式神しきがみで能力は博識はくしきである。他にも岩法師には情報収集担当のヤモリという式神しきがみも居る。



「みんな出動しゅっきんよ」

 桜田刑事が、け込んで来た。

「鬼による殺人事件よ!」

 転生者がみな集まって来た。

「現場は何処どこですか?」

 左近さこんが聞いた。

「中央区よ、安倍顧問あべこもんが車で待っているから、全員乗ってちょうだい」

 左近さこんを先頭に岩法師、小太郎と続いて車に乗り込む。

虎之助とらのすけはどうしたの?」

「姉さんは、食事中やから、後から行くと言うてはります」

「あのバカ娘!場所もわからないクセに、後から来れるはず無いだろ!」

 桜田刑事が、珍しく怒鳴どなった。

仕方しかたない。私が、あのバカとミニパトで追いかけるから、先に行ってて下さい」

 桜田刑事は車からりて、宿舎に向かって行った。

「しょうがない、先に行っとくか」

 安倍顧問あべこもんは、残りのメンバーと車で現場に向かった。

 一行いっこうは、現場である中央区のオフィスビルの一室いっしつ到着とうちゃくした。

 ゆかには、大量の血痕けっこんがあるが死体は見当みあたらない。

「死体が無いという事は、鬼に食われたのでしょうか?」

 左近さこんの問に「間違まちがいないな」安倍顧問あべこもんが答えた。

「ヤモリが鬼は、まだ、この付近ふきんに居ると言っています」

 岩法師の式神であるヤモリは、鬼のにおいいや気配けはいには敏感びんかんである。

 左近さこんは用心して刀に手をかけた。

 小太郎も、左近さこん真似まねをして刀に手をかけている。

「まずい、かこまれています。鬼は複数いる」

 岩法師が言った。

「何だと!では、この血痕けっこんわなか?」

 安倍顧問あべこもんが、そう言うと、みな緊張きんちょうが走った。



 桜田刑事が宿舎の食堂に入ると、虎之助とらのすけ美味おいしそうにカツカレーを食べている所であった。

虎之助とらのすけ!何してるの、みんなもう現場に向かったわよ!」

「このカレーと言う物は、さすが天竺てんじゅく印度いんど』の食べ物でござるな。すご美味おいしいでござるよ」

「そんなの鬼を倒したら、いくらでも食べれるから早く来るのよ!」

「これを食べてから行くでござる」

 桜田刑事は、ブチ切れて虎之助とらのすけ襟元えりもとつかんで、虎之助とらのすけを食堂から引きずり出そうとした。

「カレーが、まだ残っているでござる」

「そんなの、どうでも良いのよ。命令違反めいれいいはん磔獄門はりつけごくもんよ」

「ひいっ!それは嫌でござる。行くでござる」

 虎之助とらのすけは桜田刑事に脅されて、ミニパトで現場に向かった。



 待ちせしていた鬼の数は、6人で予想よそうしていた数よりも多かった。

 ほとんどの鬼は、細くて短めの金棒かなぼうを持っている。細いと言っても、鬼の力で振り下されると、常人であれば一撃いちげき絶命ぜつめいするであろう。

 そんな相手あいてが6人いっせいに、安倍顧問あべこもん達におそいかかった。

 左近さこんと小太郎は刀で、鬼のうでを切り落とし一時的でも、鬼の戦闘能力を落とす事に専念せんねんした。

