朝ごはん

 足立家の二人はその後、三十分後に我が家にやってきた。


 ガチャリとドアを開けると、前に立っていたのはTシャツにハーフパンツという如何にも部屋着姿の青年と、肩までの髪の毛を綺麗に梳いて三つ編みのお団子にし、きちんと洋服に着替えた子供だった。百瀬はいつでも外出できる姿だが、後輩はかろうじてシャワーだけ浴びてきたという感じだ。それでもヒゲは剃ってあるし酒臭くもない。合格なので中に入れてやる。


「お邪魔しまーす。うっわー……分かってたけどうちと全然ちがーう」


「いや、さすがにお前んところと一緒にすんなし」


 いくらなんでも、それは俺に対して失礼すぎるだろう。名誉毀損で訴えたら勝てそうなぐらいには。あそこは人間の住む空間ではない。


 俺の部屋は2LDKだ。俺のというか、構造が同じなので足立の部屋も同じだが。


 十二畳のリビング兼ダイニングキッチンに、六畳の寝室が二つ。足立の部屋はほぼゴミ集積所と化していたので見る影もなかったが、我が家は一人暮らしなので物も少ない。カウンターキッチンの横にテーブルが一つとリビング側にソファとテレビ。この部屋にある家具はそれだけだ。


 圧迫感がない分、同じ間取りでもぐっと広く感じるらしく、百瀬は早速嬉しげに飛び回っている。集合住宅なので朝から騒ぐなと言いたいところだが、どうせここは角部屋だし一階下は後輩の家だ。少しくらいなら良しとしよう。


 この子の住んでいる部屋の惨状じゃ、家ではしゃぐなんてきっとできっこないだろうしな……。


 男一人で住むには広すぎる気もするが、このマンション築年数がかなり経っているおかげで、広さの割に家賃が破格なのだ。おまけに、この辺りはなかなかいい店が揃っているので買い物にも便利である。かつて一緒に暮らしていた同居人が出ていってから早半年。それでも俺が引っ越さなかったのは、ひとえにここまで好条件の物件がなかなか見つからなかったからでもある。


「すぐできるから、適当にその辺座ってろ。百瀬、座ってろとは言ったがソファで跳ねてろとは言ってない」


 初めての場所ではしゃぎたくなる気持ちはわかるが、流石にソファをトランポリンにされるのは困る。俺が小さい方の足立にカウンターキッチン越しに注意すると、でかい方の足立がしげしげとこちらの手元を覗き込んできた。


「……先輩。何してるんスか?」

「何って厚焼き卵作ってんだけど……あ、ひょっとして卵駄目だったか?」

「何その付き合って初めて彼氏に飯作ってる彼女みたいな会話……いえ、食えますけど。ていうか、料理できたんですね先輩」

「まー、一人暮らし歴もそこそこ長いからな」


 米と味噌汁は二人が上がってくる前に準備しておいたが、おかず類は出来立ての方がいいと思って作るのを待っていたのだ。


 油を塗って熱した厚焼き卵専用の鍋に溶きほぐした卵液を流すと、じゅっといういい音と共に鍋に広がった卵液が一瞬で黄色い薄焼き卵になった。それを菜箸でささっと端に寄せ空いたスペースに再び卵液を流す。


 厚焼き卵はこの繰り返しだ。一番最初に焼いた卵を軸に、薄焼き卵をどんどんくるくる巻きつけながら手際よく焼いていく。一度作り方を知ってしまえば意外と簡単で、鍋に油さえしっかり敷いておけば手軽に作れる。一つ作るのに卵を三つも使うので、普段は滅多にやらないが。


「独身男のくせにむちゃくちゃ手際がいい……明らかに熟練のお母さんの手つきだ……」

「誰がお母さんだ」


 綺麗な黄色に焼きがった厚焼き卵をまな板にのせ、粗熱を取っているうちに次の料理だ。鍋を洗うのが面倒くさいのでそのまま使う。厚焼き卵専用だからといって、別の料理に使えないわけではない。


