てのひらの秋
天乃 彗
塗り替える。
ふらりと、並木道を散歩していた。何も考えずに、ぼーっと緑を見つめる。青い空、緑の木々たち……、うん、実に爽やかだ。そんなことを考えていると、その世界に実にあわない存在が目に入った。
──赤?
木々の間にぽつりと立っていたのは、小学校高学年ぐらいの女の子だった。それだけなら至って普通なのだが──特異点が多々ある。一つは、少女の髪の毛が真っ赤だということ。もう一つは、彼女が緑の木々の中で黄色のワンピースでいたこと。……かなり浮いている。そして極めつけは──彼女が右手に持っているものだ。
それは、大きな筆だった。彼女の背丈と同じくらい──それ以上かも知れない筆を、彼女は手にしていた。最初は箒か何かかと思ったが、やはり筆で間違いはないらしい。
──仮装パーティーか何かがあるのだろうか。
何故だかその少女が気にかかる。私は、吸い込まれるように彼女の元に歩いていた。
* * *
「……何を、しているんだい?」
急に声をかけられて驚いたらしい。彼女は目を丸くしながら私を見た。
「──塗り替えているんです」
「……? 何をだい?」
私の問いに少女はにこりと笑った。太陽に照らされたその微笑みは、まるで天使のように愛らしく──どこか寂しげで懐かしい感じがした。
「そのうちわかります、すぐにね」
ますます分からない。何の話だろう。
「私まだお仕事が残ってるので──またいつか」
「え、ちょっと? 君?」
風が、吹いた。突然の出来事に驚いたため、つい目を瞑った。ほんの一瞬だった。それなのに──目を開けたときには、少女の姿はなかった。
「……?」
幻覚でも見ていたのだろうか。でも、少女の声は、顔は、笑顔は、はっきりと覚えている。周りを見渡しても、少女の姿は見えない。
「……あ」
そして──気がつく。緑の端、葉っぱの何枚かが色づいている。
緑から赤へ。緑から黄へ。
『塗り替えているんです』
──なるほどな。
私は小さく笑った。もうすぐ、秋が来る。
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