 岩法師は、本来ほんらいであれば薙刀なぎなたで戦うのであるが、室内では数珠じゅずこぶしき付けての打撃だげきしか出来ない。

 安倍顧問あべこもんは、何やら呪文じゅもんとなえながら御札おふだを取り出し、戦闘にけた天狗てんぐ式神しきがみを呼び出した。

 たちまち、オフィスビル内にある、この部屋は修羅場しゅらばと化した。



 安倍顧問あべこもん達が死闘しとうひろげている内に、桜田刑事と虎之助とらのすけは、やっとオフィスの前に到着とうちゃくした。

「アンタのせいで、おくれたじゃない」

 桜田刑事は、かなり不機嫌ふきげんである。

「あの男達から、殺気さっきが感じるでござる」

 十人ほどのスーツを来た男達が、目的もくてきのオフィスビルに入って行くのが見えた。

 虎之助とらのすけ勝手かってに車をりて、男達を追いかけて行く。

「ちょっと、待ちなさい虎之助とらのすけ!まだ車を止めてないから」

 桜田刑事は、あわてて車を駐車場ちゅうしゃじょうに向けた。



 鬼達は、安倍顧問あべこもん式神しきがみである天狗てんぐに手を焼いており、めあぐねいていた。

小奴こやつら、思った以上にやりおるわ」

 鬼の一人が言った。

かまわん、計画通りだ。われらは時間をかせげば良いのだ」

 他の鬼が、小声でつぶやいた。


 左近さこんは、鬼達の動きに不安を感じた。

「安倍さん、こいつらもしかして、ここでわれらを足止めして、何かたくらんでいる様に見えますが」

「確かに。ここに居てはマズな、一旦いったん退却たいきゃくする」

 四人は鬼の攻撃こうげきけながら部屋から出ようとするが、鬼が出口をふさぐように陣取じんどっており、出る事が出来ない。

ーー馬鹿ばかめ、もうすぐわれらの戦闘部隊せんとうぶたいが来る。貴様きさまら転生者を抹殺まっさつするために呼んだ特殊部隊とくしゅぶたいだーー

 鬼の一人が、ほくそんだ。

「こいつら出口をふさぐように戦っとるで」

 小太郎は、あせっている。

「全員殺さないと、ここから出られないと言うわけか」

 安倍顧問あべこもんは、大型の拳銃けんじゅうを取り出して、鬼達をち始めた。

 再生能力のある鬼に拳銃けんじゅうは、あまり効果こうかは無いが、のう心臓しんぞうに当たれば再生するまでに、少しは時間がかせげる。

 しかし、以外いがいにも心臓しんぞうに命中したはずの鬼も平然へいぜんと向かって来る。

「クソっ!こいつら、鬼のくせに防弾服ぼうだんふくを着てやがる」

 鬼も自分達の弱点は分かっており、最近では防弾ぼうだん仕様しようの服を着ている事がある。

 以前は、鬼に対して一般の警察官や自衛隊が対処たいしょしていたが、鬼に対して殺傷さっしょう能力のうりょくのある武器は破壊力はかいりょくが大きぎて街中まちなかでは、むやみに使用出来ない。

 鬼もその事を承知しょうちしており、普段ふだんは人間の姿をしてらして、都会を中心に活動している。

 街中まちなかで、いきなりバズーカをぶっぱなすような無茶むちゃ出来できない事は鬼も知っているので、拳銃けんじゅう対策たいさく重点的じゅうてんてきに行うようになった。

「こりゃ、ハメられましたな」

 岩法師もあせり始めている。

カチャ!