 次に作るのはコーンのバターソテーだ。缶詰のコーンを汁ごと鍋に入れ、ぐつぐつ煮込んで水分を飛ばしながらバターをひとかけポトンと落とし、ついでにそこに洗ってざく切りにしたほうれん草を加える。コツはバターをケチらないこと。ほうれん草がしんなりし、鍋の中の水分が完全に飛んだら仕上げにさっと醤油を垂らして完成だ。


「うわ、作りかた豪快なくせに美味そう。缶詰、汁ごと使っちゃうんすね」

「うん。水切りすんの面倒くさいしな。汁自体に甘みがあるから煮詰めると美味んだよ」


 出来上がったコーンのバター炒めを木べらで皿に盛り付け、突っ立ってる足立に差し出すと、後輩は左手で受け取り、なぜか空いてる右手で流れるようにつまみ食いを始めた。


「ちげーよ、そうじゃねーよ。突っ立ってるだけなら運べってことだよ。もう飯にすっから」

「あ、そういうことっすか。おーいモモー。ごはんだってよー。運ぶの手伝ってー」


 人の注意も聞かずにきゃっきゃぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回っていた百瀬に声をかけると、彼女はフリスビーのように飛んできた。せっかくなので、皿やらコップやらを運ぶ手伝いをしてもらう。


「あ、先輩。これ、俺らどこ座ればいいですか?」

「あー、好きに座れよ。お前と百瀬が並びの席で……百瀬にゃちょっと椅子が高いな。その辺にあるクッション使え」


 我が家のテーブルは四人がけだ。二人暮らしだったとき、テーブルが狭いと困るで少し広めのものを買った。今となっては殆ど意味のない広さを誇るテーブルに、出来上がった料理と三人分の食器を並べる。たまに友人や姪っ子たちが食事をすることはあるが、このテーブルに自分以外の食器が並ぶのは随分と久しぶりだ。


「買い物いく時間がなかったんで、あんま凝ったもん作れなかったけど。鮭の炊き込みごはんのおにぎりと、玉ねぎと豆腐の味噌汁、人参のシリシリと厚焼き卵。あと付け合わせはコーンのバター炒めだ。アレルギーとかで食えないものがあったら無理して食わんでいいから」


 さほど凝ったメニューとまではいかないが、あり合わせの材料で作ったにしては上出来だろう。なにせ昨日の今日だったため、使える材料が殆どなかったのだ。俺は食事は自炊派だが、買い物は毎日行くわけではなく週末に一週間分の食材をまとめ買いしている。そのため、土曜の朝は一番食材が少なくなるタイミングなのだ。限られた食材で、かつ子供が食べやすそうなメニューを作った俺は、正直ものすごく頑張ったと思う。


 だが努力の甲斐はあったのか、テーブルの上に並べられた朝食を見る二人の瞳はキラキラしていた。最後に俺が席に着くと後輩も、それに先ほどまではしゃぎまわっていた百瀬までもがすっと自然に居住まいを正し、きちんと手を合わせると揃って綺麗に唱和する。


『いただきます』


 それまでの言動が嘘のような、ぴんと背筋の伸びた美しい姿勢に一瞬だけ驚くが。二人ともすぐにそんな態度は投げ捨て、後輩は厚焼き卵に、百瀬はおにぎりへいそいそと手を伸ばす。小さめに握ったおにぎりをもぐもぐ頬張る百瀬の横で、卵焼きを一切れ食べた後輩は、なぜかこの世の終わりのような表情を浮かべた。


「……なんでだ」


 後輩は恐怖と絶望の入り混じった声でしみじみと呻いた。


「なんでこんな、口と目つきが悪くてぱっと見チンピラにしか見えない独身男の作った飯が、こんなにも美味んだ……!?」

「お前も大概失礼なやつだな本当」


 褒めてるんだか貶してるんだかわからないと言いたいところだが、これはもう九割貶されていると思う。


「独身独身言ってくれるけどな。独身だからこそ飯には気を使ってんだよ。食生活って結構、健康に直結するし。だいたい、米なんて買って炊けば五キロで千五百円なのに、コンビニでおにぎり一個買うだけで百五十円くらいかかるじゃねーか。腹一杯食おうと思ったら、おにぎり三個くらいは欲しいし、それじゃ野菜とか肉が取れんし。だったら野菜たっぷりの味噌汁作って自前で米炊いた方が、安いし美味いし気兼ねなく腹一杯食えるじゃん」