 ドアが開く音がした。

 鬼たちは、予定通り戦闘部隊せんとうぶたい到着とうちゃくしたと思いよろこんだ。が、しかし「おくれてもうわけないでござる」と、若い娘が入って来た。

虎之助とらのすけ!気をつけろ。これはわなだ!」

 安倍顧問あべこもんさけんだ。

わななんか無いでござるよ」

「いや、鬼の増援ぞうえん部隊ぶたいが来るはずだ。油断ゆだんするな」

「鬼は、みんな外で死んでるから、来ないでござる。さっさとこいつらを片付かたづけて、カレーを食べるでござる」

 そのやり取りを聞いていた鬼たちは、顔面蒼白がんめんそうはくになった。

ーーまさか、十人の戦闘部隊せんとうぶたい全滅ぜんめつするなんてーー

一時いちじ退却たいきゃくだ!」

 鬼たちは、いっせいに逃げ出した。

 すかさず、左近さこんと小太郎と天狗てんぐが追ってりかかる。

 岩法師は、ゆっくりと後を追って行く。

 安倍顧問あべこもん廊下ろうかに出てみると、十体ほど首を切り落とされた鬼の死体がころがっている。

「お前がったのか?」

 かえって虎之助とらのすけに聞いた。

拙者せっしやが来た時には、もう死んでたでござる」

虎之助とらのすけ!」

 怒鳴どなりながら、桜田刑事がやって来たが、おびただしい数の鬼の死体を見て

「こんなに鬼がたのですか!みなさん無事ぶじですか?」

 と、心配し始めた。

大丈夫だいじょうぶ、みんな無事ぶじだ。それに、ここにころがっている鬼どもは、我々がったのでは無い」

「では、まさか虎之助とらのすけが?」

「本人は知らんと言ってる。いくら虎之助とらのすけでも短時間で十人の鬼の始末しまつは無理だろう」

「そうですよね。左近さこん君でも、3人の鬼と戦ってたおしはしましたけど、自分も重症じゅうしょうで入院しちゃったし」

「転生者で一番腕の立つ左近さこんでも、単独たんどくでは、それが限界げんかいだ」

 安倍顧問あべこもんと話している内に、左近さこん達がもどって来た。

「すいません、一人取り逃がしてしまいました」

やつら、逃げ足が早くて」

 左近さこんと小太郎は、もうわけなさそうにしている。

 ゆっくりと岩法師と天狗てんぐも戻って来た。

「今回は仕方しかたない。後は処理班にまかせてしょもどろう」

 安倍顧問あべこもんは、みんなに引き上げを指示しじした。



 梅田うめだ高層こうそうビの最上階で、鬼塚がくつろいでいると、部下の川島が男を一人連れて来た。

「なんや。そいつは誰や?」

「一般の鬼で澤田さわだ名乗なのっています。何でも、15人の鬼の仲間が転生者にられたので、逃げて来たそうです。我々に助けを求めているのですが、どうされます?」

「15人かぁ。相手は何人や?」

「4人と1人です」

「何じゃそりゃ?」

「5人を殺ったのが4人で、10人の戦闘部隊せんとうぶたいを殺したのが、1人の転生者です」

「何や、そう言う事か」

 鬼塚はアイコスをいながら思案しあんした。

 たしかにわれ鬼武者おにむしゃは、昔から一般の鬼を守る役割やくわりである。

 大企業だいきぎょう経営けいえいもしているので、戦闘せんとうでも経済的けいざいてきにも、一般いっぱんの鬼達を保護ほごするように、先祖せんぞ代々言いつたえられている。

 だが、リスクはおかしたく無い。

 この『日本テクノロジーコーポレーション』は、ネット通販つうはん携帯電話けいたいでんわ事業を手掛てがけ、業績ぎょうせきは国内でも最大手さいおうてになるほど成長した。

 転生者は鬼族全体のため抹殺まっさつしなければならないが、警察けいさつに目をけられたくはない。

「そうや。あいつ何て言ったかな?仕事はイマイチだが戦闘能力せんとうのうりょくが高い鬼武者おにむしゃったやろ?」

黒瀬くろせですか?」

「そう黒瀬や。あいつにほか鬼武者おにむしゃを、2人ぐらいけてやったら大丈夫だいじょうぶやろ」

「わかりました。お前、鬼武者おにむしゃを3人出してやるから、その転生者どもを抹殺まっさつしてこい」

「ありがとうございます。鬼武者おにむしゃれば、あんなやつらどうって事ありません」

 澤田さわだは転生者に復讐ふくしゅう出来できる事を確信かくしんして喜んだ。

「ところで、貴方あなたは、何故なぜアイコスをっているのですか?鬼は肺癌はいがんにならないのに」

 澤田は、ふと疑問ぎもんに思った。

普通ふつうのタバコは、部屋や服に、ヤニがくからいやなんや」



虎之助とらのすけ様子ようすはどう?」

 桜田刑事が宿舎しゅくしゃ様子ようすを見に来た。

 先日の件で虎之助とらのすけは、現場げんばおくれたばつで宿舎の掃除そうじ洗濯せんたくを一人でやらされていた。

意外いがい真面目まじめにやってるが、どうも気になる」

 左近さこんは、鬼の戦闘部隊せんとうぶたい全滅ぜんめつしていた事が、に落ちないようだ。

「あの事は、今調査中よ。そのうち鑑識かんしきから何か報告ほうこくがあるわ」

 桜田刑事が奥に入って行くと、虎之助とらのすけがエプロンをして掃除そうじをしている。その姿は、まるで一昔前の若い女中じょちゅうさんのようだ。

頑張がんばるってるようね、虎之助とらのすけ

「あっ。おぬしは、意地いじの悪い桜田刑事。拙者せっしや頑張がんばっているので磔獄門はりつけごくもんだけは、ゆるして下され」

だれ意地いじが悪いだって!」

間違まちがえたでござる」

「何をどう間違いじえたのよ!せっかく服を買いに連れて行ってあげようと思ったけど、めとくわ」

「服はしいでござる。拙者せっしや、服を買った事が無いでござる」

 女性の転生者は虎之助とらのすけが始めてなので、とりあえず桜田刑事のおふるを着せていたのだが、虎之助とらのすけの方が華奢きゃしゃなので、少しダブついている。

仕方しかたない、行きましょうか。ただし、今度私の事を意地悪いじわるとか言ったら、市中しちゅう引き回しの上、打ち首にするからね」

「わかったでござる。拙者せっしやもう言わないでござる」



 桜田刑事と虎之助とらのすけが、ショッピングセンターで服を選んでいると、4人組の男が少し離れて付けて来ている。

「この胸に巻くブラジャーとやらも、買って欲しいでござる。お主がくれたのは大き過ぎて動きにくいでござる」

「そうね、アンタならこのAカップで良いじゃない」

「そうでござるね、拙者せっしやならこのAカップと言うので充分じゅうぶんでござるよ」

「じゃ支払しはらいして来るから、虎之助とらのすけはここで少し待ってなさい」

「わかったでござる」



 4人の男達が話し合っている。

やつ一人になったぞ、どうする」

「どうするも、こんな人混ひとごみでは、どうする事も出来できん。しばらく付けるぞ」

 黒瀬は慎重しんちょうである。

「そんな事しなくても、良い方法があるでござる」

 虎之助とらのすけ提案ていあんした。

「どんな方法だ?」

 と、黒瀬は聞いた相手を見て

「うあっ!コイツいつの間に!」と虎之助とらのすけを見ておどろいた。

 他の3人もおどろいている。

拙者せっしや連絡れんらく用にスマートホンを持たされているので、LINEの交換こうかんをするでござる。これで連絡れんらくして邪魔じゃまが入らない所で死合しあうでござる」

「LINEでか。わなじゃないだろうな?」

 澤田さわだうたがっている。

わなでもかまわん。来る転生者が多い方が好都合こうつごうだ。まとめて始末しまつ出来るからな」

 黒瀬は自身満々である。

「じゃ、拙者せっしゃは行くでござる」



虎之助とらのすけドコ行ってたのよ!さがしたじゃない!」

 桜田刑事は怒っていた。

もうわけない。友達が出来たのでLINE交換こうかんしてたでござる」

「友達。女の子?」

「三十歳ぐらいの男だったでござる」

「アンタ身体からだは若い娘なんだから、変な人にLINE教えちゃ駄目だめよ」

「気を付けるでござる。帰ってAカップのブラジャーを付けてみたいでござる」

「そうね、もう帰りましょう」



 廃校はいこうのグランドに鬼武者おにむしゃ達4人が虎之助とらのすけを待っていた。

「場所は本当に、ここでってるんだろうな?」

 黒瀬は少しいらついている。

「合ってるはずだが遅いな。LINEで連絡してみろ」

「わかりました」

 澤田がスマートホンを取り出そうとした時、虎之助とらのすけが現れた。

おくれてもうわけないでござる」

「お前、一人で来たのか?」

「一人でござる。なかなか宿舎しゅくしゃからけ出せなくて苦労くろうしたでござる」

鬼武者おにむしゃさん達、たのみますよ」

 澤田は、少し後方こうほうに下がっており、始めからごしである。

「何をビビっておる。貴様きさま鬼武者おにむしゃが3人がかりでけるとでも思っておるのか!」

 黒瀬が澤田に怒鳴どなっている内に、パタッ!と音がした。

 黒瀬がいて見ると、連れて来た二人の鬼武者おにむしゃが首を切り落とされてたおれている。

「ひいっ!」

 澤田は一目散いちもくさんに逃げ出した。

「待て!逃げるな貴様きさま!」

 黒瀬はあせりながら、特注とくちゅうである細くて長い金棒をかまえた。

「では、いくでござる」

 虎之助とらのすけが向かって来る。

 転生者とは言え、こんな若い娘にられるわけにはいかない。

カキッ!