「すげぇ正論なんですけど、その正論を正論のまま実行できちゃうあたりが先輩なんですよねぇ……頭で分かってても、自炊っていざやると面倒臭いですもん。仕事あがりってそれだけで疲れてるし、その上モモのお迎えしてから料理とか正直ダルくて……俺はいつも近所のスーパーで値引き弁当買うか吉牛とか行ってました」


「気持ちは分からんでもないが、いつも外食だと結構金かかるだろ」

「あー、いきますね。モモに変なもん食わせるわけにはいかないんで、そこは必要経費と割り切ってますけど。ちなみに、先輩て月の食費幾らくらいすか?」


 後輩の質問に、俺はおにぎりを口に運びながら答えた。


「変動もあるけど、だいたい月二万」

「やっす!?え、マジで!?めっちゃ安いな!?俺、倍以上かかってますよ!?」


「俺はかなり節約できてる方だと思うけど、お前も独身ならともかく、子持ちなら米の炊き方と味噌汁ぐらいは覚えても損はねえぞ。食費だいぶ浮くし」


 言いながら、ずずっと味噌汁をすする。うむ。水から煮込んだおかげで玉ねぎの甘みがしっかり出て優しい味に仕上がっている。俺は味噌汁の具は玉ねぎが一番好きなのだ。


 そんな俺の言葉に、後輩はなにかとてつもなく予想外のことを聞かされたかのように、キョトンと自分を指差した。ぱちくりと目を瞬かせる。


「はぁ?子持ちって……え、俺のこと?俺まだ独身ですよ?今んところ」

「嘘つくなよ。だったらそこにいる百瀬はなんなんだよ。お前ら、どう見ても血縁者だろ。顔だってそっくりだし」

「はぁ……まあ、そっくりなのは当たり前だと思いますよ。モモ、俺の実の妹ですし」

「妹!?」


 並んで座っている二人の顔を、思わず見比べる。ひまわりの種を頬張るハムスターみたいに、口いっぱいにせっせと忙しくおにぎりを詰め込んでいた百瀬は、その視線に気づいて後輩そっくりの顔できょとんとした。


「妹……妹って、お前、今いくつだよ……」

「二十五っす」

「……んじゃそっちは?」

「四歳です。なー、モモ」

「うん!」


 兄の言葉に、百瀬がにっこりと元気よく頷く。それを聞いても、俄かには信じがたかった。だって妹って、それってつまりーー


「二十歳差の兄妹……?」

「イエス。正確には二十一歳差ですけど。モモが生まれたの俺が大学生のときで。いやー、俺も初めて聞いた時は耳疑いましたけどね。親父から突然電話が来て『お母さんが妊娠した』とか言われてね。思わず『はっ?』って素で返しましたからね。『親父、俺が今いくつだと思ってんの?二十歳だよ?』って」


 本人は平然と話しているが、言われた当時は相当驚いたことだろう。俺だって、成人過ぎて実の親から突然『妹ができた』なんて言われたらものすごい動揺する。何やってんだ親、って思う。


「俺は大学が実家から離れた場所だったから当時はすでに一人暮らししてたし、結局そのまま家出て就職したから、そこまでショックでもなかったんですけど。三ヶ月くらい前に、また親から急に連絡が来たんすよ。母親が体調崩して入院することになったから、しばらく妹預かってくれって」


 なんでも、足立兄妹の父親は昔気質な人物で、仕事はできるが家事はからっきしらしく、いまどきATMで金すら下ろせない人らしい。昔から足立家の家事は母親が一手に担っていたらしく、その母が不在の今は父親の生活すら危ういそうだ。その上、倒れた母親の看病もあり、そんな中で幼い娘の面倒までは到底行き届かないと察したらしい。