 虎之助とらのすけ一撃いちげきを何とか受け止めた。と思ったら、腹部ふくぶ深々ふかぶかと切られていた。人間なら致命傷ちめいしょうである。

 黒瀬は腹部ふくぶを押さえながら

「待て!またLINEする、勝負はおあずけだ」

「どうしたでござる?何か急用きゅうようでござるか?」

「ちょっと上司じょうしから呼び出しが」

 と、適当てきとうな言いわけをして、スマホで上司と話すフリをしながら逃げ出した。

 一人廃校に残された虎之助とらのすけ

「急用なら仕方しかたない、またLINEするでござる」

 と、刀をさやおだめた。



 宿舎しゅくしゃの帰ると、無断むだんで外出した事がバレており、虎之助とらのすけは桜田刑事と左近さこんに怒られてしまった。

勝手かってに夜一人で外出しちゃ駄目だめでしょう!」

「友達からLINEがあって、呼び出されたでござる」

「友達って女の子?」

「オッサッ、いや女の子でござる」

「今、オッサンって言いかけなかった?」

「女の子でござるよ」

「お前、鬼を切って来たな」

 沈黙ちんもくしていた左近さこんが口を開いた。

「そんな事してないでござるよ」

「鬼の情報じょうほうは、ちゃんと私達に報告するのよ」

承知しょうちしたでござる」



「お前、鬼武者おにむしゃのくせに小娘こむすめ相手に逃げて来たんか!」

 日本テクノロジーコーポレーション本社ビルでは、黒瀬が鬼塚と川島部長に助けを求めに行ったのだが、逆に鬼塚にキレられてしまった。

「しかしやつは強すぎます。太刀筋たちすじまったく見えなかったんです」

「あの澤田と言うやつは、どないした?」

やつなら、さきに逃げて行ってしまいましたよ」

 鬼塚は、アイコスを吸いながら思案しあんしている。

 また厄介やっかいな相手が現れたもんだ、一般いっぱんの鬼を守るため鬼武者おにむしゃが逃げ出すとは。

 俺は、今までの平穏へいおんな生活に満足していたのに、会社のおかげで金はくさるほどあるし。

「何で、アイコスなんか吸ってるんです?」

 黒瀬が不思議ふしぎそうに聞いて来た。

「ヤニが付くのが嫌なんや。とりあえず、お前は3ヶ月の減棒げんぼう処分しょぶんや」

「そんなぁ、死ぬ思いをして来たのに」

「うるせぇ!鬼武者おにむしゃが3人がかりで小娘一人に逃げるとは前代未聞ぜんだいみもんや!本当はクビにしてやりたいんやが、組合がうるさいから減棒げんぼうましてやるんや、がたいと思って、トットとせやがれ!」

 鬼塚は怒鳴どなって黒瀬を追い出した。

「クソっ!あの給料泥棒きゅうりょうどろぼうが」

「社長、どうします?」

 同席していた、川島がたずねた。

「新しい転生者って言うのは、かなりの手練てだれらしい。こりゃ本物の殺し屋が必要やな」

「本物と言うと?」

牛鬼ぎゅうきだよ、確か営業部にたやろ」

「ああ、営業部えいぎょうぶ若林わかばやしですね」

「なんや、牛鬼ぎゅうきは若林と名乗なのっているんか?」

「そりゃ、牛鬼ぎゅうきのままだとマズいでしょう。でも、牛鬼ぎゅうきが最強レベルの殺し屋だったのは、やつ祖父そふまでですよ。やつは仕事は優秀ゆうしゅうですが、戦闘せんとうには向かない優男やさおとこです。今回の任務にんむは無理ですよ」