 父親は学生時代から早々に独り暮らしをしている息子に助けを求めた。家事のできない自分といるより、独り暮らし歴の長い息子の方が、まだ娘に不自由をさせずに済むだろうと判断したそうだ。後輩のあの汚部屋を見る限り到底そうは思えないが、ひょっとすると親父さんは後輩以上の猛者なのかもしれない。


「そんなわけでモモと二人暮らしすんのに、ワンルームじゃ狭いからこのマンションに引っ越して来たんすよ」

「つまりお前のあの部屋の惨状はたった三ヶ月で築かれたものなのか……」


 それはそれでかなり凄いと思う。


「けどお前、昼間会社あるじゃねーか。その間、この子どうしてるんだ?保育園って今、入るのだけで大変だって聞くぞ」


 俺自身はまだ子供がいないとはいえ、世の待機児童問題は耳にしたことがある。ついでに姉も随分と苦労していた。しかも四つ子だったため、なかなか全員同じところに入るというのが難しく、一時期は苦労というレベルを通り越して常に阿修羅みたいな状態になっていた。


 しかし後輩はあっけらかんと、


「あ、その辺はなんとかなったんす。最近じゃ幼保一体化って言って、幼稚園でも朝から夕方まで預かってくれるところがあるんですよ。なんで、定時に上がれりゃあとはシッターさんの力とか借りてなんとか。俺の給料だけじゃキツいっすけど、親からモモの分の生活費貰ってるんで」


「はぁ……意外と苦労してたんだなお前も」


 もしゃもしゃとコーンソテーを口に運びながら呟く。こいつが子育てをしていたなんて全く知らなかった。子育てどころか、近所に住んでいることすら昨日まで知らなかったわけだが。


 大人の話に飽きたのか、食べ終わった百瀬は早くも椅子を脱出している。退屈そうなので、俺の秘蔵のDVDをつけてやった。ラピュタの良さは四歳にも通じるはずだ。


「先輩こそ、なんでこんな広い部屋住んでるんですか?一人暮らしなら会社に近い方が便利じゃないすか?」

「……最初に住んでた頃は一人じゃなかったからだよ」


 こいつは独身独身と連呼してくるし確かに俺は独身だが、別にずっと独り身でいたわけではない。そう言うと、得心顔の後輩は遠慮のかけらもなく六個目のおにぎりに手を伸ばしながら頷いた。


「なるほど。フラれたんだ」

「フラれてねえよこっちから別れたんだよ。半年くらい前にあっちが浮気して」


 自分でも不思議なことだが。話ながら平然と飯が食えた。一時期は、彼女のことを思い出すだけでひどい空虚に襲われたものなのに。


「あっちの言い分によれば、酔った弾みの身体だけの関係で気持ちは動いてないから浮気じゃない浮わ体だって抜かしてたけど、そんな屁理屈で納得しろって言われても無理だろ。だから別れた。この部屋は俺が契約してたからあっちが出ていった。以上」


 ほんのりと甘みのある卵焼きを口に放り込みながら話すと、後輩は箸を握りしめたままやや引きつった顔をしていた。


「う、うわぁ〜……朝から微妙にヘビーな話を聞いてしまった。先輩、それでよくこの部屋出て行きませんでしたね」


 正直、それも少しは考えた。一人で住むにはこのマンションは広過ぎたし、何より彼女の思い出のある部屋に一人でいるのは辛かった。でも──


「この部屋、コンロが三口で料理するのに便利だったからなぁ……同じ条件の部屋だとここより大体高いし。あと、近くにめっちゃ美味いパン屋がある」


「想像以上に理由がおばちゃんぽいな……」

「だからまぁ、別に住んでて不満はないよ。強いて言えばそうだな……料理作っても食べてくれる奴がいないことぐらいだな」


 俺は料理をするのは別に嫌いではない。むしろ好きだ。だから自炊も苦にならないし、安くて美味い食材が買えるとテンションが上がる。が、それはそれとして、やはり作った料理を食べるのが自分だけというのは少しつまらない。美味くできた時は褒めて貰いたいし、誰かに食べて貰いたいとも思う。もっと言えば、作ったものを誰かに食べて喜んで貰いたいと思う。まあ、独り暮らしの身としては無い物ねだりだが。