「まだ本来ほんらいの力が覚醒かくせいして無いだけやろ。大丈夫だいじょうぶや、その若林にらせろ」

「どうしてもと、おっしゃるなら、黒瀬ともう一名いちめい鬼武者おにむしゃけます」

「ええよ、黒瀬は転生者の顔を知っとるしな」



 若林は黒瀬と杉本すぎもとという鬼武者おにむしゃに昼食をさそわれ、オフィス近隣きんりんの定食屋に入っていた。

「黒瀬さん、僕にはそんな任務にんむは無理ですよ」

「わかってる。しかし社長命令だ、やらないわけにはいかないだろう」

 黒瀬は虎之助とらのすけの強さを身を持って知っており、この3人では、とてもたおせない事を一番いちばん理解りかいしている。

「若林は見てるだけで良いよ、俺と黒瀬でるから」

 杉本は鬼武者おにむしゃらしく自身満々じしんまんまんに言った。

 一番年下の若林は、戦闘せんとう経験けいけんも無く、見るからに優男やさおとこである。

 自分一人で充分じゅうぶんだが、黒瀬もれば楽な任務にんむだ。

 楽観的らっかんてきな杉本見て黒瀬は、虎之助とらのすけに会う前の自分を見ている様で、あわれに思えた。

「ヤバい!」

 黒瀬は、咄嗟とっさに顔をせた。

 2つとなのテーブルで、小次郎と虎之助とらのすけが定食を食べていたのだ。

 気づかれ無いように店を出なければ。

「おぬしは黒瀬じゃないか、その2人は友達でござるか?」

 黒瀬のねがいはむなしく、虎之助とらのすけに見つかってしまった。

同僚どうりょう後輩こうはいだ」

 黒瀬は、小声でこたえた。

「姉さん、そいつら何者なんですか?」

 小次郎もこちらのテーブルにやって来た。

拙者せっしやのLINE友達でござるよ」

 若林が興奮こうふん気味ぎみ

「この娘、黒瀬さんの知り合いですか?紹介しょうかいして下さいよ」

 と、たのみだした。

「お前、姉さんに手を出すつもりか?」

 小太郎が若林にせまって来た。

「良いじゃないですか、別にアンタの彼女じゃ無いんでしょう?」

「何やと、この野郎!俺の彼女じゃ無いけど、駄目だめや!」

 小太郎は喧嘩けんかごしである。

「おい、若林。もうめとけ」

 黒瀬が注意した。

「何言ってる黒瀬、その男を拙者せっしや紹介しょうかいするでござる。LINE交換こうかんするでござる」

「姉さん、あまり知らない男性に、むやみに連絡先れんらくさきを教えちゃ駄目だめですやん」

「そうでござるか?」

「そうですよ、また桜田刑事におこられまっせ」

「あの意地悪いじわるな女か。じゃ、めるでござる」

「ちょっと待て。桜田刑事って、こいつが社長の言ってた転生者なのか?」

 虎之助とらのすけ達の会話を、だまって聞いていた杉本がおどろいて聞いた。

 黒瀬は小さい声で

「そうだ」と、答えた。

 黒瀬の返事を聞いて、小太郎も気付きづいたらしく

「お前ら、鬼やったんか!こんな所でめしなんか食いやがって!」

 戦闘せんとう態勢たいせいに入った小太郎と杉本に向かって

「待て待てお前ら、こんな所でやり合うな。場所を選べ!」

 黒瀬があわてて2人をめに入った。



 結局けっきょく、以前に黒瀬達と虎之助とらのすけがやり合った廃校はいこうのグランドで、決着けっちゃくをつける事になった。

「本当に、あの娘とうつもりですか?」

 若林は虎之助とらのすけとは、戦いたくない。

仕方しかたないだろう、転生者なんだから」

 対象的たいしょうてきに杉本は、やる気満々きまんまんである

「でも、あのタヌキ顔が、すごくタイプなんですよね」

馬鹿ばかだなぁ、お前は、アニメや漫画に出て来るタヌキにだまされてるぞ。本物のタヌキは、犬やキツネとていて細い顔をしてるんだ」

「そうなんですか?タヌキって丸顔だと思っていました」

「どちらかと言うと、アライグマの方がタヌキ顔だな」

へんんな話ですね」

「そうでも無いぞ。漫画やイラストでは、動物のイメージを強調きょうちょうするからな。たとえば、モグラがサングラスをかけていたり、象やカバが気が優しくて、のんびり屋だったりする」

「確かにそうですね。本当にモグラがサングラスをかけていると思っている人は、ませんからね」

 二人が、動物の話をしている横で、黒瀬はどうやって逃げ出すか、だけを考えていた。

「おーい、黒瀬〜。待たせたでござる」

 虎之助とらのすけの声がした。

「姉さん、俺にも一人ぐらいは、らして下さいよ」

 小太郎も一緒いっしょだ。

「何だ、2人だけかよ。もっと転生者をれると思ってたのに」

 杉本は、自身満々である。

 俺も数日前までは、こうだったな。と、黒瀬は思った。

虎之助とらのすけさん、LINE交換こうかんして下さいよ」

 若林は、戦う気が有るのか?黒瀬は、一刻いっこくも早く逃げ出したい。

「あんなやつら、俺一人で充分じゅうぶんだ」

 そう言って、杉本は虎之助とらのすけの方に向かって行った。

「姉さん、あいつは俺にらせてもらいますよ」

 小太郎が杉本に向かって行く。

 杉本と小太郎が戦い出したので、黒瀬は杉本を心配したが、案外あんがい、杉本が優勢ゆうせいである。

「こいつ、なかなか手強い」

 小太郎は、一般いっぱんの鬼なら何度かり殺した事があるが、鬼武者おにむしゃと戦うのは始めてであった。

ーーこれはマズい、小太郎がられたら、拙者せっしゃ世話せわ係がなくなるでござるーー

「小太郎、拙者せっしやわるでござる」

 虎之助とらのすけが杉本に向かって走り出した。

虎之助とらのすけさんの相手あいては僕ですよ」

 若林も虎之助とらのすけに向ーかって走り出した。

 黒瀬は、不思議ふしぎそうに4人を傍観ぼうかんしている。

スパッ!