しかし。


「なぁんだ」


 そんな俺の愚痴を聞いていた後輩は、なぜか瞳をらんらんと輝かせていた。名案を思いついたとばかりに言ってくる。


「水臭いなー、先輩ってば!そんなことならもっと早く言ってくださいよ!せっかく家も近いことですし、先輩が一人ごはんが寂しいっていうなら、これからいつだって俺たちが一緒に食べに来てあげますよ!」

「待てや」


「心配しなくても俺ら兄妹、食べ物に好き嫌いとか一切ありませんから。アレルギーとかもないんで、作って貰った料理はなんでも美味しくいただけますから!あ、もちろん食費は払いますよ。いやー、それにしても助かるなー。正直、俺もモモも外食にはちょっと飽き飽きしてたんで」

「いやだから待てって」


 別にそんなことはちっともまったく全然頼んでいない。なのに、なぜこんなにもノリノリなのだこの後輩は。というか、なぜこんなにも恩着せがましいのだこいつは。


「勝手に話を進めるな。誰もいいなんて言ってないだろ。だいたい、お前らに飯を食わせて俺になんの徳があるってんだよ。面倒なだけじゃねえか」


「えー、いいじゃないっすか。一人分作るのも三人分作るのも、大して手間変わらないって聞くし。ほら、よく漫画とかで近所のお姉さんと作り過ぎたご飯をおすそ分けするシチュがあるじゃないっすか。全世界の男子憧れを実体験ですよ。もっと喜んでもいいんですよ先輩」


「あれはあげる側じゃなくて貰う側だし、百歩譲ってあげる側でいいにしても、巨乳の女子大生とかじゃなくお子様と同性の後輩を相手に、なにをどう嬉しがれってんだ」


 まったく一ミリたりとも嬉しくない。むしろ誰得だというのかこの状況。しかし、俺の反論を聞いた途端、後輩は唐突にガラリと気配を変えた。


「は?何言ってんだアンタ。俺の妹は世界一可愛いだろうが。それもとも、うちのモモの可愛さになんか不満でもあるってのか?俺の妹がそのへんの女子大生に可愛さで負けるわけねえだろうが」


「途端にモンペになって先輩に因縁飛ばすな!そういうキャラじゃないだろお前」


 俺とは違い甘めの顔立ちに人懐っこい性格の後輩は、職場では女性陣にかなり人気がある。間違ってもこんなチンピラじみた態度で人を脅迫していいようなキャラではない。


 俺は突然ガラの悪くなった後輩をなんとか宥めつつ、ため息を吐いてぼそりと呟く。


「……けどまあ、そこまで言うなら、たまにぐらいだったら食べに来てもいいけど」


 断っておくがこれは別に情にほだされたわけではない。が、確かに奴の言う通り、どうせ作るなら一人前も三人前も大して手間は変わらないし、食費を払うというのなら俺にだって損はない。一人では食べきれない料理だって作れるし、むしろ対等というところだろう。


 まあ、あと、それに。


 久しぶりに誰かと一緒に家で食べるごはんが、美味かったのもあるが。


 楽しかったのもあるが。


 後輩が、得たりとばかりに嬉しげに笑う気配がした。


「先輩、どうせ飯だけじゃなくてツマミとかも作れるんでしょ?今度作って下さいよ。俺、昨日約束した新世界のワイン持ってきますから」


「お前はその前にまずあの汚部屋を片付けろ。あそこは人間の住む環境じゃねえ……っていうか、やっぱ昨日のこと覚えてんじゃねーか!」


「えー、人間の住む環境じゃないって、それはつまり俺が人間を超越した存在ってこと?やっだなー、先輩ってはそんな本当のことを」


「お前のその訳の分からないポジティブさ、たまにすっごい腹たつな……」


 こうして。

 親子ほどに歳の離れた足立兄妹と俺の、奇妙なご近所付き合いが始まった。


 しかし、たった一度のつもりの朝ごはんがこの先、延々と続くこの兄妹たちとの腐れ縁になろうとは、この時の俺は思ってもみなかったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る