 虎之助とらのすけに切られて、杉本の首が飛んだ。

「うわっ!」

 杉本の胴体どうたいからき出す血が若林にりかかった。

 虎之助とらのすけは若林の首をねらって、刀をろす。

ーー駄目だめだ、こりゃーー

 黒瀬は、逃げる事に決めた。

ガキッ!

 黒瀬は、若林の首が切られた。と、思ったが若林のうでが巨大なつめへと変形して虎之助とらのすけの刀を受け止めていた。

牛鬼ぎゅうきだ!」

 黒瀬がさけんだ。

 若林が覚醒かくせいし両手に巨大なつめを持つ牛鬼ぎゅうきとなったのだ。

「鬼め、本性ほんしょうあらわしたでござるな」

 虎之助とらのすけの2太刀たち目が、牛鬼ぎゅうきの首をねらって来たが、空を切った。

 まさか、と言う顔をした虎之助とらのすけに背を向けて、牛鬼ぎゅうき全速力ぜんそくりょくで走って行ってしまった。

「逃げられたでござる」

 くやしそうに虎之助とらのすけは、つぶやいた。

「姉さん、もう一人の鬼もりませんよ」

 黒瀬は当然とうぜんの事ながら、逃げてしまっていた。

「また、黒瀬は逃げたでござるな」

 そう言いながら、虎之助とらのすけは刀をさやおさめた。



 牛鬼ぎゅうきは若林の姿にもどっても、パニック状態で走り続けていた。

 何故なぜ、急に両手が巨大なつめになったのか、祖父そふ牛鬼ぎゅうきだった事に関係があるのか?

「若林!待ってくれ!」

 黒瀬が、こちらに走って来る。

「あっ、黒瀬さん、。無事だったんですか」

「ああ、それより、お前、すごいじゃないか、牛鬼ぎゅうきれたじゃないか」

「杉本さんが目の前で首を切られて、パニックってしまい、あまりおぼえてないんです」

「でも、牛鬼ぎゅうきれたのは間違まちがいない。社長に報告に行こう、昇進しょうしん間違い無しだぞ」

「はぁ、そうなんですか」



 虎之助とらのすけと小太郎が宿舎しゅくしゃもどると、予想よそう通り桜田刑事と左近さこん説教せっきょうされてしまった。

「小太郎君がいていながら、何で勝手に鬼と戦うのよ!」

「でも、姉さんはすごかったんですよ。鬼武者おにむしゃ一太刀ひとたちでやっつけて、あと牛鬼ぎゅうきと呼ばれてたやつも、逃げて行きましたから」

鬼武者おにむしゃ牛鬼ぎゅうきだと!」

 左近さこんおどろいた。

鬼武者おにむしゃって言うのは、鬼の中でも戦闘せんとう能力のうりょくが高くて、鬼を守る役割やくわりなのよ。まだ、貴方あなたが勝てる相手じゃないわ。それに、牛鬼ぎゅうきさらに強くて鬼の中でも最強クラスの特別な鬼なのよ」

 桜田刑事が説明しだした。

「それで、アイツあんなに強かったんや。姉さんが来てくれなければ、られていたかもしれんわ」

「お前ら、よく生きて帰れたな」

 あき気味ぎみに、左近さこんが言った。

「とりあえず、鬼武者おにむしゃ牛鬼ぎゅうきの件を安倍顧問あべこもんに報告して来るわ」

 そう言うと、桜田刑事は宿舎を出て行った。

 虎之助とらのすけは、先程さきほどからだまってスマホをっている。

「姉さん、さっきから何してるんや?」

「LINEで、黒瀬を呼び出すでござる」

「何でです、あいつに何か用ですか?」

「少し聞きたい事があるでござる」



 鬼塚と川島は、黒瀬の報告ほうこくを受けて[大阪鬼連合団体]の緊急きんきゅうカンファレンスを開いていた。

[大阪鬼連合団体]とは、日本テクノロジーコーポレーションをめた、大阪に住んでいるおもな鬼達が集まっている団体である。

「今日はみなさんに、いくつか報告する事がある」

 議長は鬼塚である。

「30年ぶりに牛鬼ぎゅうき覚醒かくせいした。これで大阪支部にSランクの鬼が4人そろった」

「四天王の復活ですな」

 初老の男が言った。

「悪いニュースもある。今までで最強の転生者が現れた。ウチの黒瀬の話だと、若い女性だそうや」

「どのぐらいの強いんですか?」

 若い男が質問する。

なみ鬼武者おにむしゃでは瞬殺しゅんさつされる。見た目が小娘だからといってあなどれない相手や。動きの素早すばやさからして、おそらく前世ではしのびの者だ」

「忍者ですか。やつらは一流の者ほど名を残さない、前世の情報がないので、厄介やっかいですね」

「それが、何でか、転生してからは、虎之助とらのすけと堂々と名乗なのっているんや」

「変わったしのびですね」

「変わっているが凄腕すごうでや。ほおっとけば、鬼神きしん達の耳に入る」

 鬼神と言う言葉で、一同いちどう緊張きんちょうが走った。

 京都には鬼神と呼ばれる、おそろしく強い鬼達がる。そのため、京都府警のDSPには、渡辺綱わたなべのつな芹沢鴨せりざわかもといった、歴史上でも凄腕すごうでの転生者が配属はいぞくされている。

「マズいですね。四天王の誰か出動できませんか?」

 鬼塚は、少し考えてから答えた。

「そうやなぁ。在阪ざいはんの四天王は、まず俺が茨木堂子いばらぎどうじやろ、あと熊堂子くまどうじ金鬼きんき霊鬼れいきが居て、牛鬼ぎゅうきが新しくくわわるから」

「ちょっと待って下さい。四天王なのに5人居ますやん」

「あっ!ホンマや」

「こうなったら、四天王という名称めいしょうを変えましょう」

「そうやな、何か良いあんるか?」

五鬼ごきレンジャーと言うのは、どうでしょうか?」

 若い男が答えた。

「アホかお前は。レンジャーなら人々を助けなきゃアカンやろ」

五鬼大将ごきだいしょうは、どうですか?」

 中年の男が提案ていあんした。

「そんな、ガキ大将だいしょうみたいな名前は駄目だめや」

「令和ファイブは?」

「何か、弱そうやな」

鬼殺おにごろし特戦隊とくせんたいはどうでしょう?」

「意味がわからん。何で鬼殺おにごろししなんや?」

「なんか、強そうだと思いまして」

「そんな理由じゃ駄目だめや、みんな真面目まじめに考えろ!」

「じゃ、五人囃子ごにんばやしで行きまょう」

「それは、何か少しこわい」

 川島は気に入らないようだ。

「三代目デビルブラザーズは、どうでしょう?」

「それや!」

 やっと鬼塚の気に入る名前が出た。

「いきなり三代目って。初代も2代目もないのに」

 川島が反対した。

「ほんなら、やめや。他に何かないんか?」

 それからも、多数の意見が出たが、鬼塚の気に入る案は出て来ない。

[大阪鬼連合団体]のカンファレンスは、長時間にわたっておこなわれたが、内容は意外いがいにもうすかった。



 大阪市の、とあるお好み焼き屋では、三十歳前後の男と若い娘が話し込んでいた。

「おい、黒瀬。あの若林と言う若造わかぞうは何者でごる?モグモグ」

 虎之助とらのすけは、お好み焼きを口にめ込みながら、男に聞いた。

「そう言われましても、私にもわからんのです。あの時までは、普通の気弱な若者でしたので。それより、もう帰っても良いですか?こんな所を仲間に見られたら殺されます」

「ちゃんと話さないと、仲間に殺される前に、拙者せっしやがお前を殺すでござる」

 この小娘は、本当にる気だから怖い。

 黒瀬は心底しんそこおびえていた。

 鬼武者おにむしゃは、一般の鬼とくらべると、かなり戦闘せんとう力が高い、その中でも俺は上位の部類に入る強者つわものである。

 その俺が、こんな小娘におびえてるなんて、以前なら考えられない事だが、本気でこの娘はヤバい。

「わかりましたよ。本当かどうか知りませんが、ちょっと聞いた話では、若林の祖父そふ牛鬼ぎゅうきに変身できたそうです」

「わかった。では次はカフェで、拙者せっしやにタピオカミルクティーをおごるでござる」

「また、おごるんですか?」

「ガタガタ言わないで、殺されたくなければおごるでござる。さては、拙者せっしやがAカップだからってめてるでござるな」

「いやいや、とんでもない。めてませんよ、ちゃんとおごりますよ」

 華奢きゃしゃ身体からだだとは思っていたが、こいつAカップだったのか。

 それにしては、よく食うな。

 もしかして、俺から情報を聞き出したいんじゃ無くて、食べ物をおごってしいだけじゃないのか?

 どちらにしろ、とんでもないやつに、目を付けられてしまった。

 黒瀬は、いろんな意味で、不安になるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る